たんのだんのブログ

irisjapan.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2018年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

イギリスの「問題」を考える④: 職員サイドの証言に見る、彼ら・彼女らのメンタリティー

(最初の記事はこちら


筆者はチキンである。小心者である。

だから、ロンドンの交通機関において故障や遅延などのトラブルに直面した際(つまり毎日)、内心憤っていても、表面上はおとなしく受け流している。文句を言う勇気など無い。

しかし、そんな筆者でも、ときどき、勇気を出して、職員に何かしら「言ってみる」ことがある。

また、筆者が何か言いたいのに言えずモジモジしていると、他の、筆者よりもはるかに勇気ある乗客らが職員に抗議をしたり、疑問の声を投げかけたりするのを多々目撃もしてきた。

ーーー

そうした乗客からの声に対する職員側の反応が、これまた実に興味深い。その反応から、彼ら・彼女らのメンタリティーが垣間見える、そんな貴重な「資料」のような気がするし、そのメンタリティーが「原因Y」、つまり故障時の初期対応、再発防止策および日頃の点検・整備の欠如につながっている気がするので、ここでいくつか事例を紹介した上で、そのメンタリティーを分析する。



<事例紹介>

事例① ヒースロー空港での自動チェックイン機

自動チェックイン機は結構便利なので、よく使っています。日本にもありますよね。特に、預ける荷物が無いときに便利ですよね。

この事例が起きた時は、自動チェックイン機が10台ぐらい並んでいて、たまたま僕が選んだ機械が調子が悪くて、うまくボーディングパスを出せなかったんです。で、隣の台に移って再度やってみたら、スムーズに発券できました。

ちょうど、近くにエアラインの担当者のおじさんが立っていたので、あくまでも親切心で、僕が最初に当たった機械が調子悪いことを教えてあげたんです。結局無事に発券できたし、僕としては全然不満に思ってもいなかったので、クレーム的な言い方ではなかったと思います。あくまでも「ご参考まで」的に、親切心で教えてあげようとしたんですよ。

僕 「あの〜、この機械、調子悪いみたいですよ」

それに対するおじさんの返しがふるっている:

「You can use the other machines (だったら他の機械を使えばいい)」

いや、まあそうなんですけどね。。。
これが事例①。



事例②: バスの「突然全員降りて」

これ、ロンドン・バスに乗っていると結構よくあることです。
どこどこ行きのバスに乗っていると、まだぜんぜん目的地(終点)に着いていないのに、突然アナウンスが流れ、「このバスはここで停まることになった。全員降りて」と言われるんです。返金とかも別になし(降ろされたバス停で次のバスを待ち、乗り込んだ際、「前のバスに降ろされた」と言えば無料で乗れる仕組み)。
恐らくダイヤの都合とかだと思うんですが、そういうことがよくある。

僕を含め、ほとんどの乗客は「えーーー」とか言いながらしぶしぶ降りるわけですが、中には運転手に食ってかかる乗客もいます。
先日、一人の女性が食ってかかっていました。

女性 「急に「突然降りろ」なんてひどいじゃない。そういうことなら、乗るときとか、もっと前に言っといてくれれば心づもりも出来るだろうに。いきなり言うなんておかしい!」

と、実にごもっともなことを言い出しました。筆者を含め、乗客たちはみな心の中で(そうだそうだもっと言ってくれ・・・)とうなずきながら、見て見ぬフリをしながら運転手さんの対応を見守ります。すると、

運転手 「オレだって今知らされたばかりなんだ!There's nothing I can do (どうしようもないじゃないか)」

それで一件落着(笑)。

(ちなみに、運転手のその回答を受け、女性に言ってほしかったのは、「別にあなた個人を批判・攻撃してるんじゃないのよ」ということ。
「あなた個人ではなく、あなたが属している会社、そしてそのシステム、仕事のやり方、それを批判してるの。それをなんとかしてちょうだい」と言ってくれればよかった。
まあでも、それに対し運転手は「会社に対する文句をオレに言われても困る。オレは一運転手にすぎない、There's nothing I can do」と返すに決まってますけどね。結局ナッシング・アイ・キャン・ドゥという、脱力系の結論になるわけです。)



事例③: ブリティッシュ・エアウェイズの大量キャンセル事件

以前、結構大きなニュースにもなったんですが、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)でシステムトラブルが発生し、その日と翌日のフライトのほとんどが大幅な遅延、あるいはキャンセルになるというハプニングがありました。
僕はちょうどその日、幸運にも(?)BAのフライトに乗ることになっていて、混乱のピークのさなか、ヒースロー空港のBAのラウンジにいました。幸い、僕のフライトは奇跡的に多少の遅延ですみ、ほぼ定刻通りに出発予定でしたが、他の乗客たちは大変です。ラウンジ内の画面を見ると、ほとんどのフライトがCancelledと表示されています。ラウンジ内のBAカウンターに詰め寄る客たち。それに対し、BA職員が執拗に繰り返していたアナウンスが以下の2つ:

