IRの「Three Pigs(3匹の子ぶた): 言葉と財務の境界線
2022年 12月 25日
私はIRを専門とする通訳者です。自身、通訳者として活動すると共に、小さな通訳エージェントをやっています。
辞書B: 「利益、賃金、給料、給与、報酬、収益、ペイ、利潤、給金」
第3合目:Cost と Expense(s) (難易度 ★★☆☆☆)
もう3合目です。
Cost と Expense(s)
この2つは同義だと思ってOKです。だったらわざわざ分けなくていいじゃんという話ですが、とにかく同義。
Costの和訳は「コスト」あるいは「費用」。
Expense(s)の訳は「費用」。Expense(s)をあえて「コスト」と和訳するのはなんだか違和感がありますよね。定食屋さんで「ご飯おかわりください」とお願いしたらおばちゃんに「はい、ライスね」と訳されるのと同じ違和感。違うか。
単数・複数問題!
賢明な読者はもうお気づきでしょうが、ExpenseっていうのはExpenseと単数だったり、Expensesと複数形だったりするんですね。
それで行くと、Three PigsではExpense以外にも
Sale? Sales?
Revenue? Revenues?
Profit? Profits?
番外編 Asset? Assets?
など、いろいろと気になってきます。ですので、その辺についてもこの際しっかり確認しておき、みなさんが二度と迷わないようにしておきましょう。
Three Pigsそれぞれの単数・複数について、肝心のIRでよく使う方がどちらなのか、そしてそれぞれについて一言書きますね:
Sales ”Sale”っていうと文字通り「セール」つまり値引き販売、あるいは「売却」、あるいは単一の売上取引を指します。IRでは”Sale”は使いません。「売上」は必ずSalesです。
Revenue/revenues Revenueについては、正直、単数でも複数でもどっちでもOKです。Operating revenue、Operating revenues。うん、別にどっちでもいいです
Earnings これはなぜかEarningって言わないんですね、不思議。sを取ると動詞(Earning = Earnしてる = 稼いでる)みたいになっちゃうからでしょうか。
Expenses 費用については、Salesすなわち売上同様、Expenseと単数にすると「単一の費用項目」つまり「ある1件の支出」というイメージがあります。IRではExpensesです。
Cost/costs コストについてはまあどっちも使いますかね。どっちもOK
Profit/profits Profitは結構Revenueと近く、まあ単数・複数どっちでもいいです。でも単数ですかね。Operating profit VS Operating profits。うん、単数ですね。
Income これはなぜかIncomesって言わないんですね、不思議
Gain/gains どっちでもOK。Gainだと「1件の」つまり「ある取引からの益」的なニュアンスもありますが、一方で「キャピタル・ゲイン」みたいにジェネラルなことを言う際も単数を使ったりするので、単数・複数どっちでもOKです。
おまけ:Asset/assets 単一の資産を指すのであればAsset、「総資産」みたいなことを言いたいならAssets(複数)です。
話をまとめると:
SalesとIncome(とProfit)は単数オンリー
EarningsとExpensesは複数オンリー
あとは全部単数・複数と両方使います。
余談、っていうか訳者のぼやきなんですけど、
例えば「売上」とか「総資産」といった日本語を英訳する際、売上 → Sales、総資産 → Total assetsと訳したとしましょう。複数形です。となると、それに続く語も
Sales were 1 trillion yen
Total assets are 1 trillion yen
つまりwere/areと複数形にしないといけないのかな、とも思うんですが、"Sales were"ってどうしても違和感あるんですよね。だから僕は単数形で訳しています。”Last year's sales was 1 trillion yen"って。Salesにsが付いてるから一応複数のはずなんだけど、でも「昨年の売上」(あるいは「総資産」)という一つのものとして扱う感じです。以前、翻訳の案件でそうやって単数形で訳し、クライアントから複数形に直されたこともありますが、僕はやっぱり単数の方が好きです。
ちなみにその点日本語はラクですね、売上はあくまでも売上であり、「売上s」ではないので。単数・複数の惑いが無いところがいいですね、日本語は。
第4合目:Revenue (難易度 ★★★☆☆)
第5合目:収益 (難易度 ★★★★☆)
次は英語ではなく、日本語🇯🇵の「収益」について。
「収益」も、なんだか分かるような分からないような用語ですよね。
もしおヒマだったら、辞書を2つ3つ引いてみてください。「収益」という語の意味について、辞書サイドがいかに混乱しているかが如実に分かりますから。
実は、収益についてはRevenue同様、広義と狭義があります。
ポイント:「収益」にも広義と狭義がある
そして、収益もRevenue同様、頭に「営業」すなわち”Operating"を付けることでだいぶ分かりやすくなります。
(おさらい)
Revenue(広義): 収益・収入・稼ぎ
Revenue(狭義): 売上。狭義で使いたいときはOperating revenueともいう。その場合の和訳は「営業収益」
(New)
収益(広義): 稼ぎ。この場合は売上とか利益とかを特定せず、全部ひっくるめた広い概念。社長が「収益をどんどん伸ばすぞ!」と言った場合はこっちの広義の意味で言っています。
