恥ずかしながら、ホームレスは自己責任だと思っていました。本人の努力不足だと思っていました。
20代の頃です。つまり、私は大人になってもまだそんな考え方をしていました。
「仕事はいくらでもあるはず。働こうと思えば働ける。お金を稼げるはず。だからそうしないのは自己責任だ」と。
その後、自分自身の人生でも仕事をクビになるなどいろいろあり、無職+無一文(っていうか借金していたのでマイナス)の時期を経験しました。それでも両親がいたし、自身も健康だったし、当時大変に感じはしましたが実は全然恵まれていたし、乗り切れました。でもあの時、もし不幸がもう1つ2つ3つ重なっていたらどうなっていたか分かりません。親が亡くなったり、僕の体が不自由になったり、うつ病になっていたら?人は意外と簡単に「あちら側」つまりホームレス側の世界に行くものなのかな、、、と当時ちょっと怖く感じたのを覚えています。
そうした経験を経て、「ホームレスは自己責任だ、本人が悪いんだ」とは思わなくなりました。
そう考えていた昔の自分を恥じるとともに、でも昔の自分がそう考えていたのは必ずしも自分が「冷たい人」だからでもないと感じました。
「自己責任」ということで片付けないと耐えられないんです、自分が暖かく過ごしている冬の寒い夜、ダンボールに身をこごめて過ごしている人がいる、という現実が。だからそれを「自己責任、本人が悪い」ということで処理しておかないと心が休まらなかったんです。
ホームレス自己責任説を唱える人は、的外れの冷酷者でもありますが、意外といい人でもあるんです。
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私は今、ホームレスではありません。
これを読んでくれているあなたも多分ホームレスではないでしょう。
では、あなたは今、なぜホームレスではないのか。
言い換えると、なぜあなたは今のあなたでいられるのか。あなたが今のあなたになったその要因・背景・経緯は何か?
1.生まれつき(生まれ持ったカラダ、脳、性格)
2.生い立ち(生まれ育った国、親、学校)
3.あなた自身の努力
さて、これらの内、運・ラッキーではなく、誰か人様のおかげでもなく、純粋に「自分のおかげ」と言い切れるものはどれか?実は意外と少ないことに気付く。
1.は文字通り生まれつき。カラダや脳や人格は授かり物です。
2.の生い立ちもたまたまです。父・母に大事に慈しまれて育つ人もいれば両親がどちらもいない中で育つ人もいます。日本でいい学校に行くのとガザで学校が爆破されるのとではその後の人生が大きく違ってきます。
じゃあ3.の「本人の努力」は?これは文字通り自分の努力、自分のおかげじゃないの?
そうかもしれません。でも、努力が出来る性格・性質に生まれたのはたまたまですよね。
飲み屋で成功者が「オレは努力したんだ!だから成功出来たんだ!!」と叫ぶのを見て(*そんな人いないけど)、僕は(努力出来る人間に生まれてよかったですね・・・)と思うんです。
また、そんな努力家であっても、カラダが不自由になったら?うつ病になったら?それほど努力出来なかったかもしれませんよね。
そうそう、こういう「努力」とか「健康」みたいな話になるとよく思うことがあって、それは自分の基準を人に押しつけてはいけない、ということなんですよね。
生まれつき努力出来る人間に生まれた人は自然に努力出来るのであって、そういう人が、その人の目から見て「努力していない」人に対し「努力していないじゃないか!」とか「だからどうなろうと自己責任だ」とやるのはダメなんです。
「健康管理が大事」と言っているのはえてして生まれつき健康な人。自分の基準で言ってるだけなんです。
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豪邸に住む社長が「自分のおかげ」というわけではないし、
寒空の下ダンボールにくるまるホームレスが「本人のせい」でもないんです。
どっちもたまたま。
あなたの幸せは数々の偶然の結果であり、何かひとつズレていたらどうなっていたか分からない。
そう、実はホームレスはあなたかもしれないのです。