"There is nothing we can do"
"We are doing our best"

"There is nothing we can do"は、一つ前のバスの運転手さんが言っていたことと一緒で、「自分らにはどうしようも無いんです」みたいな意味。

そしておもしろいのが "We are doing our best"だと思いました。「我々だってベストを尽くしてるんだ!」みたいなニュアンスでしょうか。

以前、日本で食品系のスキャンダルがあって、問題となった会社の社長が「私だって寝てないんだ!」と叫んで相当叩かれていましたが、それと同じ系統の発言でしょうか。当時、僕はすごくその社長にシンパシーを感じたものですが、日本の世間様からの叩かれようはすごかったですね。そういう意味では、僕も "We are doing our best"的な、イギリス的な考え方を理解する側面があるのかもしれません。




事例④: ホテルの朝食込み?別?事件

エジンバラのホテルに宿泊したときのこと。
そこはIRでよく泊まるホテルなので、ある程度勝手が分かっていました。で、いつも朝食は料金に含まれていないので、今回もそうだろうな、と思っていたら、フロントの女性が "Breakfast is included" みたいなことを言う。で、彼女が見せてくれた僕の宿泊台帳(?)みたいな紙のBreakfast欄を見てみると、「Included(込み)」の横の四角いボックスが蛍光ペンでしっかり塗りつぶされており、Not included(朝食別)の四角は空欄のままになっていました。

(へえ、朝食込みなんだ、珍しいな、うれしい♪)と思い、翌朝朝食を食べ、チェックアウトしようとすると、朝食代を払え、と言う。

いや、朝食「込み」って言われたから食べたんだけど、と説明(朝食代が「別」だったら食べなかった、というのも我ながらなんだかせこい話だな、と思いつつ)。それに対し、いや、込みなんて言ってません、込みじゃないです、の一点張り。
「ほら、宿泊台帳を見て」と言われたので見てみると、やはり、"Breakfast (included)"の真横の四角が蛍光ペンで塗りつぶされています。「朝食「込み」の四角が塗りつぶされてますよね、昨日これを見ながら説明を受けました」と(チキンながらも)一定の自信をもって僕が言うと、

 「この蛍光ペンは、朝食(込み)の四角が空欄であることを強調するために塗ってあるのよ。ほら、実際、四角にチェックは入っていないじゃないですか」

と猛反発。頼むからまぎらわしいことはしないでほしい(笑)。

その後も、ホテル側の主張をひたすら繰り返すだけ。

僕としては、別に大した金額じゃないし、払うのがイヤなわけでもないんですよ、別に。ただ、チェックイン時に「朝食込み」という印象を受けたこと、結局それは違っていたわけですが、実際そういう印象を受けたのは事実であること、を伝えたいだけなんですよね。だから、ホテル側が「分かりました、ウチの説明の仕方も分かりにくかったかもしれませんね」とかなんとか、それっぽいことを言ってくれればこっちもおさまるし、それで僕がホテル側の要求通り代金を支払えば、僕的にはそれでよかったわけです。でも、譲歩は一切なし

僕も、なんだかアホらしくなってきたし、もしかしたらチェックイン時に僕が聞き間違えた可能性ももちろんあるわけだし、要求通り朝食代を支払って一件落着。

ーーー

さて、4つの事例を紹介しましたが、いかがでしょうか。
日本で、職員・店員側のペコペコ対応に慣れているクレーマーやモンスター・ペアレントたちが目の当たりにしたら、驚愕すること間違い無し。

そうだ!
クレーマー化、モンスター・ペアレント化してしまった自分をなんとかしたい、もう一度正常に戻りたい、と思っている人は、ロンドンの地下鉄に乗ったらいい。全てが壊れているから。で、そのことについて駅職員に文句を言ってみたらいい。僕が通訳するから。あまりのカルチャーショックに、それまでの(日本での)クレーマーぶりはふっとび、一気に仏の心を手に入れられるでしょう。

ーーー

余談はさておき。
↑で見て来た職員サイドの発言・対応から透けて見える、その根本的メンタリティーは何か。それをいくつか抽出してみたいと思います。

(明日に続く)

by dantanno | 2018-06-26 00:32 | 提言・発明 | Comments(0)

イギリスの「問題」を考える③: 「なぜ?」を繰り返す

(最初の記事はこちら

イギリスの、機械の故障や交通機関のトラブルは、なぜ起きるのか。

なぜ故障するのか。
なぜトラブルが発生するのか。

故障やトラブルは、言ってみれば表面的な問題である。そうした表面的な問題を引き起こしている、その裏にある「原因」が何か存在する。その「原因」が、より本質的な問題。それをXとする。

