たんのだんのブログ

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クレームを避けつつ恐れない、そんな通訳者になりたい

通訳をしていると、残念ながら受けてしまうことがある「クレーム」というものについて考えてみる。

章立ては以下の通り:

1.クレームについての基本的な考え方
クライアントを傷つかせる「クレーム」というものは、絶対に避けなければならない
「クレーム」よりも「不満」に目を向けることが大事
クレームは通訳エージェントの責任でもある
クレームは一方通行ではない
クレームをよく見てみると・・・
なぜクレームが入るのか

2.クレームを受けたときの考え方・対処法
「通訳そのものに対するクレームじゃなくてよかった・・・」というとらえ方について
クレームはアテにならない。クレームをする人よりも厳しいはずの「自分の目」
クレームは「一つの情報」として受け止める

3.その他の項目
クレームが来やすい雰囲気作り
通訳エージェントは、通訳者に対し、クレームがあったことを伝えるべきか

最終項: 「クレームゼロ」は可能か?



一通訳者として、そして一通訳エージェント運営者として、クレームについては思うところがいろいろあるようで、ついつい大業な章立てになってしまった。

上記章立てを見ると、互いに相反するというか、矛盾する項目もある。それは僕の頭の混乱の現れかもしれないが、それよりも、クレームというものがいかに千差万別で、ケースバイケースであるか、の現れでもあると言える。

さて、通訳に限らずほとんどのサービスについてあてはまると思うが、がんばって仕事をしていても(がんばっているからこそ?)クレームが入ってしまうことは必ずある。クレームが来た場合、それについてどう考え、どう対処するのがいいのか、以下で考えていく。



<1.クレームについての基本的な考え方>

クライアントを傷つかせる「クレーム」というものは、絶対に避けなければならない

確か本田宗一郎の本だったと思うが、「(製品を買った後に)クレームをしてくるお客さんは傷ついているんだ」というようなことを言っていて、
(なるほど、確かにそうだなあ・・・、偉大な経営者はいいことを言うものだなあ・・・)と感銘を受けたのを覚えている。

通訳案件終了後、クレームをしてくるクライアント、あるいは会議参加者(以下広義の「クライアント」に含める)は、怒っていることは怒っているのだが、それよりも、傷ついている。悲しんでいる。口惜しがっている。
クライアントの表面的な「怒り」に気をとらわれてしまうと、クレームの受け手たる我々もついつい身構え、逆ギレの一つもしたくなってしまうかもしれない。あるいは、とりあえずヘイヘイと頭を下げ、嵐が過ぎ去るのを待つという、非本質的な対応を取るかもしれない。だが、その裏側にある傷、悲しみ、口惜しさ、そういったものに目を向ければ、我々の対応方法も変わってこよう。

だからこそ、クライアントを傷つかせるクレームというものは絶対に避けなければならない、と改めて思う。



「クレーム」よりも「不満」に目を向けることが大事

「クレームが入ったかどうか」は表面的なことだ。
それよりも大事な 「クライアントが満足したかどうか」という本質 を重視することで、「クレームには至らなかったが、クライアントが不満を感じたケース」、つまり目に見えない部分をしっかりと捕捉することが出来る。


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クライアントは、何らかの不満を感じたからクレームをするわけだが、「不満を感じたのにクレームをしない」ことだってたくさんある。

「ほどではない」パターン:  不満は不満だが、クレームをするほどではない
勇気パターン:  クレームをする勇気が無いクライアントだっているでしょう
サイフ・パターン: 会議に参加していても、通訳代を支払っているのが自分ではない場合、クレームするのを躊躇することがある
あきらめパターン: 「クレームしてもしょうがないだろうから、もういいや別に。」ある意味これが一番怖い。

特にIR通訳の場合、ミーティングの形態上、クレームが入りにくい仕組みになっている。だからなおさら「クレーム」ではなく「不満」に目を向ける必要がある。(この点については過去記事「IR通訳のジレンマ」ご参照)



