通訳においてとても重要な作業がメモ取りです。話し手の言ったことをメモに残し、その後 いざ通訳する段でそれを活用します。
同時通訳するときはあまりメモを取りませんが、逐次通訳の場合はメモ取りが訳の成否のカギを握ると言っても過言ではないでしょう。
ときどき、プロの通訳者ではない方(以下「ノンプロ」)が「キミ、英語出来るだろ?」みたいな感じで駆り出され、会議等の通訳をしていることがあります。その際、メモの取り方がプロ通訳者と大きく異なります。ノンプロの人はそもそもメモを取らないか、取るにしてもあまり取らないことが多い。一方プロの、すなわち本職の通訳者は一生懸命メモを取っています。
メモ取りは、単に話を記録・記憶しておくために取るのではありません。それも大事なんですが、メモ取りのもう一つの目的は話を理解する一助とすることなんです。耳から話を聞いただけでは分かりにくくても、それをメモに落とし込むことで(なるほど、そういうことを言いたいのか)と視界が開けることもあるんです。
通訳学校では、メモを縦に取れ、と教わります。
通常の、罫線の入ったノートの例えば真ん中に縦線を上から下まで引き、ページを左右に分ける。そして、左の一番上から下方向にメモを取っていく。一番下まで行ったら今度はページの右側に移り、また上から下までメモを取っていく、というスタイルです。
私もそう教わったので最初はそうしていたんですが、通訳にとってこれほど大事なメモ取りのこと、他の取り方も試してみない手はないということで「縦に取る」以外のありとあらゆる手法を試してきました。
・横に取る、斜めに取る、四角く取る
・メモを多く取る、あるいは(言葉を記号化することで)なるべく少なく取る
・話者が使用した言語でメモる VS これから訳す先の言語でメモる、あるいはそのミックス
・1色で取る VS 複数の色のペンで取る
・贅沢に、1発言あたり紙1枚を使って取る VS たったA4一枚だけで1時間の会議を全部逐次通訳してみる
などなど
今回のメインテーマではないんですが、複数の色でメモを取ることは非常に有効な手法です。私は最初三色ボールペンみたいなのを使っていたんですが、いちいち色を切り換える際の
1.タイムロス
2.カチャカチャいう音が会場に迷惑
なことから何か代替案は無いかと文房具店巡りを当時続けていて、銀座の小さな小屋みたいな文房具屋で見つけたのが二コペンでした。
二コペンがいいのは、通訳の本番中、ペンをくるっと回転させるだけで素早くかつ無音で色を切り換えられること。
なぜ通訳のメモ取り時に2色・3色あると便利なのかという点については、多少なりとも意欲のある通訳者であれば既に考え検証済みか、あるいはこれから自分で試してみるでしょうから、ここでは割愛します。
もう一つの発見は、結構しょうもないことで恐縮ですが、罫線の無い無地の紙を使うということでした。
罫線ありの紙を使う場合でも、我々通訳者がその罫線を活かしてメモ取りをすることはまれというかほぼ無く、多くの場合、罫線を何本もまたぐ形で大きな字や記号でメモを取っています。ほんの少しでも脳の集中を削がれたくなかった私は、通訳メモの背景に潜むこの罫線というノイズが気になるようになり、それ以来無地の、普通のコピー用紙を使っています。安いしどこでも(出張先でも)簡単に手に入る、というメリットもあります。
ーーー
さて、理想のメモ取りを巡る行脚において、2色取りや無地の紙をはるかに上回る成果だったのが、メモを四角く取るという発見でした。縦ではなく四角です。
そしてこれは我々プロの通訳者はもちろん、あらゆる人がコミュニケーションにおいて活用出来る技法だと思うので、当ブログ記事で紹介します。
四角取りに慣れてくると、人の発言を聞きながら頭の中で(そう、紙上では無く脳内で)四角いメモを構築出来るようになり、相手の話が整理・理解しやすくなります。
それではまず、以下の動画の、冒頭の安倍元首相の最初の一言(約40秒)を聴いてみてください。
「衆議院を、解散いたしました」までです。
出来れば、通訳者の方も通訳でない方も、これを聴きながら、それをこの後自分が英訳するというテイで、メモを取ってみてください。わずか40秒ですので。
(毎日新聞より)
文字おこしすると