そして、その本質的な「問題」Xにも、それを引き起こしているさらなる原因「Y」がある。「なぜXなのか」に対する解Yである。これはさらに本質的な問題である。

で、さらに「なぜYなのか」と考えると、実はYの裏にもZという、さらなる問題があったりする。


d0237270_20082827.png


こうやって「なぜ?なぜ?」と考えるプロセスは、トヨタでの問題改善プロセスと似ている。
なぜ故障・トラブルといった問題が起きるのか? → Xだから → なぜXなのか? → Yだから → なぜYなのか? → Zだから、といった具合に。

ーーー

さて、イギリスで発生する故障・トラブルそのものについての概観は済んだので、さっそく、1つめの「なぜ」にとりかかろう。
表面的な問題である故障・トラブルを直接引き起こす、最初の原因Xは何なのか。故障・トラブルはなぜ発生するのか。

ーーー

「故障・トラブル」は必ず起きるものだ。それは仕方がない。大事なのは、

1.故障・トラブルが起きてしまったときにどう対応するか、そして
2.今後、再発しないようにはどうすればいいのか、だ。(2.には、再発防止策の策定はもちろん、日頃の、故障が起きる前からの予防的メンテナンスなども含まれる。)

イギリスにおける「故障・トラブル」というものを考えてみると、上記2つのステップ、その両方において「問題」があることが分かる:

1.故障・トラブルが発生する (表面的な問題)
2.(発生した故障・トラブルが)なかなか解決しない。解決されないまま放置されている。解決に時間がかかる (その場での対応上の問題)
3.仮にその場では何らかの対応が取られたとしても、その後の本質的な再発防止策が取られない。また、日頃からの点検・整備などもちゃんと行われない。 (そのあとの対応上の問題)
だから、
4.(一旦解決した故障・トラブルが)再発する。再発どころか、それ以降もずっと頻発し続ける → 1.に戻る

ーーー

ロンドンの地下鉄の自動改札機を見ていると、なるほど、実に分かりやすい。

1.自動改札機が壊れる。
2.壊れた自動改札機が、修理されず、壊れたまま放置される。駅職員が、壊れた自動改札機にゆったりともたれかかり、同僚と楽しそうに談笑している
3.再発防止策?点検・整備? What is that? I don't know 四字熟語 (笑). Hahahahahahaha!
4.3日かけてようやく修理された自動改札機が、3秒後にすぐまた壊れる → 1.に戻る

ーーー

イギリスですさんでしまった僕の心を癒すために、再び、日本における「問題」への対処法を振り返りたい。何か問題が起きると、

1.その場での短期的な対応(応急対応)
2.その後の長期的な対応(再発防止策)

の両方が行われる。
一方イギリスは、その両方が実に弱い。

さて、それでは次の「なぜ」に映る。
もう一段思考を進め、原因Xの次の原因「Y」について考えてみる。

なぜ応急対応がすぐに行われないのか。なぜ再発防止策がとられないのか。なぜ日頃の点検・整備がおろそかになるのか。

(明日に続く)

by dantanno | 2018-06-25 04:55 | 提言・発明 | Comments(0)

イギリスの「問題」を考える②: 日本との比較

(前回の記事はこちら。)

こうしてイギリスでは故障や遅延などのトラブルが日常茶飯事的に頻発・続発するわけだが、これは日本だったら考えられない。
日本は、その辺は実に「ちゃんとしている」。

故障/遅延はそもそもあまり起きないし、起きても速やかに解決する(ことが多い)。

以前、外国人投資家と話していたら、例によって「日本はスバラシイ」的な話になった。
「食事はおいしいし、安いし(注:ロンドンは高い)、安全だし、キレイだし、、、」
のあとに、
"In Japan, things just,,,, work(笑)"

と言っていた。

この"Things just work"はなかなか深くて、訳しにくいなあ、と思うが、「物事がスムーズに、うまく行く」といった意味にも取れる。

<ミクロ>
機械は正常に動き、電車はダイヤ通りに動く。
宅配便が「何時頃に行きます」と言えば、その通りに来る。(ロンドンの場合、水道配管業者が「何日に行く」と言ってもなぜか来ないことが多い)

<マクロ>
世の中のシステムや仕組みが、大きな問題無く、スムーズに機能している

ーーー

確かにそう、日本では物事が「うまく行く」、すなわち "Things just,,, work(笑)" なのだ。

イギリスを考える前に、まず我らが日本について考えてみたい。なぜ日本では物事が「うまく行く」のか。なぜ機械の故障や、交通機関の運行上のトラブルが少ないのか。

ーーー

日本では、何か「トラブル」が起きると、こう考える:

1.まずは問題に対応する。それがなぜ起きたのか、そして今何をすればいいのか。

そして、あとで(事態が落ち着いてから)

