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カテゴリ:IR通訳( 29 )

この秋、欧州のIRミーティングでESGの話題があまり出なかったことに関する考察

9月の一ヶ月間、欧州とロンドンで機関投資家たちを周って過ごした。



その前の、夏のIRシーズン(5-7月)。
オランダの年金系の投資家、スイスの投資家、そして一部のロンドンの投資家を周っていて、ESG関連の話題がかなり出ていた。
(それを受け、IRISでも8月下旬に、通訳者有志向けにESG、SDG、PRIなどの説明会を行ったばかり。)

今回、夏と同じ顔ぶれの投資家たちを訪問することになっていたので、今回も当然ESG関連の話題が盛りだくさんになるだろうと予想していたら、意外と出なかった。意外とというか、ESGの話題がほとんど出なかった。

「投資家たち、もう飽きたんですかね(笑)?」と、証券会社のバンカーや発行体の方々と冗談交じりに話したほど。



<投資家の興味は移ろいやすい>
実際、海外投資家の興味は移ろいやすい。

例えばアベノミクス。
一時期、アベノミクスが盛り上がっていた頃、日本国内のIRでは、マクロ系のIR取材が急増した。内閣府、日銀、財務省、政治家などを訪問する機会が激増した通訳者も多いと思う。盛り上がりが急激だったのと同様、盛り下がりも早かった。

あとは、例えばホテル。
不動産系の会社(デベロッパーやリート)と海外を周ることが多いが、一時期、ホテルの話題が急増。
「御社はホテルはやらないのか、作らないのか、なぜやらないのか?他社はやっている。」がメインテーマだった。でも、すぐに
「ホテルの客室は多すぎやしないか。御社はホテルやってませんよね、大丈夫ですよね?ああよかった」となった。結構テキトーなのだ。

今は、ホテルについては、投資家の興味は落ち着いていて、いい感じで賛否両論がバランスしているように思う。


ーーー


さて、ESG。
この秋、一体何が起きたのか? 投資家は、はやくも関心を失ってしまったのだろうか。

そんなことはないと思う。
実際、いくつかの投資家オフィスでは「Responsible investment」みたいなパンフレットやポスターがあちこちに貼られていて、それはあながちポーズでやっているだけとは思えなかった。

では、なぜIRミーティングでESGが話題に出なくなったのか?
(注:ここでは、僕のここ1ヶ月のIR経験という、ごくごくミクロなサンプル数を元に話をしている。実際にはIRミーティングでESGの話題が依然として出まくっているのかもしれない。分からない。ここでは、「もし仮に最近IRミーティングでESGネタが出なくなっている」のであれば、その原因として何が考えられるか、について考察する。)



僕は、理由は2つあると思う。

「ESG関連の投資判断は、定量的・客観的に行われている」という点と、
「ESGに関する(日本企業への)周知期間が終わった」という、
その2つが原因なのではないか、と思う。



1.「ESG関連の投資判断は、定量的・客観的に行われている」

オランダの年金系の投資家とか、スイスの投資家とか、一部ロンドンの投資家などは、投資する際にESGの観点を重視している。
で、ある企業がESGにしっかりと取り組んでいるか、をどう判断するかというと、Sustainalytics(スペル合ってるかな?)社のレーティングとか、MSCIなんとかインデックス(合ってる?)とか、そうした定量評価を用いてスクリーニングしている。

IRミーティングでその企業に直接「ESG面でどのような取り組みを行っているか?」と聞くこともあるが、ポイントは、それによって実際の投資判断はあまり影響を受けないのではないか、ということだ。
例外は、ESGファンドみたいに、モロにESGをテーマに投資をしているファンド。また、投資家サイドでESG専門の担当者を置いているケースもある。そういう系のミーティングでは、当然ESGの話が多く出るし、企業への取材が重要な投資判断材料になっている。)

例えば、ある日本企業のESG関連の取り組みについて、投資家が尋ねたとする。それに対し、その企業がいかにESGでがんばっているか、をしっかりと説明したとする。でも、「じゃあ買おう」とはならないのではないか、と思う。

ESGについては、もはや「ESGをがんばっていれば買う」ではなく、「ESGをがんばっていなければ買わない」なのだ。足きり条件なのだ。



2.「ESGに関する(日本企業への)周知期間が終わった」

じゃあ、少し前は日本企業のIRミーティングでESGの話題が出まくっていたのはなんだったのか。
思うに、あれは「周知期間」だったのではないか。
「我々外国人投資家はESGを重視していますよ、ESGってこういうことですよ、ESGがんばってくれないとファンドに組み入れられなくなりますよ、だからがんばってくださいね」
の期間だったのではないか、と思う。

日本企業がESGの重要性をよく理解した今、そうした周知活動の必要は無くなった。
そして、1.に書いた通り、IRミーティングでESGについて取材したところで、実際にESGを投資判断に織り込む際のプロセスはレーティングを元にかなり機械的に行われてしまっているから、仮にその企業がIRミーティングでESG系の取り組みをアピールしても、それは実際の買いにつながらない。

だから投資家は、ESGについてあれこれ言わなくなったのではないか。

アイロニカルなことに、最近では企業の方が逆に海外投資家に対し「ESGについてはどの程度重視されていますか?」みたいに質問するパターンが増えており、それに対し投資家が「非常に重視している、このベンチマーク/レーティングを見ている、だからがんばってください」みたいに返す例が増えている。



今後どうなるのか
思うに、「ESGに熱心に取り組む」というのはもはやGivenな条件であり、それは別にアピールポイントにならない。投資家ももう聞いてこない。
ESGにおいて非常に大事なのは、「ESGをがんばる」ことではなく、「そのがんばりをしっかりとSustainalyticsとかMSCIといった客観的指標に反映させること」だ。

そして、もう一つESGにおいてなにげに大事なのは、GRESBといったESG系の認証にあまり振り回されないことだと思う。ああいう指標はああいう指標で、ちょっとよく分からないところがある。

ESGにおいてやるべきことはしっかりやった上で、投資家がどのレーティングを見ているのかを冷静に見極め、最も効率的に、最低限の努力とアピール(と出費)でその肝心のレーティングを上げていくか、に注力するのがいいと思う。

以上、最近のIRにおけるチョイネタでした。

(完)


by dantanno | 2018-10-03 22:46 | IR通訳 | Comments(0)

「生臭い」社員

IR通訳をしていると、いろいろな会社の、実にいろいろな話を訳すことになります。

ーーー

先日、ある会社のIRミーティングで通訳をしていたときのこと。人材育成とか福利厚生とか、従業員周りの話になりました。その流れで社長さんが

「ウチは先日フリーアドレス制を導入しましてね。」

とおっしゃいました。固定席を廃止し、みな、毎朝出社したら好きな場所に座り、コラボレーションをしたり個人作業をしたり、というアレです。

社長の話が続きます。

「社員たちも喜んでいるみたいです。もっとも、当初は生臭い社員とかはフリーアドレス制をイヤがったんですが(笑)。」



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聞き間違いではなく、社長は確かに「生臭い社員」と言ったんです。

ーーー

最初、その発言を聞いたときは、

(社員の中には生臭い人もいて、その匂いを敬遠し、その人の周りには誰も座りたがらないから、フリーアドレス制がなかなか定着せず、困ったものでしたよ、ハハハ)

みたいな意味かな、と思いました。確かに僕も、漁船からオフィスに直行したかのような匂いの人の隣で長時間仕事したくない。

でも待てよ、、、社長の発言を再度確認します。

「社員たちも喜んでいるみたいです。もっとも、当初は生臭い社員とかはフリーアドレス制をイヤがったんですが(笑)。」

「イヤがった」の主語は「他の社員」ではなく、「生臭い社員」本人です。
生臭い社員が、フリーアドレス制をイヤがっている。。。ピチピチと。
これはどう考えればいいのか。


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上記は「意味」をどうとらえるか、という問題ですが、それと並行して、テクニカルな「訳し方」の問題もあります。

僕の手元のメモには「生臭い」を表すお魚のマークが書かれています。さっき、社長の話を聴き、首をかしげながらも僕が描いたお魚マークです。

通訳者である僕にとっての問題は、これをどう調理、、、じゃなくて、どう訳すか、それが問題ですよね。

生臭い社員 → employees that smell like fish でいいでしょうか。
いや、ダメだ。もっと「生臭さ感」を出すためには、raw fishの方がいいかな。employees that smell like raw fish。うん、いい感じ。


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いろんなことを考え、紆余曲折を経て、

(ああそうか、フリーアドレス制への移行をイヤがったのは、「生臭い」ではなく、「ものぐさ」な社員か・・・)

