IR通訳をしていると、いろいろな会社の、実にいろいろな話を訳すことになります。
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先日、ある会社のIRミーティングで通訳をしていたときのこと。人材育成とか福利厚生とか、従業員周りの話になりました。その流れで社長さんが
「ウチは先日フリーアドレス制を導入しましてね。」
とおっしゃいました。固定席を廃止し、みな、毎朝出社したら好きな場所に座り、コラボレーションをしたり個人作業をしたり、というアレです。
社長の話が続きます。
「社員たちも喜んでいるみたいです。もっとも、当初は生臭い社員とかはフリーアドレス制をイヤがったんですが(笑)。」
聞き間違いではなく、社長は確かに「生臭い社員」と言ったんです。
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最初、その発言を聞いたときは、
(社員の中には生臭い人もいて、その匂いを敬遠し、その人の周りには誰も座りたがらないから、フリーアドレス制がなかなか定着せず、困ったものでしたよ、ハハハ)
みたいな意味かな、と思いました。確かに僕も、漁船からオフィスに直行したかのような匂いの人の隣で長時間仕事したくない。
でも待てよ、、、社長の発言を再度確認します。
「社員たちも喜んでいるみたいです。もっとも、当初は生臭い社員とかはフリーアドレス制をイヤがったんですが(笑)。」
「イヤがった」の主語は「他の社員」ではなく、「生臭い社員」本人です。
生臭い社員が、フリーアドレス制をイヤがっている。。。ピチピチと。
これはどう考えればいいのか。
上記は「意味」をどうとらえるか、という問題ですが、それと並行して、テクニカルな「訳し方」の問題もあります。
僕の手元のメモには「生臭い」を表すお魚のマークが書かれています。さっき、社長の話を聴き、首をかしげながらも僕が描いたお魚マークです。
通訳者である僕にとっての問題は、これをどう調理、、、じゃなくて、どう訳すか、それが問題ですよね。
生臭い社員 → employees that smell like fish でいいでしょうか。
いや、ダメだ。もっと「生臭さ感」を出すためには、raw fishの方がいいかな。employees that smell like raw fish。うん、いい感じ。
いろんなことを考え、紆余曲折を経て、
(ああそうか、フリーアドレス制への移行をイヤがったのは、「生臭い」ではなく、「ものぐさ」な社員か・・・)
と気付きました。
「ものぐさな社員」と言おうとして、つい感極まって「生臭い社員」と言ってしまったのだろう、と解釈しました。
通訳をしていて、今回のようにスピーカーが言い間違いをしたり、「上がる」を「下がる」と言ってしまったり、単位や年を間違えたり、というのはよくあることです、人間ですから。そういうときに、さりげなく修正をするのがいい通訳だと思いますが、もしかしたら言い間違いなどではなく、通訳者サイドの理解不足、知識不足である可能性も常にあるわけで、そうした瀬戸際の判断を求められることになります。迷ったとき、王道は「スピーカーに確認をする」ですが、それが出来ない/しにくいこともままあります。
社長に恥をかかせなくてよかったです。
ほら、社長に対し「あの〜、生臭い社員、っていうのは、やっぱあれですか、あの、築地とか、そういうことですか?」と確認を入れなくてよかった。
もっともこの場合、恥というよりは笑いで済みそうだから、徹底的に生臭問題を追究してもよかったのかもしれませんが。
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結局、僕は「ものぐさ」を lazy と訳しました。
正確には、「生臭い」を lazy と訳しました。誤訳でしょうか、、意訳です。
でも、後から考えると、lazyよりも例えば unwilling to change とかの方が、フリーアドレス制に反対する社員を指すこの場合の「ものぐさ」の訳としてはいいなあ、と思いました。もっとも、本番中は「生臭い」魚のウロコ取りでそれどころではなかったので、smelling like raw fishと訳さなかっただけでもよしとしなければいけない、と自分をなぐさめつつ、家路についたのでありました。
<完>