2.今後の再発防止策を考える。なぜ問題が起きたのか、を再度、今度はより詳細に分析し、その上でどうしたら今後再発を防げるのか、を考える。

また、

3.そもそも問題が起きないよう、日頃から点検・整備を怠らない


日本では、このような考え方、そして対応が当たり前。実際、どこまでちゃんとやるかは別として、少なくとも上記のような考え方が「あるべき姿」だという共通認識があると思う。そのおかげで、日本では故障、遅延、フライトキャンセルといったトラブルが少ない。

この前、日本にいるとき、イギリスから来日していた投資家と新幹線に乗った。たまたま数分の遅れが生じていて、そのことを駅員さんが執拗にアナウンスしていた。投資家が「これ、何言ってんの?」と聞くのでその旨伝えると、「数分遅れただけなのにこんな大騒ぎになるなんて、やっぱ日本はすごい」と改めて感心された。「イギリスだったら、遅延や突然のキャンセルは当たり前」とのこと。確かにそうだ。

日本がすごいのか、あるいはイギリスがおかしいのか。いずれにせよ、日本と比べて相対的に、(僕の第二の祖国である)イギリスには何か「問題」がある、と言える。
イギリスの、一体何が問題なのか?

(明日に続く)

by dantanno | 2018-06-24 05:38 | 提言・発明 | Comments(0)

ロンドンの地下鉄の故障から、我々はなにを学べるか

ロンドンで地下鉄に乗ることにしましょう。

d0237270_17253228.jpeg



切符売り場に来ました。

d0237270_17593893.jpg


例えば切符売り場の機械が3台あれば、そうですねえ、、、1-2台は壊れています。



「壊れていない」機械で切符を買おうとしてみましょう。
  「システムトラブルにより、ただいまクレジットカードは使えません」
  切符の送出口(?)が壊れていて、うまく出てこない。見えてるんだけど出てこない
  "Need a receipt?" にYesを押したのに用紙切れ。


駅事務所に相談してみますか → ご不在。

d0237270_17584794.jpeg



幾多の苦難を乗り越えて切符を買い、自動改札機までやって来ました。

自動改札機が5台あったとして、そうですねえ、2-3台は壊れています。

d0237270_17250269.jpg


稼働している台をなんとか見つけ、無事通過。

すると、エスカレーターが故障中。

d0237270_17592625.jpeg

もちろんエレベーターも壊れています。



階段でホームまでたどり着きました。
すると、「電車が壊れたので遅れています」とのこと。当然ですよね。



だいぶ遅れて到着した電車に乗り込みます。
アナウンス 「エアコンが壊れているので、ガマンしてください。水を飲むといいです。」



なんとか目的地の駅にたどり着きました。
そこでも、壊れたエレベーター、壊れたエスカレーター、壊れた自動改札機を通り過ぎ、ようやく地上に着く、という具合。

ーーー

ここイギリスでトラブルが発生するのは、なにも地下鉄においてだけではありません。

バスに乗っていると、急に車内アナウンスが流れ、「このバスはここで停まることになりました。ここが終点です。みんな降りてください。さあ、今すぐに」と言われることがちょいちょいある。
飛行機が遅れたり、フライトがキャンセルになるのは日常茶飯事。
国鉄も、故障はもちろん、遅延・運行停止が当たり前。

イギリスに入国する際のeパスポートレーンもすごい。
イギリスのパスポートを持っている人はもちろん、日本人でも事前に登録しておけば使える自動入国審査ゲート。その機械が何台か並んでいるのだが、故障中で使えないものが散見される。
故障していないものを見つけ、いざパスポートを読み取らせようとすると、「うまく読み取れません。係に相談してください」となる。パスポートに何か問題があるのかと思い係員に相談すると、「隣の機械でやってみろ」と言われるのでやってみると、今度はスッとゲートが開く。そして、今自分が通れなかったゲートに次の「犠牲者」(笑)が並ぶ。歩きながら振り返って見てみると、パスポートがうまく読み取られず、係員となにやら話をしている。

ーーー

こうした故障、遅延、キャンセル、読み取り不能。これらは、すべて「トラブル」の一種です。
こうしたトラブルがとても多いんです。



トラブルを嘆いたり怒ったりするだけでは実にもったいない。今回のブログでは、こうしたトラブルから何を得られるか、を考えてみます。



by dantanno | 2018-06-23 18:34 | 提言・発明 | Comments(0)

新たな通訳道具を購入し、気合いを入れ直す

通訳において、メモ取りというのはとても大事なプロセスです。

簡単に言うと、話し手が言ったことを記録・記憶するために使うわけですが、それだけが目的ではありません。いろいろな側面的な効果があります。例えば・・・

・聴いた内容ではなく、「理解した内容」をメモすることにより、理解の一助とすると共に、話を再現しやすくする
・何をメモるか、を取捨選択する過程で話の重要性を判断する

話し手が話し終わり、いざ通訳をする段になって、メモを頼りに話し手のメッセージを再現します。

通訳者によってスタイルは異なりますが、僕の場合、メモを四角(横6 X 縦4ぐらいの大きさ)に取り、全体を一枚の絵、あるいは地図として眺めた上で、それを聴き手にどう伝えるかの戦略を立てます。
(一方、業界で推奨されている方法は、メモを縦長に取り、訳す際は一番上から順々に訳していく、というスタイル。)