収益(狭義): 売上。狭義で使いたいときは「営業収益」ともいう。その場合の英訳は”Operating revenue"
上記の通り、Revenueと収益はほぼ鏡張りになっており、似ているんです。
ポイント:Revenue ←→ 収益
ちなみに、Revenue/収益の広義・狭義は、事業からの収入かどうかという切り口でも整理できますね。
1.とにかくあらゆる収入をカバーしたければ広義のRevenue、広義の収益を使う。あるいは、「稼ぐ力」みたいな大きな話をしたい場合も広義の方を使う。
2.一方、そうではなくて「事業からの収入」だけをカバーしたければ狭義のRevenue/収益、つまりOperating revenue/営業収益を使う、という整理の仕方も出来ます。
そして、「稼ぎ・業績」を意味する広義のRevenue/収益を表現する時に便利な表現が、この次に登場するEarningsなんです。でもそれはまだ先の話。ここでは以下の2ポイントだけ押さえてください:
ポイント:「収益」は”Revenue"同様、広義と狭義の意味がある
ポイント:「収益」を狭義で使いたい場合は「営業」をつけ「営業収益」とするといい。意味は「売上」であり、その訳はOperating revenue
「収益」は「利益」ではない。でも「収益性」は「利益」の話である、というややこしさ
「収益」という語がややこしいのは「利益」を連想させる「益」という字が入っちゃってるから、っていうのもありますよね。実際には上述の通り、収益は「売上」系の話であり「利益」のことを言ってるのではないんです。
でもですね、話をさらにややこしくさせるのが「収益性」という表現。これは売上ではなく「利益」に関する話なんですよ。
収益性というのは、要するに「利益率」のことです。マージンとも言います。
利益率は、「利益 ÷ 売上」で計算されます。売上に比し利益がどれぐらい効率的に出ているかを表す利益系の指標です。英語だとProfitabilityです。
ポイント:「収益」は利益ではなく売上系の話。
だが、ややこしいことに「収益性」だけは利益率のことを指す利益系の表現。英語はProfitability
第6合目:Earnings (難易度 ★★★★★)
EarningsはThree Pigsの中でも広範な意味を持つ、だからこそ茫洋とした語だと思います。ご自身で気付いているかどうかは別として、このEarningsに悩まされている人は多いはずです。
Earningsにはいろんな意味がありますが、ここはもう、「業績」と覚えてしまいましょう。Earningsは「業績」です。
ーーー
通訳は漁に似たところがあります。網を広げて、そして狭めるんです。
相手の発言を受け止める際は、網を広げるだけ広げます。こういう意味かもしれない、ああいう意味かもしれない。いや、もしかしたら何か別の解釈があるかもしれない。何か見落としは無いか。
網を広げきったところで、今度はそれを狭めます。っていうのは、いつまでも「意味がああかもしれないこうかもしれない」と言っていては訳せないからです。いろんな候補をリストアップした上で、一気に(特に同時通訳をしている際は瞬間的に、ときには相手が発言するもうその前から)網を狭め、「きっとこうに違いない」と決めつけていき、訳を決定します。
いろんな考え方があるよね〜、あ、そういう発想もステキね、という優しい母親の心から、
絶対にこうだ、これしかない!と断定する父親に移行するような感じです。いい訳のためには両方必要なんです。
「Earnings=業績」と↑で断定しましたが、ご推察の通り、ことはそう単純ではありません。
では、Earningsの「業績」以外の意味としてはどういうものがあるのか。
「利益」です。利益という意味で使われることがあるんです。
あと、売上を含む「収益」と広義に使われていることもあります。
そうやって網を広げていくとキリがなくなるので、ここはもうズバリ、Earnings = 業績でいいです。たまーに「利益」を意味することもある、ぐらいに覚えておけばいいです。
ポイント:Earnings = 業績。ときどき利益。ときどき収益
概念の広さという観点から順に並べてみると、
Earnings(業績) > Revenue(収益。狭義であれば営業収益=売上) > Sales(売上)
です。
Earningsを他のThree Pigs用語と対比するとこうです:
Earningsだけ、ちょっと違う位置付けにあるのがお分かりいただけると思います。この、P/L(損益計算書)を表す逆三角形全体をひっくるめてEarningsなんです。
Earningsは便利
その曖昧さ故にときに意味が分かりにくいEarningsですが、
その曖昧さ故に、こっちがそれを発信する際は絶大な威力を発揮します。便利なんですよ。
つまりですね、ある会社の話をしていて、自分が売上のことを言いたいのか利益のことを言いたいのか分からないとき、つまり結構広めに「業績」と言いたいとき、そういうシーンではバンバンEarningsを使っちゃいましょう。IR通訳者である僕はいつもそうしています。大抵の危機はこれで乗り切れます。
ちなみに「業績」と言いたいときにEarningsと同じく便利なのがPerformanceです。こちらはより具体的な数字から離れた概念的な表現でしょうか。
以上、Earningsでした。
Sales
第7合目:Profit (難易度 ★★☆☆☆)
難易度が一気に下がって★★。もう後は山を下るだけです。
Profitは「利益」です。
Sales - Cost = ProfitのProfitです。
いろいろな利益
Profitにはいろいろとあって、P/Lの上から下へ順に:
Gross profit 粗利益、売上総利益