と気付きました。
「ものぐさな社員」と言おうとして、つい感極まって「生臭い社員」と言ってしまったのだろう、と解釈しました。

通訳をしていて、今回のようにスピーカーが言い間違いをしたり、「上がる」を「下がる」と言ってしまったり、単位や年を間違えたり、というのはよくあることです、人間ですから。そういうときに、さりげなく修正をするのがいい通訳だと思いますが、もしかしたら言い間違いなどではなく、通訳者サイドの理解不足、知識不足である可能性も常にあるわけで、そうした瀬戸際の判断を求められることになります。迷ったとき、王道は「スピーカーに確認をする」ですが、それが出来ない/しにくいこともままあります。

社長に恥をかかせなくてよかったです。
ほら、社長に対し「あの〜、生臭い社員、っていうのは、やっぱあれですか、あの、築地とか、そういうことですか?」と確認を入れなくてよかった。
もっともこの場合、恥というよりは笑いで済みそうだから、徹底的に生臭問題を追究してもよかったのかもしれませんが。

ーーー

結局、僕は「ものぐさ」を lazy と訳しました。
正確には、「生臭い」を lazy と訳しました。誤訳でしょうか、、意訳です。

でも、後から考えると、lazyよりも例えば unwilling to change とかの方が、フリーアドレス制に反対する社員を指すこの場合の「ものぐさ」の訳としてはいいなあ、と思いました。もっとも、本番中は「生臭い」魚のウロコ取りでそれどころではなかったので、smelling like raw fishと訳さなかっただけでもよしとしなければいけない、と自分をなぐさめつつ、家路についたのでありました。

<完>

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by dantanno | 2018-06-12 23:01 | IR通訳 | Comments(1)

「都心に注力します!」について

昔、不動産系の仕事をしていたこともあって、不動産系の人たちと話すことが多い。

デベロッパーやリートの人たちと話していると、みんな

「地方ではなく、(人口の流入が続く)都市部に注力する」

とおっしゃる。

実際、各社のウェブサイトやIR資料を見れば、みな「都市部都市部」と言っています。

要するに、地方は今後人口が減少するし、将来性が乏しいし、(不動産の)流動性も低いので、リスクが高い。
一方東京、そしてまあ大阪、名古屋、福岡、札幌、仙台などの都市部は、人口の流入もしばらく続くし、流動性も高く魅力的、というような趣旨です。



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不動産関係者がみな一様に口にする「都市部に注力する!」についての考察。



・一理ある。特に需要サイドを考えると。

以下↓で多少批判的というか、ネガティブ目な項目もありますが、基本的には「都市部に注力する!」というのはいい戦略なんだろうな、と思います。特に、需要サイド、つまり人口、経済活動、そういったものが都市部に集中するのであれば、不動産会社としても当然その波に乗って都市部に注力するのはまともな戦略だと思います。
言い換えると、不動産会社たちの「都市部に注力する!」というフレーズを聞いていて全くサプライズが無いのは、世の中全体がその方向に向かっていて、もはやそれがコンセンサスになっているから、というのもあると思います。

・全員が同じことを言っている状態って、何かおかしいのではないか

僕が偏屈だからなだけかもしれませんが、みんなが同じ方向を見て、全く同じことを言っている状況に多少の気味悪さを覚えます。大丈夫かな、、と。

不動産ビジネスというのは、それが不動産投資の場合はもちろん、賃貸業であっても、かなり「投資」的な側面がある。だから、不動産デベロッパーもリートも、どちらも「投資家」的な側面を強く有している。

その「投資家」たちが、みな一斉に「都市部に(投資を)注力する」と言っている。全員そう言っている。「いや、ウチは都市部ではなく地方に投資します」と言っている人は一人も、一社もない。

本来、投資で儲けようと思ったら、みんなが「こう」と言っているときにあえてその逆を行く、そうした逆張り(Contrarian)をする必要がある。実際、リーマンショックの直後、不動産価格が暴落し、不動産株が下がったときに買った人たちはすごいリターンを出している。一方、みんなと同じことを言い、同じことをするのが僕みたいなシロウト投資家で、そうするとえてして「高値づかみの安売り」をしてしまいがち。それが投資のセオリーだと思う。

では、今の不動産業界の「都市部都市部」というトレンドについてはどう考えればいいのか。みんながそう言っているから、あえてその逆を行くべきなのか。あるいは、みんながそう言っているから、実際に都市部の魅力が高まる(高まってしまう?)ので、結果的に都市部に賭けるのが正解なのか。そして、日本の「地方」は本当にそんなにダメなのか(不動産の投資対象として)。

この後プライシングについて考察しますが、
みなが都市部に注力すれば、当然その分都市部の不動産の価格は上がり、地方の不動産価格は下がる。みなが「都市部」と言わなくなるまで、その価格の調整は続く。そしてどこかのタイミングで「あれ?地方の方が(魅力度合いに応じた価格調整後も)安い!」というタイミングが来るはず。



・都市部の魅力は価格に織り込まれているはず?

都市部の方がいろいろな意味で魅力的。それはまあ分かります。でも、当然その分価格も高いわけですよね。
「高級品の方が低級品よりも「いい」んだ!」って、確かにそれはそうかもしれませんが、でも高級品の方が低級品よりも価格が高いわけで、それとの見合いで考えないと一概に「いい!」とは言えないですよね。例えばエルメスのバッグがすばらしいのは分かるけど、その素晴らしさが例えば100だとして、一方価格が100万円だとしたら、(価格調整後の)実質的な価値は100/100=1です。
それに対し、1万円で売られているバッグに2の価値があるとしたら、価値の絶対量はヘルメス100 VS 安いバッグ2とボロ負けですが、価格で調整してみると、実は安いバッグの方が2÷1=2と、エルメス様の倍の「実質価値」がある、と言えます。

不動産もそれと同じではないか、と思うんです。
みんなが「都市部がいい!」と言っている今、それが正しく価格に反映されていれば、都市部の価格がつり上がり(実際つり上がっています)、「魅力度合い調整後のプライス」は地方と均衡するはずですよね。

今「都市部都市部」と言っている人たちは、当然そういうことは分かった上で「都市部」と言っているわけです。ということは、都市部と地方の「魅力 対 価格」の調整はまだ均衡点に達しておらず、都市部に投資することでアービトラージをし、メリットを享受出来る、と考えているわけですよね。

・都市部と地方のミスプライスを定量化出来ないものか

都市部の魅力が正しく価格に反映されていない、織り込まれていない。
仮にそうなのであれば、それを反映させるとどうなるのか、に興味があります。現在存在するミスプライスをなんとか定量化出来ないものかなあと思います。それはもちろん主観的な計算になるでしょうが、それでも興味がある。

例えば、オフィスでも商業施設でも住宅でもなんでもいいんですが、全く同じ物件が、地方であれば10億円、都市部であれば15億円の市場価格を付けられているとします。その場合、(表面上の)「都市部プレミアム」は50%ということですよね。
全く同じ物件が、地方であれば(都市部と比べて)かなり安く買えるわけで、そこだけを見れば「地方の方が投資先として魅力的」となる。でも、実際には都市部の方がいろいろな意味で「魅力的」であり、50%もある都市部プレミアムを払ってでも都市部に投資をしたい、そう言う人が多い、ということですよね。

であれば、都市部のその「魅力」をなんとか定量化し、
「表面の価格だけを見れば地方の方が当然安いですが、ほら、魅力を考えると、むしろ都市部の方が「安い」んです」
という説明を聞いてみたいし、それを訳してみたい。

・全員が同じことを言っている状態って、何かしら「チャンス」ということではないんだろうか

僕は投資家ではないし、自分の資産もちゃんと運用していないのでエラそうなことは全く言えませんが、いい投資って要するに、全員が同じことを言っているときに、あえてその逆を行く(逆張り、Contrarian)のが基本だと思うんですよね、多分。そう考えると、全員が全員「都市部に注力する!」と言っている現在、その逆を行くのはもしかしたらおもしろいんじゃないか、と思うし、1社ぐらいはそういうことを言う会社がいてもいいのではないか、と思います。「都市部ではなく、日本の「地方」に注力します!」というフレーズを訳したくてウズウズしています。


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実際、みんなが都市部に注目している今、地方ではいろいろなチャンスが生まれているはずです。そこにうまく目を付け、マネタイズする企業も登場するでしょう。僕がIRで同行している会社は、デベロッパーであれリートであれ、みな上場企業であり、スケールやリスクなどを考えるとなかなか地方にベットすることは出来ないのかもしれませんが、中小のプレーヤーがそれをやってくれることを期待しています。いや、僕が知らないだけで、既にいろいろと行われているでしょう。