クレームは通訳エージェントの責任でもある

「でもある」というか、責任の過半はエージェントにある、とも言える。
通訳者が、ある個性を持ち、ある一定の通訳能力を有すること、それ自体は「悪いこと」ではない。それが多少変わった個性であれ、それほど高くない通訳能力であれ、それ自体は悪いことではない。それは単なる事実であり、しょうがないことであって、悪いのは、その通訳者をその案件/そのクライアントにはめ込んだ通訳エージェントである、という考え方だ。
これもケースバイケースだよなあ、、、と思うが、クライアントからクレームが入った場合、それが「通訳者」に対するクレームだからといってエージェントは責任ゼロということでは決してない、ということは少なくとも言える。僕のようなエージェントは、その当たり前を自覚して通訳者をアサインする必要がある。

一番よくないのは、エージェントがテキトーにアサインした通訳者にクレームが入り、それに対し

エージェント 「ああ、すみません〜。もうその通訳者は御社にはアサインしませんので〜」

と、罪の無い通訳者を、本人知らぬ間に勝手にブラックリストに載せてしまうことである。

ときには「アサイン出来るのにアサインしない勇気」も必要だなあ、と思う(難しいんですけどね)。

尚、この記事においてはエージェントの視点ではなく、通訳者の視点からクレームというものを考える。



クレームは一方通行ではない

クレームというと、どうしても「お客様→業者サイド」という流れをイメージしてしまうが、我々通訳者サイドにだって不満を感じたり、クレームをしたりする権利は当然ある。だから、クライアントだからといってあまり威張っているといいことありませんよ(笑)、という話。
必ずしも客がエライとは限らない、という点については過去記事ご参照。)

クレームが入る通訳案件はどういう案件かというと、案件を終えた通訳者がなんだか首をかしげながら、肩を落としながら帰ってくる通訳案件だ。通訳者が「今日のミーティングはとてもよかった!」という通訳案件はなかなかクレームにはならない。これは当たり前のようだが、意外と深い話だと思う。通訳者が気持ちよく通訳出来れば、クライアントだって満足するものなのである。

IRISではあまりそういう事例は無いが、世のいろいろなクライアントを見ていると、中には(自分で自分のクビを絞めてるなあ・・・)と感じさせるクライアントもある。通訳者に対して威圧的な態度を取り、ミーティング中もずっとプレッシャーをかけ続ければ、たいていの通訳者であれば、通訳パフォーマンスは低下する。それに対してクレームをする。まるで、通訳者のミスや焦りをクライアント自ら誘発しているようなものだ。悪循環である。

クレームをしたくなければ、まずは通訳者を大事にするところから始めてみるのもいいかもしれない。



クレームをよく見てみると・・・

クレームをよく見てみると、実はいろいろな種類があることに気付く。いわゆる「クレーム」と呼べるものから、それよりも少し軽めの「ネガティブ・フィードバック」的なもの。そして、「要望」に近いものだってある。今後もっといい通訳をしてもらうための「提案」めいたものだってある。だから、あまり「クレーム」と十把一絡げにしないことだ。

例えば、クライアントが「○○を A と訳していたが、正しくは A' なので、今後そう訳してほしい」と言ってきたとしよう。(これぐらいの軽いフィードバックであれば、通訳案件終了後というよりも、現場で直接通訳者に伝えられる可能性が高いだろう。)
このフィードバックは「文句」すなわちクレームととることも出来なくはないが、それよりも「改善のための提案」と受け止める方が正しいと思う。そしてそれは、その通訳者が気に入ったから、今後もその通訳者に仕事を依頼したいからこそなされる提案だろう。ということは、これは落ち込む対象ではなく、喜ぶべき対象、とも言える。
 
この記事を読んでくださっていて、改めて感じられた読者もいるかもしれないが、「クレーム」ということばにはとてもネガティブな力が宿っている。クライアントのその反応を「クレーム」と定義した時点で、それに対する我々の見方、および対応方法がある程度固まってしまう。だから、あえて「ネガティブ・フィードバック」とか「提案」とか「お客さんは傷ついている」とか、なんでもいいけど、ちょっと視点を変える必要があると思う。
(このブログ記事では、クレームというものをすごく広義に捉え、便宜的に「クレーム」という一語でまとめている。)