「今、日本は、北朝鮮の脅威、そしてまた、少子化という、大きな課題に直面をしております。この2つの国難を、国民の皆様の、お力と、ご理解を得て、乗りきっていかなければならない。皆様の支持を得て、乗りきっていかなければならない。この考えで本日、衆議院を解散いたしました」
というお話です。
これを四角くメモ取りすると、例えばこうなります:
通訳する際の私のメモ取りのスタイルは「全部取る」です。
話し手が言ったことをなるべくすべて取ります。すべて取れていないとしたら、それは意図的・戦略的ではなく、単に取れなかったからです。
通訳者が学校で「メモを縦に取れ」と同じぐらいマントラ的に習うことが「通訳のメモは速記ではない」というもの。「だから全部取ろうとするな」と。
速記ではないと言われると(実は速記なんじゃないか・・・)と疑ってかかる、そんなひねくれ者の自分は速記にも興味を持ち、ちょっと調べてみたりしました。そういう意味では、私のメモはやや速記に近い面もあるかもしれない。とにかくなるべく多くメモを取り、情報を残したい。
ちなみにメモを取ったからといって、それをすべて訳に含める、すべて訳に活かす、というワケでは全くありません。バサッと編集するし、時にはメモった(すなわち話された)内容を意図的に落とすこともあります。でも、調理する前に、素材はすべて手元に置いておきたいんです。その上で取捨選択・編集したいんです。
<通訳者直伝: メモ取りのテクニック>
四角く取る、という今日の本題に入る前に、いくつか小技を紹介します。通訳だけでなく日常のコミュニケーションにおいても役立つと思います。
1.箇条書きポイントは超便利なので、絶対に見逃さない
安倍さんの話を振り返ってみましょう。
「今、日本は、北朝鮮の脅威、そしてまた、少子化という、大きな課題に直面をしております。この2つの国難を、国民の皆様の、お力と、ご理解を得て、乗りきっていかなければならない。皆様の支持を得て、乗りきっていかなければならない。この考えで本日、衆議院を解散いたしました」
聴いてみていただけると分かりますが、「北朝鮮の脅威」と言ったあと、結構大きめの間が空きます。ここが箇条書きポイントです。この後何か来るぞ。「北朝鮮の脅威」と並ぶ何かがもう一つ、あるいはもう2つ3つ来そうだぞ、と身構えるんです。この予感は、その後の「そしてまた」を聴いた時点で確信に変わります。で、実際「少子化」という2つ目のキーワードが出てくるわけです。
・北朝鮮の脅威
・少子化
ただボーッと聴いている状態で流れてくる「少子化」と比べ、(この後2つ目のキーワード来るぞ、なんだ?何が来るんだ??)と待ち構えていたときにやってくる「少子化」は、当方の受け止め方、理解の深さ、刺さり方が全く異なるんです。深いんです。
箇条書きを感じ取ったら、下準備を開始します。
安倍さんが「北朝鮮の脅威」と言ったあと、ちょっと間を開けた時点で、メモに箇条書きのポツ(「・」)を2つ3つ書いちゃうんです。先回りして備えるんです。
ちなみになぜ通訳学校の先生は「メモ取りは速記ではない」と繰り返し教えるかというと、駆け出しの通訳者が話された内容を全部メモろうとするとメモが追いつかず、話を聴けなくなり自爆するからです。それを防ぐために親切心で「速記ではない(だから、話された内容を全部取ろうとしなくていいんだよ)」と教えてあげているわけです。
でも、実はメモは「全部取りに行って」もいいんです、速ければ。もし取れるなら、そっちの方がいいんです。
「メモを全部取ろうとすること」が悪いのではないんです。悪いのは「メモ取りが遅いこと」なんです。
で、なぜ遅いかというと、
1.まだ記号化に慣れていない → 記号化を練習すればいい
2.ロジックの整理が苦手 → これも慣れ・訓練
3.下準備をしていない
↑これです。
今回の安倍さんの話で言えば、「北朝鮮の脅威」を聴きながら、その言い方から(あ、これは箇条書きっぽいぞ・・・)と判断する。で、「北朝鮮の脅威」の後の間(ま)のとき、ボーッと待っているのではなく「・」を2つ・3つ書いて備えるんです。そうやって空き時間に下準備をすることでもメモ取りは速くなり、話された内容をすべて記録出来るようになります。
今回題材にしている安倍さんのフレーズでは、「北朝鮮の脅威 と 少子化」以外にも箇条書きポイントがありますが、気付きました?