・「地方」という言い方について

これはうまく説明出来ないんですが、(もっといい言い方があるんじゃないかなあ・・・)と思うときがあります。

ある友人が、「インバウンドということばが好きではない」と言っていました。外国から日本にやってくる人たちをひとまとめに「インバウンド」と呼ぶのはなんだか失礼だし、違和感を感じる、とのこと。

最初は(ふーん、そんなものかなあ・・)ぐらいにしか思いませんでしたが、その後だんだん(うん、なんか分かる。確かにそうだ!)と思うようになりました。それ以降もIRミーティングで「インバウンド」ということばを100万回ぐらい訳していますが、いや、正確には"inbound"と言い換えているだけなので訳してはいないのかもしれませんが(笑)、それを言う度に多少の健全な違和感を感じるようになりました、その友人のおかげで。

それと同じような違和感を、「地方」ということばにちょっと感じています。「都市部ではない」という意味で確かに「地方」なんですが、日本の「地方」がいかに素晴らしいかを知っているだけに、なんかこう、もっといい言い方が無いものかなあ、きっとあるような気がするんだけどなあ、と思ったりします。まあ、これは確とした意見ではないですし、代替案があるわけでもないので、単なるぼやきですが、そういうことを感じたりもします。

ーーー

以上、「都市部に注力する!」について感じていることをまとめてみました。お読みいただきありがとうございます。

by dantanno | 2018-05-30 02:20 | IR通訳 | Comments(0)

「勝つIR」のための資料作り

通訳者になって早8年。

その間、ずっとIR通訳をしてきました。


数えきれないほどのIRミーティングを経験し、数えきれないほどのIR資料を見てきました。


ーーー


IRのミーティングは資料を使って行われます。以下IR資料」と呼びます。


IR資料というのはどういう資料かというと、最近行われた決算説明会のプレゼン資料や、現在進行中の中期経営計画のプレゼン資料などを使うことが多いです。


みなさんも、試しに「IR資料」で検索してみると、いろいろな上場企業のIR資料が表示されます。


ーーー


IR資料をたくさん目にして来ただけでなく、実際にその資料を持って海外に出掛けて行って、その会社の社長やIR担当者たちと一緒に外国人投資家を訪問し、IRをしてきました。自分で作っているわけではありませんが、IR資料は僕にとって大事な大事な仕事道具です。


ーーー


そんなIR資料たちを手に取り、目を通し、一緒に戦ってきて、

「この資料、こうすればもっと良くなるのに・・・」

と思うことがしばしばあります。


今日は、そんなIR資料に関するお話です。


ーーー


もちろんIR関係者に読んでほしいです。「IRあるある」的な話もお楽しみいただけるかもしれません。でも、IRとは無縁の人たちにもぜひ読んでほしい。

というのも、IR資料は要するにプレゼン資料であり、この記事はプレゼン資料全般にも通じる話だと思うからです。

また、もっと広くとらえれば、コミュニケーション全般に通じる話でもあると思います。だから、IR関係者以外の方にも参考になる部分が、もしかしたらあるかもしれないと思うんです。


ーーー


IR資料について、僕が感じる問題点は6つあります。



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1.「メッセージ」と「データ」の混在


一週間に渡って繰り広げられる海外IRの、初日の朝一番。

訪問先都市のホテルのロビーで、15分程度の通訳ブリーフィングが行われます。


ブリーフィングの場では、企業のマネジメントの方から通訳者に向けて何か説明したいこと・注意点などがあればそれが伝達され、一方通訳者サイドから企業に対し確認したい事項があればそれを確認します。

通訳ブリーフィングの場で、僕が唯一企業に質問するのは「今回のIRで、投資家に一番伝えたいメッセージはなんですか?」ということです。


さて、本題のIR資料に話を戻します。そのIR資料において企業が言いたいこと、投資家たちに伝えたいこと、それを「メッセージ」と呼ぶことにします。

一方、「なぜそうなのか」とか、「そう思う根拠は何か」といった、そのメッセージの裏付けとなる基本情報、あるいは足もとのマーケット環境に関するデータなど、そういう情報を以下では「データ」と呼ぶことにします。


メッセージとデータは、密接に関係しています。

でも、まったく別のものです。性質が異なるものです。


メッセージは「想い」であり「願い」です。これから起きる未来の話です。カラフルで、すごく情熱的です。

一方、データは単なる「事実」です。既に起きた過去の話です。色は白黒で、とても冷静沈着です。


そんな全く性質の異なるメッセージとデータが、IR資料の中でゴッチャゴチャになってしまっている例が散見されます。散らかった家と同じです。

読み手は、その資料を読みながら、どこがメッセージでどこがデータなのか、をいちいち判断しながら読むことを求められます。あるいは、そもそもそのような区別をすることなく、資料全体をベチャーッと眺めることになります。


ーーー


メッセージとデータは分けた方がいい。

家の掃除に例えれば、メッセージとデータを分けることは「整理整頓」であり、「適切な収納」です。


そして、収納以前の問題として「情報量が多すぎる」という問題もあります。これはメッセージについてもデータについても言えますが、企業がそのIR資料に盛り込もうとしている情報量が多すぎて、家の例で言うと、モノで溢れかえってしまっていて、今ほしいもの・必要なものがどこにあるか分からない状態になってしまっていることが多いです。ゴチャゴチャしていて、心が落ち着かない・ときめかない状態です。最近話題の「片付け」本でも、「収納方法を考える前に、まずモノの絶対量を減らせ」と説いているものが多いですよね。それが出来ていない。




2.「全ページロゴ」問題


会社のロゴってあるじゃないですか。あれをIR資料の表紙に入れるのはいいと思うんですよ。なんとなく分かるんですよ。

でも、その後プレゼン本編の1ページ目、2ページ目、3ページ目、、、あれれ、全ページにロゴが入ってる。これって本当に全ページに入れる必要ありますかね。


「いいじゃん、別に。そんなに目立つわけじゃないし」ということであればまあいいのかもしれません。確かに、一見そんなにたいした問題ではない。でも、これは実はより本質的な問題の「氷山の一角」でしかないと思うんです。

(それに、もし本当に「そんなに目立たないロゴ」なのであれば、その存在感の薄さがそれはそれで気になります。)


なんで全ページに自社のロゴを入れるのか。

投資家が、プレゼンを聞きながら、「あれ?今オレはどこの会社のプレゼンを聞いてるんだっけ??」と混乱してしまったとき用?そんな投資家はどうせ投資してくれませんから、さっさと次のミーティングに行きましょう。


ーーー


IR資料の全てのページにロゴを入れるのは、そもそもあんまり深く考えた結果ではないと思うんですよ。多分、なんとなくロゴを入れてるんじゃないかと推測します。会社指定のプレゼンフォーマットにデフォルトでロゴが入っちゃってる、というケースもあるでしょう。


でも、IR資料に限らずプレゼン資料というのは、もっと繊細に・慎重に取り扱うべきだと思います。


IR資料って、コンビニの売り場みたいなものだと思うんです。「狭い売り場面積をなんとか有効活用しようと知恵を絞るコンビニの店内」であるべきだと思うんです。


・この商品は売れ筋か死に筋か

・どう配列すれば、もっと売れるのか。どうすればお客さんにとっての魅力が高まるのか。


コンビニの本部および店舗の方々は、きっと日々そういうことを考えているはずです。売り場の面積をどんどん広くして、棚をどんどん増やして、置ける商材を増やせばいい、という問題ではないはずです、小売業においては。


IR資料の作り手もそういうことに一生懸命頭を悩ませるべきであって、

「あ、ここちょっとスペース空いてるからロゴでもぶっこんどくか」

ではいけないと思うんですよね、IR資料は。


ーーー


これは「アピールの仕方」の問題でもあると思います。

プレゼン資料の全てのページに挿入されたロゴを眺めていると、僕は日本の選挙カーを思い出します。政策を論じるのではなく、候補者の名前をひたすら大音量で連呼しているだけのように思える。ちょっと無理やり結びつけすぎかもしれませんが。


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IRは選挙カーなんかであってほしくない。

IRは、相手候補者との建設的なディベートであってほしい。あるいは駅前で、耳を傾ける人があまりいなくても一生懸命、誠意をもって自分の政策・信念を語る街頭演説であってほしい。自分のメッセージや考え方を丁寧に相手に伝える、それがIR。全ページにロゴを入れまくるのは、まともな政策を欠く候補者が苦し紛れにスピーカーから自分の名前を連呼するのと似ている。それでは勝てないはずだし、仮にそれで勝ててもうれしくない。



3.ページ飛ばし


ロンドンの投資家のオフィスで、今まさにIRミーティングが始まりました。ちょっとのぞいてみましょう。


投資家 Could we start with an update on how things are going with your business, and the recent trends youre seeing in the market?”


