たんのだんのブログ

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通訳における「仮」案件について

通訳エージェントを立ち上げてみて、いろいろと発見がありました。
その内の一つが「仮」案件というもの。

もちろん、エージェントを立ち上げる前から仮案件のことは知っていました。
仮案件というのは要するに、まだ案件実施の確度が見えない、あるいは低いため、クライアントが「しばらく「仮」としておいてください」みたいに言ってくる案件。

その存在を知ってはいたのですが、通訳者から
「この案件は仮ですか、確定ですか?」
と聞かれたとき、恥ずかしながら、最初はどう答えていいのか分かりませんでした。

クライアントが特に明確に指定していない場合、その案件は「仮」なのか、あるいは「確定」なのか。
通訳者から確認を求められた時点で、あるいはその前から僕が自主的に、クライアントに対し「この案件は仮ですか、それとも確定ですか?」と尋ねるべきなのか。
あるいは、クライアントとIRIS、IRISと通訳者はそれぞれ別個に「確定」とか「仮」とかを決めて行くべきなのか。つまり、通訳者に対し「仮」と答えるか「確定」と答えるかは僕次第なのか。
この辺がよく分かっていなかったんです。

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仮と確定がどう違うかというと、要するに「キャンセル料がかかるかどうか」が大きな違いだろうと思います。

確定案件であれば、そのエージェントが規定するキャンセル規定が適用されます。
でも、仮案件は文字通り「仮」なので、キャンセル料がかからない。キャンセル規定の対象外。

もっとも、通訳業界におけるキャンセル規定はかなり緩いのが現状で、それが適用されようがされまいが、実はそれほど大きな差にはならないこともある。
例えばIRISの場合、設立時に大手エージェントの規程にならい、5営業日前から段階的に発生する仕組みにしました。今でもその仕組みで運用しています。
確定案件であれば、この「5営業日前からキャンセル料が発生」という決まりが適用されるわけですが、言い換えると6営業日前まではおとがめ無しでキャンセル可能なわけです。だから、確定案件か仮案件かは実はそれほど決定的な差は無いのが実情。
(もちろん、「確定」案件を6営業日前にキャンセルすることを繰り返せば、そのクライアントはエージェント and/or 通訳者から敬遠されるようになるでしょうが。まあでも理論的にはそれが出来てしまうし、実際たまにそういうことが発生する、ということ。
一方、前日キャンセル→キャンセル料100%、という僥倖もまれに起きるのも事実。)

通訳者からすると、当然確定案件の方が仮案件よりもいいし、ありがたい。
それは「キャンセル規程が適用される」という面でもそうですし、それと並んで、「案件実施の確度が高い」という面でもそうでしょう。

通訳者が「この案件は仮ですか、確定ですか?」と聞いてきた場合、要するに何を聞いているかというと、「キャンセル規定は適用されますか?」ということでもあるわけですが、一方で「この案件が実施される確度はどれぐらいですか。私としては、どの程度心づもりしておけばいいんでしょうか。今後同じ日程で他の引き合いが来た場合、それをどう考え、どう捌けばいいんでしょうか」という意味合いもかなり強いのではないかと思います。
(特に、前述の通りキャンセル料発生期日までは確定案件であってもノーペナルティーでキャンセル出来てしまうことを踏まえると、キャンセル規程適用の如何よりも案件の確度を知りたがっている可能性が高い。)

ずっと仮で引っ張られた上、いとも簡単にリリースされてしまうことだって多々あるわけです。通訳者はそういう苦い経験を経て、そう聞いてきているわけです。
まあ、仮ではなく確定で引っ張られた上で、(キャンセル料無しで)リリースされるよりもマシ、とも言えますが。