なぜクレームが入るのか

通訳案件において、クライアントからクレームが入るのはなぜか。

比較的よくあるクレームは、「業界特有の用語に精通していなかった」というものだ。これについては前述の通り、間に入るエージェントの調整力不足が大きいだろう。

通訳力が決定的に不足していたから、ということも中にはあろう。これについてもエージェントの調整力不足と言えそうだが、こういうケースは例外的だと思う。

クレームを誘発する原因で一番大きいのは、「通訳者がフレキシブルに対応出来なかった」ということだと思う。通訳力は十分あっても、「余裕」が無いと、いい立ち回りが出来ない。周囲を見回したり、機転をきかせたり、訳し方を調整してみたり、といった「遊び」が出来ないと、場がギクシャクし、通訳者も不満、クライアントも不満→クレーム、という流れになりやすい。
前述の本田宗一郎ではないが、オートバイのチェーンにしっかりと遊びをもたせてやり、潤滑油を塗っておかないと、チェーンがピンピンに張り詰めて切れてしまうのと似ている。



さて、これまでクレームというものについての基本的な考え方を整理してみた。ここからは、実際にクレームが来たときの受け止め方という、これまた大いに正解の無いテーマについて考えてみる。



<2.クレームを受けたときの考え方・対処法>

「通訳そのものに関するクレームじゃなくてよかった・・・」というとらえ方について

恥ずかしながら、僕も当然クレームと無縁ではない。

以前、証券会社でインハウス通訳者をしていたときのこと。
ある海外投資家と、ある日本企業の電話会議を通訳していた。投資家は複数人、海外のオフィスの会議室から参加していた。日本企業も、日本にある自社のオフィスから、僕は証券会社の会議室から、3拠点をつないでの電話会議である。

ミーティングの途中、投資家・企業の間で「これはちょっとプレゼン資料を見ながら話した方がいいですね〜」ということになった。
そこで、海外投資家数名の内、若手の1名が資料をプリントアウトしに行く間、ちょっとブレイクしましょう、ということになった。

僕は証券会社に通訳者として入社してまだ間もない頃で、自分が属している部の顧客である海外投資家に対し挨拶をしたかったこともあり、その4-5分の中断時間の間、海外投資家の内、先方の会議室に残っていた人と軽く挨拶/雑談をした。それもすぐに終わり、その後2-3分の中断時間を経て、会議は無事再開された。

ーーー

ミーティング終了後、上長に呼ばれた。

「今のミーティング、どうだった?」
「いや、特に問題無かったと思いますけど・・・」

そうしたやり取りの後、日本企業の方からクレームがあったことを明かされた。
「電話会議が中断している間、通訳者が投資家と親しそうに話をしていた」ことに対するクレームだった。

ーーー

このクレームに対し、僕自身の心境の変化を「実況中継」してみる。

クレームを受けたその日: ただただショック

2日目〜3日目: クレームが入ったことは残念だし、申し訳ないが、通訳そのものに対するクレームじゃなくてよかった

つまり、「通訳のレベルが低すぎる」とか「誤訳がとても多かった」とか、通訳そのものに対するクレームじゃなくてよかったな、と思ったんです。本質的なクレームではなく、表面的(?)な、テクニカル(?)なクレームだったのが不幸中の幸いだったな、と思ったんです。

4日目〜5日目: 「通訳そのものに対するクレームじゃなくてよかった」と胸をなで下ろしている場合じゃないだろう!

