通訳が上手なことよりもはるかに大事なのは「通訳が上手そうに聴こえる」こと。
上手なのに、、つまり話された情報をちゃんと拾って訳出(やくしゅつ)しているのに、あまり上手そうに聴こえないという、もったいないケース散見。一方で、よくよく聴いていると実は結構雑だったり不正確だったりするのだが、会場にはなんだか上手に聴こえ、それが評判につながっている通訳者もいる。ずるいw
ポイントの一つが「自然な通訳」かどうか。その背後に人間を感じる、人間らしい通訳になっているかどうか。まるで話し手本人がフツーに異言語でしゃべっているのを聴いているかのような訳かどうか。
そういう訳は遠回り。通訳者が一度話し手の言葉を全部受け止め、「自分のこと」として「説明」する必要がある。ときには意図的に内容を落としたり、編集したり、要約したり、補足したり。ストーリーを立体的に浮き立たせるために抑揚をつけることも重要だ。いずれも「ちゃんと正確に訳す」ことだけを心掛けていては発生しえない追加作業だ。それをやる必要がある。
なによりも大事なのは「自然な、人間らしい訳を目指すこと」。そもそもそれを志向していなければそういう訳は絶対出てこない。能力よりも姿勢の問題なのだ