Operating profit 営業利益
Ordinary/recurring profit 経常利益
Pre-tax profit 税引前利益(PTI: Pre-tax incomeとも言う)
Net profit 当期純利益、純利益
(中にはProfit attributable to owners of parentみたいなマニアックなのもあります。翻訳では頻出しますがIRミーティングでは出ないし、気にしなくていいです。)
尚、各利益項目について「収益性」すなわちそれを売上で割って計算する利益率、Profitabilityを算出することもあります。
IRで一番よく出るのはOperating profitすなわち営業利益です。
これが企業の実態を一番よく表す(と多くの投資家が思っているのでしょう)。
営業利益 ÷ 売上 =営業利益率
これがOPマージン(Operating profit margin)です。
ポイント:IRにおいて一番重要な利益項目は営業利益(Operating profit)である
あと、利益系の概念としてEBITDAを意識している投資家も多いので、今度よかったら調べてみてください、EBITDA。発音は「イビッダ」みたいな感じ。
IRでは増減が大事。何に比しての増減なのかも大事
Profitに限らずですが、IRでは増・減が取り沙汰されます。Incrementalな動きat the fringeが大事なんです。
で、増減を考える際は何に比しての、何からの増・減なのかを明確にすることが必須です。
前年比(year-on-year)なのか。
前四半期比(quarter-on-quarter)なのか。
計画比なのか。 (ちなみに利益が計画を上回っていたらoutperforming、下回っていたらunderperformingとか言います)
以上がProfitです。
第8合目:Income (難易度 ★★★☆☆)
次はIncomeなんですが、これ、要するにProfitです。
ポイント:Incomeは要するにProfitである
SalesとRevenueの関係同様、同じことを別の言い方しているだけなんですね。
一つ前のProfitのセクションのところで出て来たOperating profit(営業利益)ですが、そっくりそのまま
Operating incomeという表現があり、全く同義です。どちらも「営業利益」です。
ということでIncomeは要するにProfitなんですが、「要するに」っていうのがポイントで、完全に同義ではないんです。ではどう違うのか。
ProfitとIncomeの違い
例によって広義・狭義です。結局Three Pigsってこれなんですよね、広義・狭義。
Incomeの方がProfitよりも広い意味を含んでいます。
Profitが単に「利益」なのに対し、
Incomeは「利益」以外に「収入」とか「所得」という意味合いを含みます。
そういう意味ではSales(意味が「売上」と狭い)とRevenue(売上だけでなく稼ぎ・収益という意味も含む)との関係と似ています。
相手が発した”Income”が何を意味するのか、の分かりやすい見分け方は、
1.企業についての話であれば: Income = 利益
2.個人についての話であれば: Income = 所得
ということです。そしてそれに加えて
3.広義のIncomeであれば: 収入(これは企業にも個人にもあてはまる)
あと、余談ですが、同じ「利益」って言うにしても、なんとなくIncomeって言った方がカッコイイ気がします。Profitっていうとなんだか「儲かってまっか」感がゼロではないですが、Incomeと言うだけでちょっと洗練された感じがするのが不思議。ちなみに業種ごとの違い、つまりメーカーであればSales VS サービス業であればRevenue、みたいな区別はProfitとIncomeの間にはそれほど無い気がします。つまりどっちをどのセクターに使ってもいい。
第9合目:Gain (難易度 ★★☆☆☆)
最後、Gainは「益」です。
不動産売却益、とか。
利益と言えば利益なんですが、でも利益ではなく「益」なんですね。
Profit(利益)が本業から生み出されるものであるのに対し、Gainは本業以外からの収入であり、多くの場合一過性(One-off)の収入のことを指します。
タナボタ的な。
ちなみにGainの対義語はLoss(損失)ですかね。
で、LossっていうのはCost/expenseと異なる、という点も興味深いです。経常的な事業におけるコスト(Cost/expense)ではなく、一過性の損失(Loss)という位置付けです。
第10合目:全体像
以上、みなさんと一緒にSales, Revenue, Earnings, Profit, Income, Gainを見てきました。
Three Pigsへの対処法をまとめると: (ココ大事!)
1.Sales - Cost = Profit という基本形を常に頭に思い描いた上で、
2.受信時: Revenue, Earnings, Incomeなどの語については広義と狭義があることを常に意識する。相手がどの意味でそれを言っているのかを考える。ときには「どの意味で言ってるの?」と聞く
3.発信時: 当方がThree Pigsを発信する際は、なるべく曖昧さを排除し、相手にとって分かりやすくする。
これをやるだけで、コミュニケーションがだいぶラクに、かつ分かりやすくなります。
Three Pigsの英→日方向の全体像はこういう感じです:
ちなみに逆方向、つまり日本語→英語についてまとめるとこうです:
全体統合版あんちょこはこれ:
困ったらいつでもこの表を見に来てくださいね。
まとめ
みなさん、よいIRを!!