それを通訳者が訳します。


通訳者 「まずは最近の御社のビジネスについてのアップデートと、足元のマーケット環境について教えていただけますか?」


IRミーティングにおいて、結構ありがちな始まり方です。

それを受けて企業が


企業 「分かりました。それではすみません、プレゼン資料の23ページをご覧ください。」

通訳者 “OK, please turn to page 23 of the presentation.

投資家 Page 23? OK,,, page 23,,, Right, here we go! → 企業の説明開始


ーーー


普段、訳に夢中であんまり感じないんですが、ときどきふと思うことがあるんです。


「今飛ばされた、122ページたちの立場は?」


って。


ミーティング冒頭での投資家の質問が超マニアック・超変化球だった場合は分かるんですよ、ページ飛ばしも。例えば投資家が「ビジネスの話に入る前に、御社のコーポレート・ガバナンス体制についてちょっと教えていただけますか?」とか、「最近マイナス金利ですけど、調達コストはどうなっていますか?」みたいに切り出したのであれば、「分かりました。それではプレゼン資料の23ページをご覧ください。」っていうのもよく分かるんですよ。でも、ビジネス・アップデートとマーケット環境という、要するにIRの定番中の定番、一丁目一番地の話を求められたのに、それがいきなり23ページに飛ぶとなると、じゃあ表紙と23ページ目の間に挟まってるページたちは一体なんなんだ?って感じるんです。しかも、そういう場合に限って、23ページの説明が終わると「では次に、すみません、少し戻っていただいて17ページをご覧ください」みたいになるんですよね。そうすると今度は「だったらなぜ17ページ目に記載してある内容を23ページの次の24ページ目に記載しない?」と思うんです。


ミーティング中、こうした不毛な行ったり来たりは実に多い。


とりあえずの解決策としては、一週間の海外IR、あるいはひとシーズンのIRが終わった時点でその企業内で会議をし、「今回のIRではこのページは全然使わなかったね」っていうのを確認し、次回はそのページを削除した資料を持ってIRをすればいいわけです。ただ、これは対症療法でしかないので、本質的な解決策について後段で考えます。



4.複数資料の行ったり来たり


「行ったり来たり」は、一つの資料内だけでなく、資料と資料の間でも行われます。


IRミーティングでは複数の資料が使われることが多いんです。参考までに、よく使われるIR資料を列挙してみると:

・決算説明会で使用したプレゼン資料

・中期経営計画のプレゼン資料

・会社概要/会社案内的な資料

・財務データ(ファクトブックや決算短信等)

・その他、個別論点を説明するための一枚物


これら資料の内、2つか3つを使用する、というパターンが多い気がします。


ミーティングが始まる前に、それら資料を少しずつずらして、うまい具合に投資家のデスクに並べ、必要に応じて投資家に参照してもらいながらミーティングが進みます。

では、実際にミーティングがどんな感じで進むのか、簡単に再現してみます。投資家が何か質問をして、それに対し企業がIR資料を使って回答するシーンを想像してください。


投資家 <何か質問する>


企業 「その点については、資料の6ページをご覧ください」

通訳者 "Please turn to page 6."

投資家 "OK,,,, page 6,,,,,"

企業 「あ、そちらの資料ではなくて、、、こっちの中期経営計画の資料の6ページです。」

通訳者 "Not that presentation, but this one. The one titled "Mid-term Management Plan."

投資家 "Oh, OK, the other one,,,,, let me see,,,,, page 6,,,,,, OK, here we go!"

企業 「よろしいでしょうか。えー、こちらに記載の通りですね、、、」と説明を開始


資料がデスクにたくさん並んでいるので、「6ページ」と言われてもどの資料の6ページを開けばいいのかが分からないんですよ。で、とりあえず目に付いた資料を投資家は手に取るわけですが、マーフィーの法則「投資家が最初に手に取る資料は、企業側が投資家に見てほしがっている資料と、ほぼ100%の確率で異なる」んですよね。


その結果どうなるか。上記の通り、「いや、そっちの資料じゃなくて、、、」みたいなやり取りが何度も繰り広げられ、それをいちいち訳す度に僕は、IR資料が1つの資料に一本化されたらいいのに、、、と思うんです。



5.データが古い


企業 「このグラフには月のデータまでしか記載されていませんが、その後最新の数字が出ていまして、、、」


という発言の後、企業の方が最新の数字を口頭で説明。それを通訳者がいちいち訳し、その訳を聞きながら投資家が一生懸命数字をメモする、というプロセスが結構頻繁に起きます。


その最新の数字が発表されたのが「今朝」とかなら分かるんですが、そうでなくて2-3週間前とかだったりすると、「なぜ資料をアップデートしておかない?」という疑問が残ります。詳細後述します。



6.「資料には載せていないんですが、~」


Why not?

資料に載せなくても口頭で補足すればいいので別にいいんでしょうが、いちいち口頭で補足するぐらいならなぜ最初から資料に載せない?と思ってしまうことがあるのも事実です。


「資料に載せていない情報」がちょっと守秘性が高かったりセンシティブな情報で、あまり紙で発表したくない、紙で残したくない。だからこそ紙ではなく口頭で説明している、というケースもあります。その気持ちはよく分かるんですが、ちょっと考えてみてくださいね。


そのミーティングの1年後、投資家の手元に残っているのは「IRミーティングで配られた各種IR資料」ですか、それとも「投資家がミーティングで取った手書きのメモ」ですか?IR資料はとっくに廃棄済みで、残っているのは手書きのメモだけです。だから、あまり記録に残したくないセンシティブな情報であればこそ、口頭で話すのではなく逆に資料に記載した方がいい、というのが皮肉なんです。




ーーー




問題点の列挙は以上です。ここからは解決策を考えていきたいんですが、まずは上記6つの問題点を、その性質に応じて分類してみます。




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大きく分けると、「情報過多」の問題と「情報不足」の問題とがあることが分かります。


では、これら6つの問題の何が「問題」なのでしょうか。言い換えると、これら6つの問題はどういう弊害を引き起こすのでしょうか。


ーーー


情報が多すぎたり少なすぎたりすると、そのせいで話が分かりにくくなり、肝心のメッセージが伝わりにくくなります。

特に情報が多すぎる場合、メッセージ一つあたりの価値がどんどん希薄化し、投資家に刺さらなくなっていきます。例えが物騒ですが、細い弓矢や竹槍で戦っているようなものです。そうではなく、IRは巨大な大砲を使って戦いたいです。



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物理的なロスも馬鹿になりません。


「いや、そっちの資料じゃなくてこっちの、、、そうそう、そっちです(爆)!」とか

「まずは23ページまで飛んで、次は17ページに戻ってください。行ったり来たりですみませんね(苦笑)」とか、あるいは

「最新の数字は資料に載せていないので、今から私が口頭で読み上げる数字を余白に一生懸命メモってください」


みたいなことを、しかもいちいち通訳を介して、あまり頻繁にやっていると、ミーティングの進行が煩雑になります。投資家が疲れます。注意力が低下します。ただでさえも溢れかえる情報で削がれている集中力がさらにダウンします。そうすると、結局企業が伝えたいメッセージが伝わりにくくなります。それは日本にとってマイナスです。




これまで述べてきた「6つの問題」は、単に表面を見ればそれぞれあまりたいした問題ではなく、騒ぎ立てるほどのことは無いかもしれません。しかし、本質を考えると結構深刻なのではないか。その本質は、


IR資料における情報過多/不足のために、メッセージが投資家に伝わりにくくなってしまっている」


ということになります。



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ではどうすればいいのか。

対症療法を考え、列挙するのは簡単です。


メッセージとデータの混在 メッセージとデータを分ける。プレゼン後半にAppendix(補足資料コーナー)を作り、データはなるべくそこに放り込む

全ページロゴ ロゴを入れるのは表紙だけにする

ページ飛ばし ミーティングで使わないページは取る(あるいはAppendixに放り込む)。その上で、プレゼンする順番通りにスライドを並べる

資料が複数存在 資料を1つに統合する

データが古い 最新のデータを載せる

あえて載せていないデータ ミーティングで口頭で補足するぐらいであれば、いっそ資料に載せてしまう


でも、これらはあくまでも対症療法でしかなく、問題の本質的な解決にはなりません。


ただ、ここで唯一本質的だと思うのはAppendix(要するに補足資料)の活用です。Appendixは、家の掃除で言えば押し入れ、あるいはトランクルームのようなもので、実に便利です。大事な情報はプレゼンの前半部分に集中させ、その他の情報(裏付けとなるデータとか、ミーティングで使う可能性が低い情報)はなるべくAppendixに放り込む、というのは実に合理的です。捨てたいけど捨てられない、僕みたいな人におすすめの手法です。