やっぱ負けだなあ、と思ったんです。「それも含めて通訳だろうが、お前」と思ったんです。
あと、通訳者は基本的に中立ですが、そのとき僕の「顧客」は海外投資家。だから海外投資家に対し挨拶をした。それに対して日本企業(Not 顧客)が多少不満を感じてもしょうがない、みたいなヘンな気持ちもそのときまであったんですが、全員満足させられなくて何が通訳者だよ、と思ったんです。それに、会議の一当事者である日本企業が(自分のせいで)不満を感じてしまっていたら、それはミーティングの成否に直結し、(自分の大事な顧客である)海外投資家にも悪影響を及ぼすじゃないか。何やってんだよお前!という具合です。

この時の、実に苦い経験から、僕は「通訳そのものに対するクレームじゃなくてよかった、ホッ」と絶対思わないようになりました。自分に対するクレームについても、他の通訳者に対するクレームであっても。どんな不満でも負けは負け。で、次はどうすれば勝てるかを考えればいい。

その後設立した通訳会社の社名を
IRI IR Interpreting(IR通訳)
ではなく
IRIS IR Interpreting Services(IR通訳サービス
としたのも、このときの忸怩たる想いがベースにあります。あと、語呂が良かったというのもあります。



クレームはアテにならない。クレームをする人よりも厳しいはずの「自分の目」

我々にクレームをしてくるのは誰か。クライアントです。会議参加者です。
つまり、通訳のシロウトです。
だから、クレームが来ると(シロウトに何が分かる)という気持ちも正直ゼロではありません。限りなくゼロに近いですけど。

クライアントはシロウトであり、クライアントからのクレームはそれほどアテにならない。だからこそ、プロである我々が、クライアント以上に厳しい目で、自分自身の通訳を日々見つめる(監視する?)必要があると思っています。

言い方を変えると、クライアントが大絶賛していても自分的には撃沈であれば、全然うれしくないですよね。
その逆も然りで、クライアントから大ブーイングがあったとしても、自分的には会心の通訳であれば、その晩はうまい酒を飲めばいい、そう思っています。



クレームは「一つの情報」として受け止める

耳が痛いからといって、クレームに耳を傾けないのはもったいない。的外れだ!とか「それを言われてどう対応しろというのか!」と逆ギレしてしまうのももったいない。「一つの情報」として。それ以上でもそれ以下でもない「一つの情報」として、しっかりと受け止めればいい。

といいつつ、一つ前のセクションで論じた通り、クライアントのクレームはそれほどアテにならない。あくまでも「一つの情報」に過ぎない。だからいちいち大慌てしない。単なる「一つの情報」として受け止めればいい。

そのクレームを受けて、「落ち込む」以外に何か対応を取るのか取らないのか。
今後、現場での立ち回り方を変えるのか。通訳のウデを上げるためにトレーニングをするのか。案件の受け方について、量 AND/OR 質を調整するのか。
それらは重要な判断である。
「一つの情報」でしかないクライアントからのクレーム、しかもシロウトの意見を、そういう大事な判断の根拠にする必要など無いと思う。
あくまでも、プロの通訳者である自分自身が、自分に対して下す自己分析・自己評価、それを今後の活動の判断根拠にすべきだと思う。

(ちなみにインハウス通訳者であれば、問題があった後、不満を感じてしまった人のところに行って何らかのフォローアップをするとか、そういった事後対応が可能なケースもありますよね。フリーランスだとそれがしにくいケースがほとんどなので、じゃあそのクレームを受けて今後の自分の通訳者としてのあり方を何かしら調整するのかしないのか、という話になることが多いと思います。)



さて、これで第2部も終わりました。以下では、ちょっとコラム的に第3部です。

<3.その他の項目>

クレームが来やすい(気安い?)雰囲気作り

(この人にクレームをしたら、超落ち込みそうだなあ・・・)
(この人にクレームをしたら、逆ギレしそうだなあ・・・)
(この人にクレームをしても、プラスの効果は生まれないだろうなあ・・・)

そう思われてしまったら、貴重な「一つの情報」であるクレームから遮断されてしまいます。だから、日頃からクレームが来やすい雰囲気作りをしておくことが大事だと思います。

今、ちょうど漢字を変換していて思ったんですが、何でも気軽に言える「気安い」雰囲気、それが現場でも、そして現場以外でも大事なのかもしれませんね、通訳者にとって。



通訳エージェントは、通訳者に対し、クレームがあったことを伝えるべきか

これはとても大きなテーマで、もしかしたら後日一つの記事で書いてみたいと思います。

IRISでは、それがポジティブな場合はもちろん、ネガティブだった場合でも、クライアントからのフィードバックは基本的にそのまま通訳者に伝えることにしています。
その勝率はまあ75%ぐらいで、中には(言わなきゃよかった・・・)と深く後悔するケースもあります。通訳者を無意味に傷つけてしまったと感じるときとか、「それを言われて、私にどうしろと言うんですか!」みたいな反応があるときです。まあケースバイケースなんでしょう、これも。