たまに、通訳者ではないものの、バイリンガルでかつインテリジェントな人がいて、そういう人が、通訳の訓練を受けたわけでもないのに、かなりいい通訳をしたりします。例えば、企業のバイリンガル社員が自社のミーティングにおいて通訳をする、といったケースがあります。そういう人はシロウトなのにびっくりするぐらい通訳が上手なのですが、それでもやはり一流のプロ通訳者には劣る(でも、普通の通訳者よりはずっと上手)。その差を生み出す一番の理由が「メモ取り」だと思います。
シロウトは、メモを取らない、あるいは取るのに慣れていない。それに対し、プロはメモ取りが上手なんです。

そんな、とても大事なメモ取りの作業。
それに必要となるのは、ノート/紙、そして筆記用具です。

ーーー

一時期(ほんの一時期)、裏紙をメモとして使っていた時期がありました。

確かに資源のリサイクル、いや、正確にはリユースか、、、資源のリユース的には裏紙を使った方がいいんでしょうが、なんだかこう、通訳に対する冒涜のような気がして、早々にやめました。裏紙の切れっ端に、1本100円のボールペンを使って仕事をしていると、自分の仕事がその分「安く」なる気がしたんですよね。気持ちが少しだけ荒み、だらけているのを感じました。

当時も今も「通訳のプレミアム化」ということをずっと言っていて、いかにクオリティの高い通訳を提供し、それに見合った高い対価を取っていくか、を考えたときに、安物を使って通訳をするのはもうやめよう、と思いました。

それ以来、ずっと「いいもの」を使うようにしています。

ーーー

最近買って、まだ一度も使っていないのに、既にとても満足しているのがこれ。

d0237270_04325069.jpg



イタリアのFabrianoというブランドです(買ったのはロンドンだけど)。


d0237270_04295002.jpg

オレンジという色が、いろいろな色のスーツに合う気がしました。グレーでも、ブルーでも、茶色でも。

中には大きなノートがあって、ペンホルダーがあって、そしてA4のプレゼン資料やMacbookを入れた上でジッパーで全体を閉じられる点が気に入りました。

d0237270_04325069.jpg

ノートもついてきました。

d0237270_04305449.jpg

ノートについては、横線が入っているものを使うのが業界では一般的(?)とされているようですが、横線がノイズとなり訳に干渉する気がするので、必ず白紙、あるいは目立たないグリッド/点々が入ったノートを使っています。


電車のチケットとか、

d0237270_04315378.jpg

名刺とか、

d0237270_04303141.jpg

それはそれで通訳に干渉しそうな余計なモノを差し挟める隙間もあり便利。

店員さんに乗せられ、ついでにペンも購入。

d0237270_04313757.jpg

LAMYのペンは、一度ヘンなのに当たって以来避けてきたんですが、このペンのインクの出の滑らかさがハンパない。とても気に入ったので、別の色のペンをもう1本と、Refillも4本買いました。

ノートが通訳者にとっての盾ならば、ペンは剣。
いずれも大事な道具です。

こういういい道具を、文具に対する愛着を感じさせる文具店で買うのが大好きです。
そして、せっかくこういういい道具を使っているのに、クオリティの低い通訳をすることは決して許されないな、という戒めになるんです。

明日からこの武具・防具一式で仕事に臨みます!


d0237270_04321044.jpg

by dantanno | 2018-06-18 05:03 | プレミアム通訳者への道 | Comments(0)

「生臭い」社員

IR通訳をしていると、いろいろな会社の、実にいろいろな話を訳すことになります。

ーーー

先日、ある会社のIRミーティングで通訳をしていたときのこと。人材育成とか福利厚生とか、従業員周りの話になりました。その流れで社長さんが

「ウチは先日フリーアドレス制を導入しましてね。」

とおっしゃいました。固定席を廃止し、みな、毎朝出社したら好きな場所に座り、コラボレーションをしたり個人作業をしたり、というアレです。

社長の話が続きます。

「社員たちも喜んでいるみたいです。もっとも、当初は生臭い社員とかはフリーアドレス制をイヤがったんですが(笑)。」



d0237270_22433217.jpeg


聞き間違いではなく、社長は確かに「生臭い社員」と言ったんです。

ーーー

最初、その発言を聞いたときは、

(社員の中には生臭い人もいて、その匂いを敬遠し、その人の周りには誰も座りたがらないから、フリーアドレス制がなかなか定着せず、困ったものでしたよ、ハハハ)