ーーー


さきほど定義した、この問題の本質、すなわちIR資料における情報過多/不足のために、メッセージが投資家に伝わりにくくなってしまっている」という点。それを、対症療法ではなく本質的に解決するための方策は何か。


それを考えるためには、「そもそもなぜIR資料における情報量が過多・不足に陥ってしまうのか」を考えればいい。


ーーー


僕が考える「問題の原因」は以下の4つです:


<情報過多を引き起こす原因>

・「情報は多いに越したことはない」という思い込み

・情報で理論武装しようとしている


<情報過多と情報不足、両方につながる原因>

・過去の資料の使い回し 「そのIR」のための資料作りをしていない

・資料を客観的に見ることが出来ていない




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それぞれについて分析し、解決策を考えていきます。


ーーー


・「情報は多いに越したことはない」という思い込み


全ページにロゴを入れてしまう。

実際のミーティングでは飛ばすスライドが、プレゼン資料にたくさん入っている。

複数の資料を持参し、全部投資家に配る。


これらの事象全てに共通するのは、「情報は多いに越したことはない」という気持ちではないでしょうか。


情報をたくさん与えておいて、あとは情報の受け手(海外投資家)が自分にとって必要な情報や興味ある情報を取捨選択すればいい、という気持ちも分かります。でもそのようなメッセージ発信は非常に消極的です。能動的・積極的ではありません。


そして、情報は多ければ多いほど受け手を混乱させます。


だから、情報は少ない方がいい。過ぎたるは及ばざるがごとしです。


これは、IRをどう定義するか、の問題でもあると思います。

IRを「情報を伝えること」と定義すると、「情報をたくさん提供するのがいいIR」となるかもしれません。確かにWebページとかはこの考え方でいいと思います。


一方、IRを「投資家と建設的な対話をすること」だったり「投資家を説得すること」みたいに定義すると、見えてくる風景がガラッと変わってくる。伝達するべき情報の量、そして質、ともに大きく変わってくる。


ひとくちに「IR」と言っても、いろいろな形態があります。Webページのような静的、そしてある意味受け身なIRもあれば、わざわざ海外まで出掛けて行くIRロードショーのような能動的・積極的IRもあります。後者においては、その目的に合った「能動的・積極的」なIR資料を使うべきで、それは筋肉質に引き締まったスリムなIR資料であるべきです。



・情報で理論武装しようとしている


IR資料を見ていて、ときどき思います。

「ツッコミを防ごうとしてるなあ・・・」

って。


ツッコミを防ごうとすると、どうしてもいろいろな情報をてんこ盛りにして、理論武装することになります。

ディスクレーマー的な文言・情報もちりばめることになるでしょう。



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ツッコミを事前に潰すことを意識した資料作りをしてしまうと、キーメッセージが伝わりにくくなるだけでなく、資料がつまらなくなる、という弊害もあります。なぜつまらなくなるかというと、一方通行になるからです。インタラクティブでなくなってしまうからです。

投資家に「なんで?」と思わせるのを防ごうとすると、事前に全て説明してしまうことになり、そうすると「ふーん」というリアクションしか引き出せなくなります。そういうIRは、投資家にとってあまりときめきが無く、おもしろくない。


ツッコミなんて恐れなくていいんです。

もっと「打たせて取るIR」をしましょう。先回りしてツッコミを想定し、それを防ぐための文言をちりばめるのではなく、むしろその逆。投資家からのツッコミ(「なんで?」)を引き出し、それに丁寧に対応して行けばいいんです。


ツッコまれるのは、別に悪いことではないんです。

ボケとツッコミ、その両方が無ければお笑いは成立しません。IRもそうです。いいボケをして、それに対していいツッコミが入る。そのツッコミに応えて、それが次につながる。そうしたキャッチボールこそがいいIRです。


ーーー


情報で理論武装する理由は「ツッコミ対策」以外に、もう一つあると思います。

それは自分(自社)に自信が無い、ということ。

もしそうであるならば、積極的なIRはちょっと待ってから行えばいい。自信が付いてからやればいい。


「いやいや、厳しいときこそIRでしょう」という考え方もあります。それはそれで正しいと思います。IRはなにも攻撃だけでなく防御的な側面もありますから、厳しいときこそ今後の方針・戦略を伝えるべきだろうし、悪いウワサや無用な心配が広まるのを防ぐ、そうしたディフェンシブなIRもあるでしょう。

でも、厳しいときに行うIRこそ戦略的に考え抜かれたものでなければいけないですよね。とりあえず情報をたくさん盛り込んで、そのかげに隠れようとするIRでは逆効果です。厳しいときこそ、能動的な攻めるIRであるべきです。今から、その厳しい状況から逆転・反撃することを考えると特に。



・過去の資料の使い回し 「そのIR」のための資料作りをしていない


IRミーティングではたくさんのIR資料が使われ、それが時に混乱を招くことは既に述べました。


なんでそんなにたくさんの資料を使うかというと、過去に、何か別の目的で作成・使用した資料の中から、今回のIRに関係しそうな資料をいくつかピックアップして持って来て、投資家のデスクに並べていることが多いんですよ、要するに。


言い換えると、まさにその時、その場で行われている「そのIR」のための資料を作成・使用していないんです。「そのIR」のためのカスタムメード、テーラーメードの資料作りをしていない。だからこそ「資料の内容」と「伝えたいメッセージ」とが微妙にズレてしまっているんです。


僕がIR初日の通訳ブリーフィングで「今回のIRで一番伝えたいメッセージは何ですか?」と聞くのは、

(きっとこのIR資料を見ても、企業が言いたいことはよく分からないんだろうな・・・)

というあきらめに近い想いがあるからでもあります。いいIR資料であれば、その資料を見れば企業が言いたいことが一目で分かるはずで、わざわざ「何を言いたいんですか?」と企業に質問する必要なんてありません。


過去の資料の使い回しは、タイミングの問題も引き起こします。それら資料が作成されたタイミングは「昔」です。決算発表なり中期経営計画なり、その資料の本来の/当初の目的のために必要だったタイミングに作られているわけです。それが結構最近だとしても「今」ではない。だから当然情報がちょっと古い、あるいはそもそも載っていない、という問題が起こり、それを口頭で補足する手間が生じます。


ーーー


冷静に考えてみれば、過去の資料を使い回すのではなくその時その場で行われている「そのIR」向けに資料を作った方がいいに決まっています。具体的には、その時期(その四半期/半期/年度)に行う海外投資家向けIR用の資料を用意すべきです。企業の方々も、当然それは分かっているはずです。ではなぜそうしないのか?


「そのIR」のための資料作りをしない理由: 1.人手不足


IR担当者からすると、ただでさえも忙しいのに + いろんな資料が既に存在するのに、そこにもう一つIR用資料を加えるのか!と思うかもしれません。


僕、思うんですけど、わざわざ新しい資料を「作る」必要は無いんですよね。もちろんゼロベースで発想して資料を作るのが一番いいのかもしれませんが、その余裕が無いようであれば、既に存在する資料から必要箇所を取捨選択する、という感じでもいいと思うんです。そうすれば、「資料作成」という手間はかからず、代わりに「ウチの会社は、今回のIRにおいて何を投資家に伝えたいんだろう」という本質を考える作業だけが発生します。その作業を嫌がるマネジメントおよびIR担当者はいないはずです。


「そのIR」のための資料作りをしない理由: 2.実は言いたいことが無い


「上場したからには、当然IRに力を入れるべきだ」という、これまた思い込みがあります。証券会社もそう言ってるし、みたいな。

もちろん上場したらIRを行う必要が生じるわけですが、そのやり方は企業によって千差万別、様々あっていいはずです。そして、同じ企業でも時期によって適切なIRの姿は変わってくるはずです。


実際、積極的にIRをしていない企業も存在します。しかも一流企業で。例えば少し前のファナックとか。

他にも、IRにあまり力を入れていない、、、というか、正確に言うと「独自のやり方でIRをやっている」、そういう企業は存在するでしょう、きっと。僕が知らないだけです。