そう、国民の皆様の
・お力
・ご理解
です。しかもそこに後から
・支持
も追加されています。計3つの箇条書きです。
これ→、すごく大事なポイントなんですが、もしメモ取りにおいて箇条書きを活用していなければ、後から発言された「皆様の支持を得て、乗りきっていかなければならない。」という部分を丸ごと一つの、つまり別フレーズとして処理・理解・記録・記憶する必要が生じてしまいます。とても大変です。ここでタイムロスが生じるんです。
でも、箇条書きで待ち構えていたからこそ
と、後からひとこと「支持」を追記するだけでうまく整理が出来るんです。こういうのも箇条書きメモのメリットです。
ちなみに「yo」は「必要」を指す私の略語です。da pumpとかmcatとかHammer timeとかではありません。
2.箇条書きはすなわち概念
話し手が何かを箇条書きで列挙した場合、それは必ず何かの概念を表します。そして、概念はメッセージの骨格を成します。だからこそ、箇条書きポイントを見つけ出し、それをしっかりメモに反映させることはとても大事なんです。
「今日はラーメンか、あるいはとんかつが食べたいな」
と言った場合、ラーメンととんかつが箇条書きなわけですが、それはどういう概念を表すかというと「今日食べたいもの」です。そのグループなんです。
じゃあ、安倍さんの「北朝鮮の脅威 と 少子化」はどうでしょうか。
これは「大きな課題」そして「国難」という概念を表しています。安倍さん自らが「こういう概念だよ」と答えをその後の発言の中で言ってくれているわけですが、それらフレーズが安倍さんの口から発せられたとき、ボーッと聴いているのではなく(ああ、これはさっきの箇条書きがなんの概念かを教えてくれてるんだな・・・)と思いながら聴けばだいぶ整理と理解が進むんです。
余談ですが、上段右側の「中」というのは「現在進行中」という意味を表す私の略語です。
過去の話 「大きな課題だった」
現在進行中 「大きな課題である」
未来の話 「大きな課題になるだろう」
この過去、現在、未来を何らかの形で記号化し、メモに落とすことで、その後の正確な再現が可能になります。この辺のニュアンスも含めて「速記」しておきたいものです。
3.概念のグルーピング
上記メモでは「グルーピング」とでも呼ぶべきテクニックを活用しています。項目を集めて概念を作ったり、あるいは概念を集めて大グループを作ったりすることを指します。
赤い箱と、右側の大きな青いカッコとじみたいなやつがそうです。
安倍さんが最後に「この考えで本日、衆議院を解散いたしました」と言いますが、「この考え」とはどの考えか。どこからどこまでを言っているのか。こういうのは解釈の余地ありなので正解はありませんが、私はそれまでの話全部が「この考え」に相当するな、と思ったからこういう記号で全体をグルーピングしています。
メモを四角く取ると、こうしたグルーピングが非常にしやすい、というメリットもあるんです。
そしていざ英語に訳す際、たとえば「衆院を解散しました。そこに至る考えは○○です」という、英語風に大胆に編集した(でも完全に正確な)訳が可能になるんです。
4.矢印(→↑↓←)の重要性
これはどんなに強調しても強調しすぎることはないぐらい重要です。だったら4番目ではなく1番目に言えばいいんですが、なぜそうしないんでしょう。
話の因果関係を→で示すと便利です。今回のケースでは→を3つ使っています。
・AだからB
・AによってB
・なんでBかというとA
etc. etc.