みたいな意味かな、と思いました。確かに僕も、漁船からオフィスに直行したかのような匂いの人の隣で長時間仕事したくない。

でも待てよ、、、社長の発言を再度確認します。

「社員たちも喜んでいるみたいです。もっとも、当初は生臭い社員とかはフリーアドレス制をイヤがったんですが(笑)。」

「イヤがった」の主語は「他の社員」ではなく、「生臭い社員」本人です。
生臭い社員が、フリーアドレス制をイヤがっている。。。ピチピチと。
これはどう考えればいいのか。


d0237270_22433217.jpeg


上記は「意味」をどうとらえるか、という問題ですが、それと並行して、テクニカルな「訳し方」の問題もあります。

僕の手元のメモには「生臭い」を表すお魚のマークが書かれています。さっき、社長の話を聴き、首をかしげながらも僕が描いたお魚マークです。

通訳者である僕にとっての問題は、これをどう調理、、、じゃなくて、どう訳すか、それが問題ですよね。

生臭い社員 → employees that smell like fish でいいでしょうか。
いや、ダメだ。もっと「生臭さ感」を出すためには、raw fishの方がいいかな。employees that smell like raw fish。うん、いい感じ。


d0237270_22433217.jpeg


いろんなことを考え、紆余曲折を経て、

(ああそうか、フリーアドレス制への移行をイヤがったのは、「生臭い」ではなく、「ものぐさ」な社員か・・・)

と気付きました。
「ものぐさな社員」と言おうとして、つい感極まって「生臭い社員」と言ってしまったのだろう、と解釈しました。

通訳をしていて、今回のようにスピーカーが言い間違いをしたり、「上がる」を「下がる」と言ってしまったり、単位や年を間違えたり、というのはよくあることです、人間ですから。そういうときに、さりげなく修正をするのがいい通訳だと思いますが、もしかしたら言い間違いなどではなく、通訳者サイドの理解不足、知識不足である可能性も常にあるわけで、そうした瀬戸際の判断を求められることになります。迷ったとき、王道は「スピーカーに確認をする」ですが、それが出来ない/しにくいこともままあります。

社長に恥をかかせなくてよかったです。
ほら、社長に対し「あの〜、生臭い社員、っていうのは、やっぱあれですか、あの、築地とか、そういうことですか?」と確認を入れなくてよかった。
もっともこの場合、恥というよりは笑いで済みそうだから、徹底的に生臭問題を追究してもよかったのかもしれませんが。

ーーー

結局、僕は「ものぐさ」を lazy と訳しました。
正確には、「生臭い」を lazy と訳しました。誤訳でしょうか、、意訳です。

でも、後から考えると、lazyよりも例えば unwilling to change とかの方が、フリーアドレス制に反対する社員を指すこの場合の「ものぐさ」の訳としてはいいなあ、と思いました。もっとも、本番中は「生臭い」魚のウロコ取りでそれどころではなかったので、smelling like raw fishと訳さなかっただけでもよしとしなければいけない、と自分をなぐさめつつ、家路についたのでありました。

<完>

d0237270_22433217.jpeg

by dantanno | 2018-06-12 23:01 | IR通訳 | Comments(1)

男の育児は、「いいこと」から「当然の義務」にシフトし、そして義務から「権利」に昇華する

今日は「男の育児」について考えてみる。

僕は昔10年ほどサラリーマンをしていた。でも、今は自分の時間を自由にコントロール出来る自営業(通訳者)をしている。そういう背景もあり、2人の子供と多くの時間を過ごしている。まあ、言ってみれば「イクメン」である。

自分のサラリーマン時代のこと、特に外資系証券会社で昼も夜も無い生活を送っていた頃のことを思い返すと、(もしあの頃に子供がいたら、決してイクメンではなかっただろうなあ・・・)と思う。だって無理だったから。そう考えると、男がイクメンかそうでないかは、もちろん本人の考え方次第でもあるが、イクメンであることがそもそも「物理的に可能かどうか」にもある程度よることが分かる。

日本とイギリスを行ったり来たりする生活を送っている。日本にいる時間の方が長いのだが、日本で乳母車を押して街を歩き回っていると、心のどこかで(オレってイクメンだなあ。。。)と、自分に酔っている部分を感じる。認めるのがかなり「イタい」が、実際そう感じていると思う。
でも、不思議なことに、イギリスで乳母車を押したり、(男一人の状態で)公園とかで子供の世話をしていても、日本で感じるあの(オレってイクメンだなあ・・・)感は全く無い。自分は今いいことをしている、という気持ちに全くならない。当然のことをしている、としか感じない。それはそうで、街を見渡せば至る所で男が(一人で)乳母車を押し、幼児をあやし、子供と公園で遊び回っている。それが当たり前なのだ。


d0237270_04454394.jpeg


知らないけど、きっとイギリスには「イクメン」ということばすら無いのではないか。仮にあったとしても、それが大きなムーブメントというか、もてはやされるような現象にはなっていないのではないかと思う。イギリスでさえそうだから、こういう面で先進国(?)である北欧とかではもっとそうなのかもしれない。今度行ったとき、そういう目で街を歩いてみよう。