企業によっては、わざわざ海外に出掛けて行かないのはもちろんのこと、日本に来た外国人投資家と本社で会うこともあまりしません。でもそれでいいんです、別に。


高校・大学に行ってる人が多いから、自分もなんとなくそうする。

フツーに就職してる人が多いから、自分もなんとなくそうする。

結婚して、子供を産んで、マイホームを持つ人が多いから、自分もなんとなくそうする。

IRに力を入れてる上場企業が多いから、自分(自社)もなんとなくそうする。


企業にはそういうノリではなく、もっと能動的・積極的にIRをしてほしいです、IR業界の片隅で生きる者としては。


「そのIR」のための資料作りをしない理由: 3.言いたいことは何かしらあるんだけど、それが一体何なのか、十分に考え抜かれていない


難しいのは分かります。でもこれを考え抜くのがIRですよね。

IRは単に「なんか言う」ことではなく、「自分は何を言いたいのか、を考える」こと、それこそがIRです。それをちゃんとやってから外国人投資家と会う方がいい。あまり深く考えずにIR、特に海外IRを行うことは、かえって逆効果につながることもあります。



・資料を客観的に見ることが出来ていない


日頃見慣れている自社のIR資料を、その会社の社長やIR担当者が客観的に眺めることは不可能です。自社の話だし、自分で作ったIR資料だし。

だったら外部の人を巻き込めばいい。


例えば、IR資料の専門家を活用すればいい。それは証券会社のバンカーであり、IR支援会社であり、IR通訳者です。


僕も、ごく稀にですが「今度の海外IRについては、資料作りのところから入ってほしい」と言われることがあります。8年間で、片手で数えられるぐらいしかありませんが。そういうお仕事は、こちらとしてもなかなかマネタイズするのが難しく、割に合わないと言えば合わないんですが、喜んで引き受けています。多少なりとも自分が協力出来る点がある気がするので。


専門家もいいけど、もっといいのは、家帰って、奥さんに見てもらうこと。「これ、来週の海外IRで使う資料なんだけど、どうかな?」って。あるいは、他の業界の友だちに見てもらえばいい、飲んだついでとかに。


「部外者である妻や友人に何が分かる(笑)」と思うかもしれませんが、妻や友人が分からないようであれば、(部外者である)投資家にも伝わらない可能性があります。



以上、IR資料における


・ 表面的な問題点と、

・ その背後にある本質的な問題点、そして

・ その解決策


について考えてきました。


「伝わるIR資料」を考えることは、「我が社にとって”IR”とは何か」という、IRの定義や目的を考えることでもあります。「IRにおける「勝利」とは何か?」を考えることにつながります。


IRは、投資家との対話であり、投資家を説得することであり、自社の積極的な売り込みです。そのために必要な情報は盛り込み、不要な情報は捨てた方がいい。その方がメッセージがくっきりと浮き立ちます。


我々IR関係者にとって、大事な大事な道具であるIR資料をもっと大事にして、もっともっと良くして、「勝つIR」を目指しましょう。


by dantanno | 2016-10-27 17:23 | IR通訳 | Comments(0)

選ばれし者たちの、楽園

以前、「不動産」をテーマにしたIRツアーに同行し、通訳をしたことがあります。
数日間にわたり、外国人投資家のご一行と一緒に、都内の不動産デベロッパーやリートを訪問し、IRミーティングをしました。ミーティングだけでなく、不動産の見学もしました。ショッピングセンターとか、倉庫とか。その一環で、販売中のマンション・ギャラリーに行ったときの話です。

一般的にマンション・ギャラリーでは、入口で受付を済ませ、まず最初に物件の模型とか、位置関係を示す地図を見たりします。
で、シアタールームでプレゼンのビデオを観て、その後モデルルームを見学、といった流れが多いかと思います。
そのシアタールームで事(こと)は起きました。

ーーー

投資家たちにパナガイド(同時通訳機器)を付けてもらい、僕も一緒にシアタールームに入り、ビデオの音声を同時通訳することにしました。

プロの声優さんのかっこいい声で、マンションの説明/アピールが始まります。

話の細かい内容はもう忘れましたが、例えば

「24時間動き続ける国際都市、東京。
その、まさに中心となる、**区、**(街の名前)。
今、新たな時代が動き出す!!」

的なオープニング。
この「新たな時代が動き出す!!」を訳したところで、投資家たちから軽い笑いが起きました。

「JR線と、地下鉄2路線へのダイレクト・アクセス。
そして、銀座から*km圏の利便性。」

立地の説明の後は、マンションそのものの紹介に入ります。

「緑に溢れたプロムナードを抜けると、そこは光が降り注ぐエントランス・ホール。
共用部には、ゲスト・ルームや託児スペースを配置。」

そして、いよいよ締めです。

「ここは、都市の中のアーバン・リゾート。
選ばれし者たちの、楽園。
**アイランド・ヒルズ・クレセント・タワー(仮称)! → ジャーン♪」 (終了)

といった感じのビデオ音声でした。

ーーー

この「選ばれし者たちの、楽園」をどう訳そうか、悩みました。
ええい、もうそのまま訳しちゃえ、ということで、雰囲気を出すためにちょっと声優チックな声で

A paradise for the chosen ones.

みたいに訳しました。
もっといい訳もあるでしょうが、ここでは訳し方を話し合いたいわけではないので、論を進めます。

"A paradise 〜" を聞いた海外投資家たちが、狭いシアタールームの中で一同大笑い。

同席していた不動産会社の方々、そして証券会社の方々は当惑気味です。別に笑うところじゃないのに、って。

僕としても、その頃はすっかり仲良くなっていた投資家たちに対し、(あんたたち、マジメに聞きなさい(苦笑))的な気持ちでしたが、でも、彼らがおもしろがる気持ちも分かるんです。確かにややハイエンドな物件ではあったものの、まあ言ってみればフツーのマンションです。その売り文句が「選ばれし者たちの、楽園」だと、それをおもしろく感じるんですよね。

幸い、日本サイドの方々も(まあ、確かにちょっとおもしろいか・・・)と思ってくれたのか、その場は和やかに終わりました。

ーーー

このとき、通訳者の役割について、改めて考えました。
正解の無いテーマなので、あくまでも僕の勝手な考えですが、通訳者は、双方の間に入って言葉を置き換えているだけではなく、文化の架け橋でもある、と思っています。架け橋であるからには、「選ばれし者たちの、楽園」がマジメな売り文句であり、揺らぐ心のまま4度目のマンション・ギャラリー訪問中のパパの心の、最後の最後の一押しをその売り文句がすることもある、ということが分からないといけないし、一方で、その売り文句を聞いてゲラゲラ笑い転げる気っ風のいい外国人の気持ちも分かる必要がある。一緒になって笑い転げてはいけないし、「何がおかしいんだ!!」と腹を立ててもいけない。
だからこそ通訳は、他の仕事以上に「視野の広さ」、そして何よりも「心の広さ」が求められる、ステキな仕事だと思うんです。






by dantanno | 2016-02-29 23:37 | IR通訳 | Comments(0)

日本通訳フォーラム2015で、IPO/POの通訳について講演します

今月29日(土)、日本会議通訳者協会主催のイベント「日本通訳フォーラム2015」で講演します。

イベントの詳細はこちら

講演の内容は、最近自分が一番熱心に行っているIPO/POロードショー(ディール・ロードショー)における通訳についてです。



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通訳者になりたての頃、自分は非常に無力だと感じました。

ウデはまだこれからだし、実績は無いし、エージェントからは知られていないし、気に入ってくれているクライアント企業はこの世に1社も無い。
(オレはここにいるんだーーー)と、心の中で叫んでいました(笑)。
そして、どうすれば通訳者としてもっと「強く」なれるんだろう、、、と、そればかり考えていました。

僕にとって、その答えの一つがディール・ロードショーです。



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IRの形態を大別すると、

1. 海外投資家が日本に来て、日本企業を訪問する(企業訪問)
2. 日本企業が海外に行って、海外投資家を訪問する(「ロードショー」、あるいは「海外IR」)


があります。



2.の「ロードショー」は、さらに2つのタイプに分けられます。

例えば年2回、半期の決算が締まったら行くような定常的なロードショー、これをノン・ディール・ロードショー(NDR)と言います。
それに対し、企業が新たに上場する際(IPO)、あるいは公募増資をする際(PO)のロードショーのことをディール・ロードショーと言います。

NDRにおいても、もちろん関係者はみな一生懸命ですが、ディール・ロードショーにおいては、その真剣さはさらに一段上に行きます。

悲願の上場。
30年ぶりの巨額公募増資。

その企業の社長、そして全役職員にとって、また、幹事証券会社の方々にとって、なんとしても成功させないといけない案件です。



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通訳者はあくまでも脇役であり、それはディール・ロードショーにおいてもそうです。

