IR通訳のジレンマ

ちょっと反省。

最近のブログ、どうでもいいことばっかり書いてて、肝心のIR通訳に関するネタが少ないことに気付いた。
そこで、前からずっと書きたかった、IR通訳のジレンマについての僕の仮説を書いてみます。
よければ読んでくださいませ。



以前、通訳のジレンマって記事を書きました。
アフリカの、架空の国の大統領が来日した、という設定で。

このときのKey messageは、
通訳ってのは、実に因果な商売。
なぜなら、
自分の存在を最も必要としてくれている人からは、評価されようがなく、
自分のことを高く(あるいは低く)評価してくれる人からは、存在を求められていない。

ってことだったかと。
覚えてくれてる人、いるかな?



この通訳のジレンマは、当然ながらIR通訳にもあてはまります。
ただ、IR通訳の場合、IR通訳に固有の2つの特徴のおかげで、
この通訳のジレンマ以外にも、IR通訳のジレンマ
とも呼べるジレンマが2つ起きるんです。
今日はそれについて書いてみようと思うんです。
IR通訳のジレンマ_d0237270_19145319.jpg




IR通訳の現場となる、IRミーティング。
参加者は、以下の3者です。

投資家
企業のIR担当者
IR通訳者


この参加者の顔ぶれ、よく覚えておいてください。
これが、IR通訳の2つの特徴の源泉で、ここから2つのジレンマが引き起こされます。



参加者について、もう一度見てみましょう。

投資家
企業のIR担当者
IR通訳者


もっと近くで見ると、あれれ、なんだか文字が見えてきます。。。

(日本語が全然分からない)投資家
(英語が全然分からない)企業のIR担当者
IR通訳者


賢明な読者のみなさんには、もう1つめのオチが分かっちゃったかもしれないけど、
一応書いてみます。



フツーの、IR以外の通訳案件(例えば記者会見とか、ちょっとしたイベントでの通訳)の場合。
会場には、たいていバイリンガルの人がいます。
でも、IR通訳の場合、現場にいるのは

(日本語が全然分からない)投資家
(英語が全然分からない)企業のIR担当者
IR通訳者


の3人だけ。
バイリンガルなのはIR通訳者本人だけで、会場にいる2人は全然バイリンガルではありません。

特徴 1: バイリンガル不在の現場



それによって引き起こされるジレンマは、ズバリ、

ジレンマ 1: 通訳のブラックボックス化
です。



例えばこういう場合:
(日本語が全然分からない)投資家
(英語が全然分からない)企業のIR担当者
(超上手な)IR通訳者


超上手なんだけど、それを評価できる人がいないでしょ?
で、恐いのは逆の場合。

(日本語が全然分からない)投資家
(英語が全然分からない)企業のIR担当者
(超残念な)IR通訳者


通訳が超残念なんだけど、その残念さに気づき、残念がる人が誰もいません。
で、何が起きるか。
投資家が、
「この会社、言ってることが全然分かんないし、Q&Aが噛み合わないよ。ダメだな、こりゃ。売り、売り♪」
となってしまうんです。

負けず嫌いな海外投資家が、最も嫌うモノ。それは、何かを
理解出来ない
こと。

その投資家自身が投資の意思決定者である場合(CIOとか、Portfolio managerとか)、
分からないものには投資できません。
あのウォーレン・バフェットもそう言ってます。

では、投資家がBuy-side analystとかで、自身が意思決定者ではない場合はどうか。
日本での、1週間のIR取材を終え、本国に帰国し、上司(Portfolio manager)に
「A社はどうだった?」
と聞かれた際、
「分かりません」
だと、2秒ぐらいでクビになるわけです。
なので、テキトーにゴタクを並べることになるわけですが、自分が意思決定者である場合同様、
分からないものを買い推奨することなど出来るわけがなく、結局
投資をやめといた方がいい理由をあれこれ並べることになります。

いずれにせよ、我らが日本株式会社にとって、大きな損失です。
せっかくいいモノを持っているのに、投資してもらえないA社は損。
株式の注文が入らない証券会社も損。
今後、その投資家とA社の間での継続的なアップデートのためのIRミーティングが無くなるので、通訳会社+通訳者も損。
そして、せっかくいい投資対象が目の前に転がってたのに、それに投資できなかった投資家も損。
みんな損します。