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一旦仮予約を受けると、それが「仮」だからといって、通訳者の都合で勝手に日程をリリースし、別の案件を受ける、ということは出来なくなります。
一応、クライアントにお伺いを立てないといけない。そして、お伺いを立てた時点で期限を(例えば2日後とか)に決めて、それまでに「確定」としてもらうか、あるいは予定をリリースしてもらうか、を選んでもらうことになります。
クライアントはいつでも(一方的な通知だけで)自由に仮案件をキャンセル出来るのに、通訳者サイドはそれが出来ない。まあ、通訳案件の性質を考えると当然そうなりますけどね。通訳者サイドがいつでも自由に仮予約を外すことが出来れば、そもそも仮予約の意味が全く無くなりますから。

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さて、この「仮」案件というものについてずっと考えて来て思うことは以下の通り。

1.原始時代には、「仮」案件など無かった
2.仮案件は、キャンセル規定の適用除外であり、実質的に「値下げ」と同様の効果を持つ
3.仮案件がイヤなら、つっぱねればいい
4.現実的な解

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1.原始時代には、「仮」案件など無かった

原始時代(?)に遡れば、全ての通訳案件は「確定」だった。その頃は、キャンセル料に関する規定がしっかりと適用されていました(だって、そのためのキャンセル規定ですよね)。
「確定だった」っていうか、そもそも「確定」ということばすら無かったはずです、原始時代には。だって全部「確定」だから。それが普通だったわけです。


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そこに、あるクライアントが「この案件、実施するかどうかがちょっとまだ見えていなくて、「仮」でお願い出来ないでしょうか」とヘンなことを言ってきた。
全ての通訳エージェントおよび通訳者がそれをつっぱねればよかったわけですが、どこかのエージェント and/or 通訳者が「いいですよ、仮で」、つまり「キャンセル規定の適用を免除してもいいですよ」と言ってしまった。そこから、この「仮と確定」の長い歴史が始まったんだと思います。

言い換えると、「仮」案件というのは、クライアントが我々通訳サイド(エージェント+通訳者)に押しつけているのではなく、我々がそれを受け入れた、と認識することが大事だと思います。確かに、最初にそれを提案して来たのはクライアント側でしょうが、それを受け入れたのは我々側だということです。
この点をしっかりと認識しておかないと、いつまでも「クライアントが理不尽なことを言っている・・・」という行き場の無い不満を抱えながら通訳をしていくことになってしまいます。まずは潔く「これは我々の責任(でもある)」と認めるのがいいと思います。その上で、どうするかを考えればいい。

2.仮案件は、キャンセル規定の適用除外であり、実質的に「値下げ」と同様の効果を持つ

仮というのは、要するに(通常かかるはずの)キャンセル料がかからない、ということです。
そういう意味では、通訳サイド(エージェント and/or 通訳者)による、対クライアントの「条件緩和」です。

例えば通訳における海外出張案件を考えてみます。
そのエージェントの決まりが「通訳者のチケットはビジネスクラスでお願いします」だとしましょう。IRISでもそうしています。
それに対し、クライアントが「今回は予算が限られているので、あるいは飛行距離が短いので、エコノミーでお願い出来ないでしょうか」と言ってきたとします。
それをつっぱねることも出来ますし、あるいは「はい、エコノミーでもOKです」と、それを飲むことも出来ます。
突っぱねれば「条件維持」、エコノミーを飲めば「条件の緩和」ということになろうかと思います。

仮と確定の話も同じ考え方ができます。
「あくまでも確定で」とクライアントの要求をつっぱねればよかったものの、我々通訳サイドが「仮でいいですよ」と折れたから、つまり条件の緩和に同意したから、仮というものが生まれたし、今でもはびこっているわけです。

通訳の「仮」案件について嘆くことは、「通訳料金の相場が低い/安い」と嘆くことととても近いと思います。どちらも「条件緩和」の結果です。
そして、それは確かに嘆かわしいことではあるものの、なんとかならないかというと、そうでもない。

