IR通訳者のボビー平澤さんが亡くなった。
業界では知らない人がいないくらいの有名人。
世に通訳者は多々いるし、IR通訳をしている通訳者も多々いるが、「IR通訳者」を名乗る通訳者はほとんどいない。ボビーさんはそんな一人だった。
また、通訳が上手な人は結構いるが、クライアントから別格扱いされる通訳者はほぼ皆無の中、ボビーさんは別格扱いされる通訳者だった。別格扱いというか、別格だった。
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今までIR通訳をしてきて、何度、ボビーさんのいないところでボビーさんの話題が出たことか。そして、ボビーさんのことを話すときの発行体や証券会社の人たちのうれしそうなこと!その場にいるみんなの口元が緩んでしまう。
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ボビーさんは私よりも年齢がひとまわり上だが、彼は全く歳の差を感じさせず、いつも気さくに接してくれた。
IR通訳者同士、ライバルとして、互いの存在を意識していた。そして、ちょくちょく二人で飲みに行っていた。
飲むときの話題は様々だった。
私が最近興味を持っている通訳関連の視点について話を聞いてもらったり、ボビーさんが考えている自身の今後の営業戦略について話を聞かせてもらったり。また、IR通訳関連のあるある話にも花が咲いた。後進の育成にもボビーさんは関心を持っていた。そして、日本のIRをもっとこうしていかないといけない、と熱く語るボビーさんの話を隣で聞くとはなしにぼーっと聞いていた記憶もある。
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ボビーさんと私とでは、いくつかの共通点がある。
お互いIR通訳を専門としていること。
業界では少数派の「男の」通訳者であること。
野村出身であること。
エージェント的な動きもしていた、あるいはしていること。
プレミアムな料金をチャージしていること。
海外に拠点を置いていた時期があること。
一方で、異なる点もある。
それは通訳のスタイルと、そして発行体に対する思い入れだ。
<通訳のスタイル>
私はボビーさんの通訳を聴いたことがない。でも、多くの証券会社や発行体からボビーさんの通訳についてたくさん話を聞いているし、何よりもボビーさん自身から、自身の通訳について話を聞いてきたので、大体のイメージは出来ているつもりだ。
まず、私の通訳のスタイルはどうかというと、話し手が言ったことをほぼそのまま再現するスタイルで、乱暴に分類すれば「直訳」的な訳だ。
それに対しボビーさんは、話し手の想いや意図を大事にしつつも、それが最も的確に聴き手に伝わるよう、ある程度話を改変して訳すスタイルで、分類的には「意訳」的なスタイルだ。
ちなみにこの直訳とか意訳とかいったテーマは実に深く、決して「直訳か?意訳か?」の二択ではないのだが、今日はそんな話をしたいわけではないのでこのまま話を進める。
ボビーさんの「意訳」は、相手によって受け止め方が異なる。大絶賛されることもあれば、「話し手が言ったことと違う」とネガティブに受け止められてしまうこともある。いわば諸刃の剣だ。
それに対し私の「直訳」は、話し手が言ったことをまあ正確に訳しているので、クレームが入りにくいという特徴がある。
<発行体に対する思い入れ>
IR通訳者としての私の興味はどちらかというと通訳そのものにあり、発行体にそれほど興味があるわけではない。興味がないというと語弊があるが、自分にとってはそこがポイントではない。
それに対し、ボビーさんは通訳よりもむしろ発行体に興味があるのではないか、と思えるほど発行体に対する思い入れが強い、そんなIR通訳者だ。
IRミーティングに向けて入念に準備を行い、本番中はまるで発行体のIR担当者、いや、社長になり代わったかのような通訳をしていたのではないか。
その目線はまた、投資家が発行体を見るときの目線にも近かったのかもしれない。
その上で、発行体の話を、投資家に一番伝わるように、一番刺さるように「意訳」していたのだと思う。
直訳をする技術力が無いからの、逃げの意訳ではないのだ。
リスクを取って、強いオーナーシップを持って出す攻めの意訳なのだ。
前述の通り、意訳は諸刃の剣だ。
でもボビーさんは、批判を恐れず、発行体、投資家、そしてその「場」にとってベストと自身が信じる訳を貫いていたんだと思う。
そんな覚悟のある意訳なのだ。
一方で、私が日々直訳に近い訳を続けているのは、それがよかれと思ってやっている面もあるが、そうしていればクレームが入らないから、という不純な動機も正直ある。この点において、自分はボビーさんに負けていた。
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一度、ボビーさんに単刀直入に聞いてみたことがある。
「ボビーさんって、もうそんなに案件を入れなくても別にいいわけじゃないですか。なんでそんなに働くんですか?お金ですか(笑)」と。そんな、私のなんだか次元の低い質問に対しボビーさんは
「お金はね、僕にとって通信簿なんですよ」
と答えてくれた。
自身がIR通訳者としてどの程度付加価値を発揮したか、どれぐらい相手を喜ばすことが出来たか。その結果としてのお金だ、と。
そして、ボビーさんが提供していた付加価値はさまざまあるが、その場をいいものにするために彼が一肌脱いで行う「覚悟のある意訳」がその最たるものだったのではないか。
ああ、また飲みに行きたい。飲みに行っていろいろと話して、いっぱい笑いたい。
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ボビーさん、
ボビーさんといるときも、そしてボビーさんのいないところでボビーさんの話をしているときも、みんないつも笑顔でした。
日本のIRをもっと良くしたい、というIR通訳者としてのボビーさんの強い意志
それを僕にも受け継がせてください。いつも安易な直訳に逃げるのではなく、ときにはリスクを取って意訳をするようにします。もっとボビーさんみたいに付加価値を発揮して、日本のIRを少しでもより良くしていきます。
今までありがとうございました。ずっと先頭を走り続けてきて、ほんとお疲れさまでした。どうかゆっくり休んでください。