さて。
一気に気分が暗くなったところで、2つめの特徴+ジレンマに行きますか。

しつこいけど、もう一度IRミーティングの参加者をおさらいしましょう。

投資家
企業のIR担当者
IR通訳者


気付いちゃった?
気付かないよね、フツー。
じゃあ、種明かししちゃいます。

特徴 2: クライアント不在の現場

そう。
クライアントが現場にいないんです。

IR通訳のクライアントって誰ですか?
投資家ですか?
企業ですか?
ま、そういうケースもありますけど、圧倒的に多いのが
証券会社がクライアントというケース。
そして、証券会社の社員は、えてしてIRミーティングに同席しません。

So what ?
それが、一体どういうジレンマを引き起こすのか。



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例えば、パーティー。
IR通訳のジレンマ_d0237270_1947135.jpg


みなさんは、パーティーの主催者の場合と、一参加者の場合と、両方あるでしょう。
もし、どこかの会場を借りて、みなさん主催のパーティーを行ったとしましょう。
その際、その会場の掃除がされておらず、汚かったとしましょう。
なんとかパーティーは無事終えたものの、主催者であるあなたとしては、せっかく高いカネ払ってるのに、会場が汚かったことがやはり気になり、パーティー会場を運営する会社にクレームを入れるかもしれません。

では、もしあなたが主催者ではなく、一参加者にすぎなかった場合はどうですか?
仮に会場が多少汚かったとしても、
「せっかく主催者が手配してくれた会場なんだし・・・」
「私が会場を手配したわけでもないし、私が文句を言うのも・・・」
そして何より、自分がお金を払っているわけではない以上、そもそもそこまで不満を感じない、という場合が多いと思います。



さて、通訳に話を戻します。
フツーの、IR以外の通訳案件(例えば記者会見とか、ちょっとしたイベントでの通訳)の場合。
たいてい、クライアントの人が現場にいます。そして上述した通り、バイリンガルの人も。
もし通訳が超残念だったら、
1.バイリンガルの人たちがそれに気付くし、
2.クライアントがクレームを入れてくる可能性がとても高い。

でも、IR通訳の場合、現場にいるのは

投資家
企業のIR担当者
IR通訳者


の3者だけ。
バイリンガルの人もいないし、お金を払っているクライアントもいません。

ジレンマ 2: 通訳がヘタクソでも、クレームが入りにくい



IR通訳者になって、つくづく学んだこと。それは
問題が発覚しないからといって、問題が存在しないとは限らないということ。
むしろ、実は問題が存在するのに、それが発覚しないという意味で、問題はより深刻だとも言えます。

証券会社のみなさま。
IRミーティング終了後、通訳者は「問題無く終了しました」と言ってくるでしょう。
そして、投資家・企業から通訳に関するクレームが入らないからといって、通訳に問題がなかったとは限らないんです。
投資家・企業が分かり合えておらず、今後の株の売買が減る可能性があります。



これが、我らが愛しのIR通訳。

1.ブラックボックス化しちゃってて、
2.ヘタクソでもクレームが入りにくい

分野で、ハイ・クオリティのIR通訳を売る、という、
まるでエスキモーにガリガリ君を売るような商売をしているのが我々IRISです。

当然、勝算があってやっているわけで、それについてはいつか書いてみるかもしれません。。。
Commented by lightpurple at 2012-09-27 00:01 x
こんばんは。通訳のジレンマ記事のフォローアップを待っていた一人です。
今回はIR通訳に特化したお話でしたが、確かにそうですよね、、、
質について評価されない(にくい)のに技を磨くのは高い職業意識(と、対象に対する専門知識)が必要ですよね。
まだ訓練もきちんと始められていない私ですが、IR関連の知識は積み上げているつもりです(!)。
引き続き色んな発信を楽しみにしています。
Commented by dantanno at 2012-10-09 07:18
楽しみにしてくれてありがとうございます。
IRの分野では、企業側のIR担当者の英語レベルが徐々に上がってきています。
それは、一見IR通訳業界にとってNegativeなこと(通訳者不要になってしまうので)ですが、我々のようなハイ・クオリティの通訳を追及するエージェントにとっては、「他エージェントとの差を実感していただける」という意味で、非常な追い風だと思っています。
lightpurpleさんの合流をお待ちしています!またオフィスにも遊びに来てくださいね。
by dantanno | 2012-09-26 20:19 | IR通訳 | Comments(2)