3.仮案件がイヤなら、つっぱねればいい

一度受け入れてしまったからといって、二度とそれから自由になれないわけでもありません。今からでも、仮案件を無くすことは出来る。
世の中全体から無くす(Eradicate)することは出来ないでしょうが、少なくとも自分の予定表からは仮案件を無くすことが出来る。

(エージェント経由)クライアントに対し、「私は確定案件しか受けません」と言えばいいだけの話です。

こう言うと、通訳者からは「そんなこと出来るわけがない」という反応が返ってくるでしょう。確かに、IRISでも仮案件というものを受け入れている以上、「そんなのつっぱねればいいじゃないか」という僕の意見は無責任だな、と自分でも思います。でも、決して不可能なことではない。

上記2.で論じたように、仮案件というのは要するに条件の緩和であり、実質的に値下げしたのと一緒です。
だから、それがイヤなら「値上げ」すればいい。
クライアントに「この通訳エージェントのサービスは素晴らしい」と思わせたり、「この通訳者は超優秀だ!ぜひまたお願いしたい!!」と思わせることが出来れば、それ以降、仮案件は全てつっぱね、確定案件だけを受けることは、可能は可能です。

そうした場合、もちろん仕事量は減るでしょう。値上げしたのと同じですから、当たり前の話です。
スケジュールをびっしり埋めたければどんどん条件を緩和して予定を埋めればいい。
一方、案件をSelectiveに受けたいのであれば、予定がある程度空いてしまうことは覚悟しないといけない。当たり前の話です。

4.現実的な解

上記3.がどうしても「非現実的」だと言うのであれば(僕はそう思いませんが・・)、現実的な解は何なのか、ということになります。
それは、「仮案件でもOK。ただし、こちらが求めた場合には、その瞬間以降、キャンセル料100%にしてください」というやり方ではないか、と今の時点では思っています。

クライアントがここまで「仮案件」というものに馴染んでしまった以上、確かに仮案件の依頼を頭からはねつけてしまうのは難しいかもしれない。だから、一旦は受ける。

その後、別の依頼が来たり、あるいはその日程を家族との時間にあてたくなったりした場合、クライアントに対応を迫ればいいわけですが、大事なのはこのとき単に「確定してください」と言わないことです。単に「確定してください」と言うのではなく、「確定してください。その場合、今からキャンセル料100%です」と迫るのがいいのではないか、と思っています。

前述した通り、通訳業界のキャンセル規定はゆるゆるで、「確定」と言えどもペナルティーは結構甘い。キャンセル規定適用期限まではキャンセル料無料キャンペーン中!超甘い。例えば航空券をキャンセルした場合と比べると超ゆるいです。

だから、「確定にしてください」と迫るだけでは不十分です。「確定」の定義をさらに厳しくし、「現時点からキャンセル料100%」とすればいい。
そして、通常のキャンセル規定は、それはそれとしてちょっと脇に置いておいて、
「本件については今からキャンセル料100%。それなら受けます。さあ、確定 OR リリース、どっちですか?」と迫ればいい。

IRISではこのやり方を部分的に導入していて、今のところとても上手く行っています。
これなら、「仮案件は全てつっぱねる」の非現実感も無いし、一方で「仮でも何でも全て受け入れる」に伴う悲壮感もありません。

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仮と確定。
僕はもちろん、通訳業界全体を長く悩ませてきて、そしてこれからも悩ませるであろう、この不思議な仕組み。

でもそれを嘆くばかりでなく、Proactiveに対応して行く余地はいろいろとあります。僕の考え方は上記の通りですが、他の通訳者の中にはそれぞれ独自の考え方を持っている人がいて、中にはそれを聞いていて、今後の通訳業界が楽しみに思える、そういう考え方の人も結構いることが僕にとっては大きな救いになっています。嘆いているだけでは全く意味無いです。

それぞれの持ち場で、それぞれのやり方で、「仮」案件というものとこれからも対峙していきましょう。

by dantanno | 2018-05-08 18:23 | 通訳 | Comments(0)