ちょっと余談だけど、先日ロンドンで地下鉄を降り、地上に上がる階段にさしかかったときのこと。自分の前を、乳母車を抱えて階段を上がろうとする男性がいた。(手伝おうかな・・、でも、男だし、大丈夫かな・・)と僕がほんの一瞬躊躇したスキに、すぐ近くにいた女性が「わたし手伝います!」と言って乳母車の片方をスイと持ち上げ、男性と2人がかりで階段を上がっていった。それを後ろから眺めながら、すぐに手を差しのべなかった自分を恥じると共に、女性が男性の手助けをスッと申し出てしまうこの国の文化ってすばらしいな、と思いました。これはちょっと余談。

ーーー

イギリスでは、男が育児をするのは「いいこと」でもなんでもなく、当然のこと。そして、義務なのだ。当然の義務なのだ。だからイクメンをしていても(イクメンなオレ・・・)に全然酔わないんだ、そう思いました。イギリスの人からすれば実はそんなことないのかもしれないけど、外部の人間である自分はそう思いました。

一方で世には、これは日本はもちろんのこと、きっとイギリスにもあてはまると思うけど、「自分は育児をしない」という男性もいるだろう。仮にやるとしても、ほとんどやらない男性、そういう手合いも含め「育児をしない男性」、略してイクメンならぬ「イクジナシメン」と呼ぶ。

思うんですが、イクジナシメンはもはや「古い」とか「古風」とか、そんな生やさしいものではなく、単なる義務違反だと思う。

確かに昔はそれでも許されたのかもしれない。だから、「オレは育児をしない」と昔言っていたのであればまあいいのかもしれない。でも、今や時代は変わった。変わりつつあるのではなく、もう変わってしまったのだ。それに気付いていない人がいる、ってだけの話。


d0237270_04453179.jpeg


育児に限らず、何かに対する世の見方がガラリと変わることはよくあって、しかもそれは結構びっくりするほど短期間の内に起こる。

奴隷制と、それに対する世の見方、がいい例だ。昔は奴隷制は「いいこと」だった。「良いこと」ではなかったかもしれないが、「許容される」という意味での「いいこと」だった。現に聖書にも奴隷制を容認する記述がたくさんある。奴隷商人、そして奴隷の使用者たちの中には、それほど罪悪感を感じていなかった人もいただろう。そしてこれは、それほど遠い昔の話ではないのだ。
それが、今やどうか。奴隷制を容認するような考え方の人は全くいない、あるいはほとんどいないだろうし、奴隷制を肯定・容認するような発言をしたらはじきものにされるに違いない。それほど短期間に世のZeitgeist(時代精神)は変わるものなのだ。

「男の育児」というものに対する時代精神も、急速に「しないもの」から「いいこと」に、そして「いいこと」から「当然の義務」にシフトしていると思う。シフトしつつある、というよりも、もうシフトしてしまった、という方が正確かもしれない。繰り返しになるが、そのシフトに気付いていない人が一部いるだけ。

ーーー

「自分も、出来ることなら育児をしたいのだ。でも、会社が、今の仕事が、それを出来なくしているのだ」という男性もいるだろう。きっとそうなんでしょう。現に、昔の僕がそうだった。
でも、そんな会社に頭を下げて入れてもらったのは他ならぬその人自身だ。自らすすんでその仕事を選択したのも他ならぬその人だ。いまや、そういうことまで考えた上で会社選び、仕事選びをする時代なんだろう。

ーーー

ちょっと話がそれるが、僕はごくたまに料理をする。

一番の得意料理はバター醤油スパゲッティー
スパゲッティーをゆで、バターと醤油を入れておいたどんぶりに放り込むだけの、男の料理だ。料理と言えるのだろうか。

でもときどきもっと手の込んだ、ちゃんとした(?)料理をすることもある。2品とか、3品とか。

そういうときに必ず思うのは、「料理って、なんて楽しいんだ!!!」ということ。そして、「これを女性に独占させておくものか(笑)!」と思う。これからは週に一度ぐらいはオレも料理をするぞ!と意気込む。「週に一度」とかじゃなくて、もう「毎週何曜日は料理の日!」って決めた方が続くんだろうな、何曜日にしようかな・・・と悩む。そして、次に料理するのは半年後。

育児も、料理と一緒だと思う。楽しいのだ。大変だけど楽しい。

ちなみに、ここで言う「育児」とは、たまに子供をあやすとか、そういうことを指して言っているのではない。それも確かに育児の一部に違いないが、そんなの100億万分の1だけだ。