一応、僕がなぜ「基本的に伝える」方針をとっているかを書いておくと、「一つの情報」として貴重だと思うからです。クライアント、あるいは会議参加者は「そう思った」んです。クライアントがそう思ったことは、まぎれもない事実なんです。だから、それは「一つの情報」として、あくまでも「一つの情報として」、一定の重要性を持っていると思うんです。

僕がラーメン屋のオヤジだったら、僕のラーメンを食べて「まずい」と感じた客がいれば、それは情報として僕は知っておきたいだろうな、と思うんです。聞くのはイヤだし、しかも仮にその情報をもらってもスープの味や麺のゆで方を変えないんだったらそんな情報不必要じゃないか、という気もしますが、やはり情報として持っておきたい。

それと同様に、僕が通訳者であれば(通訳者ですが)、自分に対しネガティブ・フィードバックが入ったら、やっぱりそれを知りたい。イヤだけど知りたい。出来ることなら、実際にクレームがあった場合だけでなく、クライアントや会議参加者が心の中で不満に思った内容についても全部のぞき見したいぐらい。でもそれは無理だから、せめてそれが表面化した「クレーム」については必ず知りたい、と思うんです。

僕はそう思うけど、でもそう思わない通訳者もいるだろうし、僕の人間力を高めたり、伝え方ももっと工夫した方がいい面もあるでしょう。日々反省、日々精進です。



最終項: 「クレームゼロ」は可能か?

最後に、そこそこ大事なテーマを持って来てみました。
絶対にクレームが入らない、そんな「クレームゼロ」の通訳は可能か。



僕は可能だと思います。現に僕だって、前回クレームが入ってから今日まで「クレームゼロ」です(爆)。

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冗談はさておき、実際「絶対にクレームが入らない通訳」は可能だと思います。いくつか条件がありますが。

1.自分が精通した分野であること。
2.通訳力がそこそこ高いこと。
3.かなりフレキシブルに対応する心づもりがあること。
4.クレームをしにくい雰囲気を漂わせていること(笑)。

などなど。

ーーー

最近の自分を振り返ると、「絶対にクレームが入らない通訳」を目指してしまっている気がします。(それでもクレームは入るのがとんだお笑いぐさですが)。
訳す際も、(その場のキーマンは誰か、その人の英語力はどの程度か、どういう訳し方をすればその人は不満に思うだろうか)、みたいな、本質から外れたことばっかりに神経をすり減らしている、と感じることがときどきあります。そういう通訳は疲れるし、会場に感動も生まれにくい。

まだ駆け出しの通訳者だった頃は、そんな余計なこと考えていなかった。考える余裕が無かったわけですが、でもその方が自由でのびのびとした、いい通訳をしていた気もする。

クレームは、クライアントの「傷」だと冒頭で書きましたが、通訳者自身が受ける「キズ」でもあります。そして、挑戦しているときはキズがつきもの。
藪に飛び込んでツタや笹を刈れば、体にたくさんのキズがつくけど、でも、そのおかげで道が開け、次の次元に行けることもあるでしょう。



自戒の念を込めて。

通訳者は、クレームを絶対に避けなければならない。会議参加者を絶対に傷つけてはならない。

でもその一方で、通訳者はクレームなど恐れなくていい。クレームしてくる相手はシロウトです。
自分がそのとき、その場にとって一番いいと思う訳を、堂々と、のびのびと、大きく追究すればといい。

そして、クレームが入ったら、それは「一つの情報」として大事にし、そういう情報を蓄積しつつ、試行錯誤しながら自分の通訳を完成させていけばいい。

それこそが、一流の通訳者への、一番の近道だと思うんです。

by dantanno | 2017-12-12 12:01 | プレミアム通訳者への道 | Comments(0)