でも、ディール・ロードショーで通訳者が果たす役割は非常に大きく、いい働きをすればとても大きな効果を生み出すことが出来るし、関係者からとても喜ばれます。
正直、通訳者がとてもよかった場合と全くダメだった場合とでは、ディールの成功度合い(ディマンドがどの程度積み上がるかとか、どの程度株価のディスカウントをおさえられるかとか)に影響があると思います。



「通訳は大事!」というのは、ディール・ロードショー以外のどの通訳案件にもあてはまる事実です。
でも、その事実を一番強く実感出来るのが、僕にとってはディール・ロードショーである、ということです。



ディール・ロードショーから帰国し、しばらく経ったある日の朝刊。
その会社が無事上場、あるいは増資出来たことを知ると、通訳者になりたての頃に感じていた無力感から解放され、自分が世の役に立っていると実感出来るんです。




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まだIR通訳をしたことが無い通訳者からすれば、「ディール・ロードショーなんて、自分とは無縁のこと」と思って当然だと思います。

でも、ベースとなる通訳力さえあれば、かなり短い期間でこうしたロードショー案件が出来るようになります。
そして、一番大事なのは、通訳の技量ではなく、企業や証券会社の方々と一緒にチームを組んで、「どうすればこのディールを成功させられるか?」を、知恵を振り絞って考える姿勢だと思います。

祭りが好きな人、すぐ熱くなる人、スポーツが好きな人、飽きっぽいところがある人、旅が好きな人におすすめです。

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8月29日(土)、よければぜひ遊びに来てください!
あなたもディール・ロードショーをやってみましょう。
by dantanno | 2015-08-13 11:06 | IR通訳 | Comments(4)

どの程度IRに力を入れるか

IR頑張る ファナック高値なぜ - Y!ニュース

日本企業がIRに力を入れてくれるのは、もちろんとてもうれしい。
IRISにとって追い風にもなるし。

でもその一方で、「ウチはIRなんかに力を入れない」という会社も実は好きです。
いいモノ・サービスを提供し、業績を上げ続ければ、株価はついてくるはず、と言っているような気がして。



僕が上場企業のトップになることは、少なくともこのミレニアム中は無さそうですが、仮に自分がそういう立場にあったとして、
(どこまでIRに力を入れるかなあ、、、)
と時々想像するのも楽しいです。

とりあえずやるのが当たり前だからやるのか、あるいはもっとちゃんとした理由に基づいてやるのか、あるいは断固、証券会社や投資家に何を言われようが「力を入れない」のか。

人生観を問われるような気がする。

by dantanno | 2015-03-18 02:39 | IR通訳 | Comments(0)

「戦略的IR通訳」をテーマに講演します(11月23日(土)@東京)

JAT(日本翻訳者協会)のイベントで。

テーマは「戦略的IR通訳」にしました。

(リンクはこちら



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IR通訳が大好きです。
一体全体、何がそんなに好きなのか、たまに真剣に考えることがあるほど。



考えた結果思ったのは、自分はIR通訳の戦略的な側面が大好きなんじゃないか、ということ。

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スピーカーの発言が終わり、訳を開始する前のほんの一瞬。その間に、
この訳、どうやって攻めようかなあ・・・
と考えることがあるんですが、この瞬間が至福なんだと思います。



自分の訳にはいろいろと問題点があると分かっていて、今それを克服すべく作業中なんですが、その一方で、多少なりとも付加価値もあると思っています。

その付加価値は、「戦略を考える」一瞬に凝縮されていると思っています。



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最近再開したばかりのゴルフ。
今はまだ、とにかくクラブを玉に当てることに精一杯ですが、ゴルフの真の楽しみはそんなところには無いはず。



うまい人は、ティー・グラウンドに立ったとき、きっと
(このホール、どうやって攻めようかなあ・・・)
と考えると思うんです。

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(1打目をあそこのバンカーの手前まで飛ばして、そこから2打目を狙うか・・・)
とか。

(右の池を越えたところでワンバウンドさせ、傾斜を使ってラフから出すか・・・)
とか。



そうやって戦略を考え、実行し、それがうまく行ったり、行かなかったり。。。
きっと、そういうのがやみつきになるんだと思うんです。

僕も、IR通訳で同じ想いを味わったから、分かる気がするんです。

とにかく訳出するのに必死な内は、本当の意味で通訳を楽しめないと思う。
少なくとも、僕はそうでした。



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通訳においても、ゴルフと同様、戦略を立てることは出来ると思います。

メモした内容を左上から順に訳していくのではなく、もっと大きな、戦略的な、付加価値のある、愛のある訳が可能だと思うし、日々それを目指しています。



一言で言ってしまえば、聞き手にとって分かりやすい訳ということになると思います。



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聞き手にとっての分かりやすさの追及は、ともすれば話し手の発言の歪曲につながります。

良かれと思って通訳者が加えた編集、交えた解釈が、訳の正確性を損ねたり、聞き手・話し手の不興をかこつこともあります。

それはなんとしても避けないといけない。



正確性をしっかりと維持した上で、訳を編集し、分かりやすくして、会議参加者に喜んでほしい。

それを実現するための、戦略的なIR通訳について論じます。



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IR通訳以外の通訳においても「正確さと分かりやすさのトレードオフ」は日常的に発生しているし、両者のバランスを保つための「戦略的な訳」は存在し得ます。

ただ、IR通訳においてはそうした戦略性がことさら重要になる気がします。

それは、IR通訳がロジックの応酬だから。



多くの通訳が「話し手 → 聞き手」の一方通行であるのに対し、
IR通訳はQ&A形式のため、話し手と聞き手がどんどん入れ替わります。

そして、QとAが噛み合ってこそIRミーティングは成功するわけで、
そのためには戦略的なIR通訳が必要。



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当日は、IRミーティングの短い版を会場で再現します。

その随所に、「訳そうとすると、正確性と分かりやすさのトレードオフに直面する」ような発言を埋め込んでおき、会場と一緒に戦略を考えていこうと思っています。



会場のみなさんにも、ぜひIR通訳を好きになっていただきたいです。

よければ遊びにいらしてください!
by dantanno | 2013-10-11 21:17 | IR通訳 | Comments(0)

女性の「M字カーブ」

「M字カーブ」って知ってる?

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女性の労働力率、労働参加率を年齢別に表したグラフです。



20代後半から30代、子供が産まれ、子育てをします。
その時期、多くの女性が仕事を離れる必要に迫られます。
結果的に、その時期の女性の労働参加率が低下します。



それを表すように、曲線の、ちょうどその時期の部分が落ち込み、曲線全体がアルファベットの「M」のような形になることから、「M字カーブ」と呼ばれています。



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先日、マクロ系の投資家ご一行を連れて、都内を回りました。



普通、IRでは主に「企業」を訪問します。
でも、今回の投資家のような「マクロ」の投資家たちは企業ではなく、

日銀、財務省、政治家、内閣府、経済産業省、大学(学者)、なんとか総研、・・・

といった先を回ります。



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余談ですが、、、
投資会社の中でもいろいろと役割分担がされていて、
ミクロ(個別企業)を見ている人たち(アナリスト、etc.)に対し、
マクロ運用を考える人たち(fund manager, portfolio manager)もいます。



マクロの人たちが全体の運用の戦略を考え、

例: 株に30%、債券に70%
例: 日本に50%、欧州に30%、米国株に20%
例: 自動車セクターに40%、半導体に60%


それに対してミクロの人たちが

「トヨタいいと思います!」
「この会社はリスキーだと思います」


とか、個別企業についてのリサーチ・提言をしています。



今年に入ってから増えているのが、マクロの投資家たちの日本訪問。
アベノミクスの影響でしょう。
みな、口々に"Is Abenomics for real? Is it really going to happen?"を連発し、それを探りに日本に来ています。



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前置きが長くなったけど、そうしたマクロ系の投資家たちと一緒に、政府系の訪問先を回っていたときのお話です。

M字カーブの話になりました。



M字カーブに関する一般的な議論は
「グラフから明らかなように、日本の女性は子育ての時期、仕事を離れざるを得ず、それが社会問題になっている。だからこそ、急いで保育所を整備し、待機児童を減らすことが必要。」

というもの。



それに対し、投資家たちは、、、

投資家 A "Do the Japanese people look at this as an economic issue, or a human rights issue?"
「日本では、この問題はどう位置付けられているのか。
経済的な問題としてか、あるいは人権問題としてか。」



投資家Aが続けます:

"There is an even bigger drop for the 50+ age group. If this problem is an economic issue, shouldn't Japan be focusing more on preventing the decline for these 50+ people, rather than the dip for 25-35?
After all, women aged 50+ are more experienced, they are a more valuable work force than the 25-35 age group."
「50才超の女性の労働参加率の方が、はるかに大きく落ち込んでいる。
仮にこの問題を「経済的な問題」として位置付けるのであれば、、、
経済的により大きな効果があるのは、25-35才の女性ではなく、50才超の女性たちの労働参加率の落ち込みを食い止めることではないか。
なぜそう思うかというと、若い女性よりも50才超の女性の方が実務経験があるし、「労働力としての価値」がより高いのではないか、と思うからなんだけど、どうか」


的な発言。



正否はともかく、このグラフを見て、みんなが注目し、議論している「M」のくぼみの部分ではなく、その先の、確かにより大きく落ち込んでいる部分に目が行くその発想の異端ぶりに感心しました。

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それに対し、今度は投資家Bが

"These are not exactly Board member women retiring.
If the main responsibility of these 50+ women is, forgive my simplification, serving tea, copying documents, etc., then their "value" is not that different, maybe lower than the women in the 25-35 age group."
「50才超で退職している女性たちは、必ずしも役員クラスとか、そういうことではない。
単純化しすぎかもしれないけど、仮にこの人たちの仕事の内容がお茶くみやコピー取りなのであれば、むしろ25-35才の女性の方が日本の労働力としての「価値」があるんじゃないのか。」


的なことを言いました。



すると今度は投資家Cが

"If all that these women are doing at age 50+ is serving tea and copying documents, that's precisely because they had to leave their jobs when they were 25-35.
So, the M curve is a big problem."
「仮のこの50才超の女性たちの仕事の内容がお茶くみ・コピー取りなのであれば、それはまさしく25-35才の時期に職を離れざるを得なかったから今そうなっているのであって、それを考えると、やはりM字カーブは大きな社会問題なんだ。」


と言いました。



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おもしろくない???



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僕は上記やり取りを聞いていて、2つのことに感心しました。



1. Argumentを楽しむ能力

この人たちは、上記のようなやり取り(Argument)を口げんかとしてではなく、建設的なディスカッションとして楽しむ能力を持っています。

自分と異なる主張を拒絶したり、自分の主張に反論があると「否定された」と傷ついたり怒ったりしてしまうのではなく、それを聞き、受け入れ、なによりも楽しみ、それに同調したり、違うと思う部分についてはさらに反論したり。
議論を「ゲーム」として楽しんでいます。

子供の頃、学校でそういう授業があるんでしょうか。
あるいは、子供のうちから家庭の中でいろんなことについて話し合い、フレンドリーに議論し合う習慣がついているんでしょうか。

すばらしいと思います。



2. Contrarianな投資家たち

投資家は、その職業自体がContrarian、つまり「世の逆を行く」ことを求められます。

みんなが
「これから株は上がる!」
と思って買いまくっているときに売ったり。

実際、"Contrarian"は投資の一スタイルを表す投資用語にもなっていて、IR会議でも度々出てきます。



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Contrarian = ただのひねくれ者、あまのじゃく
かというと、そうではないと思う。

じゃあ、なんなのか?



僕がこれまで同行させてもらった数々の投資家たちのことを思い浮かべ、考えてみると、、、



「本当にそうか?」



的なことのような気がします。



「アベノミクス万歳!」

「本当にそうか?」



「日本の半導体業界はもうダメだ!」

「本当にそうか?」



「M字カーブは***です。」

「本当にそうか?」




単にひねくれているのではなく、物事の本質を見極めようとしていると感じます。

そして、考えに考えた上で、自分なりの仮説を立て、その仮説を検証する、というのが投資のプロセスのような気がします。

「みんながこう言ってるから・・・」と、それと一緒に動くのではなく、
「みんながこう言ってるから・・・」と、あえてその逆を行くのでもなく、
みんながどう言ってるか、はあくまでも参考程度にとどめ、「自分はどう思うか」、言い換えると「何が正しいのか?」に、いい投資家ほどひたすら集中しています。



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上記「仮説を立てる」というプロセス。
超難しいけど、これが彼らの仕事の本質だと思う。
そして彼らは、その仮説を検証しに日本にやって来て、IRミーティングを行います。
その手助けをするのが、我々IR通訳者です。



---



IR通訳では、世界の一流の投資家たちに同行し、彼らのモノの考え方にダイレクトに接することが出来ます。
ミーティングをしながら、彼らが検証したがっている「仮説」を察知し、その検証が成功するよう、ミーティングを誘導します。
そして、投資家からの問いかけに対する、日本企業側の回答、反論、主張を、今度は投資家に伝えます。



IRミーティングを
「日本の良さを世界に伝える、建設的なArgument」
と考えると、もっともっとIR通訳をうまく出来るようになりたい!と思うし、日本の玄関である我々通訳者はみなその義務を負っている、という武者震いがしてきます。

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by dantanno | 2013-09-15 09:00 | IR通訳 | Comments(0)

戦わずして勝つ

注: 手前味噌自慢系ネタです。ご了承の上、お読みください。



今日。
予定されていた電話会議がキャンセルになりました。
投資家がつかまらなくて。



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通常、IRの電話会議は3者通話で行います。

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通訳者が証券会社のオフィスに行って、そこから海外投資家 → 日本企業の順に電話し、
みんなを同じ電話回線に乗せます。
3者、違う場所にいるわけです。



でも希に、
A. 通訳者が日本企業のオフィスに行って、そこから一緒に投資家に電話するパターン
および
B. 企業の方々が証券会社のオフィスにいらっしゃり、通訳者と一緒に投資家に電話するパターン
もあります。



今日は上記B.のパターンでした。




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本番前。
証券会社のオフィスで待っていると、企業のIR担当のお二人(男性+女性)がいらっしゃいました。



通訳者をしていると、ミーティングが始まる前に
(あ、今日はいけるな♪)
と感じるときがあります。

僕の場合、そう感じるかどうかはミーティング参加者の持つ雰囲気次第です。
今日は、まさに「いけるな♪」と思えるような、フレンドリーかつ真摯な感じのお二人でした。



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会議開始の時間になり、投資家に電話します。

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♪ プップップップ・・・
"Hi, you've reached ****.
Please leave a message after the beep."


留守電です。

結局、その後何度かけても留守電で、
証券会社の方々も手分けして投資家をつかまえようとしてくれましたが、ダメでした。



開始予定時刻を30分ほど過ぎたとき、タオルが投げ込まれます。
証券会社の方々が恐縮しながら部屋にいらして、どうしても投資家がつかまらないため、申し訳ないがリスケ、の旨が伝えられます。



それに対し、企業側のお二人は全く不満を見せず、
「いえいえ、構いません。
丹埜さんからいろいろおもしろいお話を聞けたので。」

などとおっしゃる。



当然、僕ごときが何か有用な話を出来るわけはなく、単に電話がつながらない間の時間しのぎ
多くの投資家が「仮説の検証」のためにIRミーティングをしているように思える
こととか、
投資家がIRに求めるものは、情報収集だったり、議論をふっかけることだったり、あるいは単に世間話をすることだったりしますよね、
とか、
一IR通訳者としての日々の雑感を口にしただけでした。

あと、なぜIRISを設立したのか、日本のIRおよびIR通訳に対する想いや、
どんなステキな仲間と一緒にIRISをやっているのか、も話しました。

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証券会社の会議室を出る際、企業の方がニコニコしながら
「次も通訳は丹埜さんでお願いします(笑)。」
とおっしゃってくださいました。

今日は通訳してないんですけどね(笑)。



もちろんほぼ社交辞令でおっしゃってくださったわけですが、
恐縮しきっている証券会社(=IRISのクライアント)としては、場が和やかに収まることがとてもうれしいし、
例え冗談半分であっても、目の前で「通訳者が指名される」のを目の当たりにし、我々通訳者に対する見方も少し改善すると思います。



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今日みたいに通訳案件がキャンセルになると、悶々としたモノが残ります。



例えば一日5件も通訳が入っていて、最後の1件が
急遽キャンセル
になったり、
企業側が英語ペラペラなので通訳しなくていいことが判明した
とかいうことになると、顔は残念そうにしながら
心の中でガッツポーズ
をするわけですが、
今日みたいに「1件だけ」の仕事、しかもなんだかうまく行きそうな予感があっただけに、
このやり場のないエネルギーを一体どこに向ければいいんでしょうか。



サウナでも行ってこようかな。。。

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by dantanno | 2013-04-04 17:35 | IR通訳 | Comments(0)