男はもっと、育児の大変さを知るべきだと思う。
丸一日、子供1人、2人、あるいは3人と過ごすとヘトヘトになる。自分のことは何も出来ない。家がぐちゃぐちゃになる。大変だ。
でも、「一日だけ」とか、奥さんが出掛けている「一晩だけ」とかは、実は超簡単なのだ。これが今日も、明日も、そして明後日も、、、、、となって初めて本当の「大変さ」が分かる。育児の大変さ。これは正直、イクメンのはしくれである僕も、まだ全然よく分かっていないと思う。でも、かなり多くの時間を子供と過ごしているおかげで、その大変さの片鱗を垣間見ることが出来るというか、いかに大変かを一定のリアリティーをもって想像することが出来る。奥さんがいかにがんばってくれているかをイメージ出来る。

男もみんな、しつけのためなどではなく単に自分のイライラを解消するために子供にあたってしまった後の自己嫌悪(笑)を、女性並みにもっと頻繁に感じるべきだ。ハードだと思っていた出張が、「家で子供たちと過ごす」ことと比べると100億万倍ラクであることを経験すべきだ。カラダ一つで、2人以上の子供の寝かしつけを同時に行うことのめまぐるしさ。こやつにパンツをはかせる間にあやつにボディークリームを塗ってやり、あやつにパジャマを着させている間にこやつを歯磨き用に押さえつけ、、、の理不尽さ(笑)を体感すべきだ。それが奥さんに対するリスペクトにもつながり、夫婦円満をもたらすだろう。

ーーー

育児は大変だけど楽しい。そして、男女問わず多くの人が言うように、自分自身の学びになる。

育児は、実は「義務」などではなく、「権利」なのだ。男もそれに気付くべきだ。
いや、正確に言えば義務でもあり、権利でもあるのだ。

ーーー

「自分は育児が好きではない。だから(あまり)やらない」

女性に聞きたいのは、一体なんでそんな男と子供を作ったの???ということ。まあ、今さらそれを言ってもしょうがない。だったら前を向こう。

育児が好きではない、という男性。そして、育児が権利?だとしたら、そんな権利などいらない、とうそぶく男もいるだろう。
もちろん好みの問題でもあると思う。でも義務なわけだから、「子供を作る」という判断を下してしまった以上、イクジナシメンであることなど許されない。それは奴隷を売ったり使ったりするのと同罪(?)なのだ。

そして何よりも、育児嫌いは単なる食わず嫌いである可能性が高い。
だって、「オレは育児が好きではない」とか言っているぐらいだから、ちゃんと育児と向き合い、それを体感したことが無いんだろう、きっと。まずは一度ちゃんとやってみたらいい。



ブラックコーヒーしかり。

d0237270_04460216.jpeg


蒙古タンメン中本しかり。

d0237270_04403952.jpeg

最初は苦みや辛さしか感じないかもしれないが、やがておいしくなる可能性が非常に高い。まずはやってみることが肝要だ。

僕は、言ってもそれほどのイクメンではない。まあフツー。単にヒマなだけだ。
一方、世にはすごいイクメンがいる。育児を楽しんでいる男たちがいる。でもそういう人たちだって、子供が産まれる前は「自分は育児好き」であることに気付いていなかった可能性だってある。

ぜひ一度育児を、一晩だけとかではなくちゃんとやってみて、その大変さ、そしてその楽しさ、素晴らしさを体感してほしい。「してほしい」っていうか、まずは僕自身がそれをもっと体感してみたいものだ、と思っている。

会社が、仕事がそれをさせないのであれば、会社とケンカしてでも、転職してでもそれを勝ち取ればいい。育児をするために転職なんて、、、って思う? だから、、、時代はもう変わったんだ、っていう話。

ーーー

ついでに言うと、「子供」というものはそれを作る・産むことももちろん大変だが、本当に大変なのはその後ですよね。何十年もかけて育て、慈しみ、寄り添っていくわけだから。つまり、大変なのは「作る・産む」ことよりも「育てること」。
そして、子供というものに伴う楽しさ・素晴らしさも、実は「作る・産む」ことよりもその後に来る「育てる」という部分にその多くが含まれている。子供を作るだけではあまり多くの学びにならないが、育てることはとてつもない学びになる。

だから、あまり「作る・産む」にこだわりすぎず、子供が出来ないことを嘆くのではなく、もっと養子という選択肢を真剣に考えるのもいいと思う。自分が「作った・産んだ」子供でなくても、子育てに伴う楽しさ・素晴らしさ、そして多くの学びをもたらしてくれるだろうから。ウチの奥さんが続けている児童養護施設に関連する仕事を見ていて、本当にそう思う。

ーーー

奴隷制に疑問を感じていなかった時代のことを、我々は幾分かの恥ずかしさと共に思い返す。
それと同様、男の育児を「いいこと」などといってもてはやしていた時代を振り返って恥じるときが来るだろう。それを義務ととらえていた時代も過去のものになるだろう。

育児は、我々男性の(そしてもちろん女性の)正当な、かつすばらしい、ぜひとも行使すべき「権利」なのだ。

d0237270_04445390.jpg


by dantanno | 2018-06-09 04:49 | 子育て | Comments(0)