いずれも矢印を活用する大チャンスです。
話し手が「○○なので□□」と言ったら、即→です。因果関係なので。
「→」はいいですよね。サッとすぐに書けちゃうのが便利です。そして何よりもいいのが4方向に加え、斜めにも、そして大きな弧を描いてグルッと書くことも出来るので、話の整理ひいては思考の整理において大活躍するツールなんです、矢印は。
増えた↑ことや減った↓ことや継続中→であること、話の順番(X → Y)とかも全部「→」。
どんな発言でもいいから、それを聴き、メモを取ってみてください。その際、矢印を入れられる場所・タイミングを探ってみてください → どんどん上手にかつ楽しくなりますし、話の因果関係がとてもクリアに見えてくるようになります。自分が物事を説明する際も役立ちます。→を適切に活用したメモにおいては、話に流れが生まれ、立体的に活きてくるんです。
4.四角く取る
他にもいくらでもメモ取りのポイントはあるんですが、そろそろ本題に入ります。
今回の安倍さんの話を、まずは縦にメモると例えばこうなります。
「今、日本は、北朝鮮の脅威、そしてまた、少子化という、大きな課題に直面をしております。この2つの国難を、国民の皆様の、お力と、ご理解を得て、乗りきっていかなければならない。皆様の支持を得て、乗りきっていかなければならない。この考えで本日、衆議院を解散いたしました」
↓
パッと見てすぐにお気づきかと思うんですが、話が分かりにくいんです。
縦書きのデメリットは(幾分重複もありますが):
・俯瞰しにくい: 目を上から下にスクロールしないと全体が見えない。下を見ているとき、上が見えないし、逆も然り。
・ロジックの流れが見えにくい
そして
・概念のグルーピングが非常にしにくい: 最後の「この考え」が何を指すのか、どの考えなのか、をメモで示すことが非常に難しい。
それに対し、メモを四角く取るとこうなります:
断言しますが、話の性質がどうであれ構いません。どんな話であっても四角く取った方が分かりやすくなります。
その最たる例が、例えば以下のような発言です:
「我が社の業績についてご説明します。
昨年の売上高は100億円、それに対し費用が80億円で、利益は20億円でした。
その後、顧客基盤の拡大、そしてコスト・コントロールに取り組み、今期は売上を1割伸ばして110億円、一方コストについては微減の75億円とし、収益性を大きく改善させることに成功しました」
という、ありそうで無さそうな発言をメモってみましょう。
縦に取ると:
us 業績
LY、S 100
C 80
Pr 20
Cl base ↑、Cost ctrl↓
↓
KY、S +10% → 110
C、びげん 75
↓
Pr% 大↑
話された情報は一応すべて記録され、しかも記号化という形で省略され、→で因果関係もある程度分かります。
一方、四角く取るとこうです:
訳す際は、この表を「説明」するだけです。
社長が「昨年は〜」と言った時点で表を作っちゃうんです。
だって、過去の話が出たということは、この後、かなり高い確率で現在、あるいは未来との対比が来るから。
IRをはじめとするビジネスの話は、対比だらけです。しかも、昨年 VS 今年だけではありません:
「我々の競合他社はこうです。一方、我々はこうです」
「これまではこうでした。それに対し、これからはこうです」
「Forecastはこうだった。それに対し、Actualはこう」
全部対比。
箇条書き同様、「対比来るぞ・・・」と感じたらもう対比表を作っちゃうんです、社長が「あー」とか「えー」とか言っている数秒間に。
「表を作るなんて大変」??いやいや、逆です。表を作っちゃえば、あとはそれを埋めていくだけです。なんなら、社長が言っていない「今年の利益は35億円」という情報まで準備出来てしまいます。
例えば「売上」というフレーズ、社長は2回言っていて、縦書きメモだと「売上」を2回メモっていますが、通訳者が「売上」をメモる回数は1回でいいんです。そうやって浮いた時間で(どう訳すのがベストか・・・)という高付加価値なことを考えればいいんです。
以上、通訳者にとって重要なメモ取りについて、四角く取るという技法を見てきました。他にもいくらでもやり方・コツはあるし、まとめると一冊の本になりそうです。*出版関係の方、ご連絡お待ちしています(笑)。
これはぜひ通訳者以外の方も活かしてみてください。
訓練し、慣れれば、話を聴き理解する際はもちろん、自身が発言する際もこうした四角いメモをまず頭の中で構築し、あとはそれを説明するだけになるのでラクかつ分かりやすく話が出来るようになります。おすすめです!!