たまには、通訳者視点のマジメな話。
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グローバル展開する日本企業が、どこかのタイミングで考えるといいと思うのが「国内」というフレーズの使い方、そして訳し方です。
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例えば「国内では〜」とか「国内事業」とか言いますよね。そしてその訳は、まあフツーに訳すと"domestic"。
これでいいんです。いいんですが、、、
訳者である僕が「国内」を"domestic"って訳しますよね。で、我々訳者の仕事って、訳を出した時点でまだ終わらないんですよね。その語が読み手/聴き手の頭の中でどう処理されるか、を責任をもって考えるところまでが我々の仕事です。
じゃあ、僕が発した(*正確には「訳した」)"domestic"を読んだ/聴いた外国人の頭の中で何が起きるかというと:
domestic
→ 国内、という意味だな
→ どの国?どこの国内?
→ 日本、だな。この会社は日本の会社だから
→ Japan
と、数段階に渡る処理が行われるんですね。
これが申し訳ない。
だから、日本企業が「国内」と言った場合、それを"domestic"と訳すのもいいが、一方でそれを”Japan”と訳すのもアリ、ということ。
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さて、ここまでは、多少気の効いた訳者であれば当然考え、実践していること。
今日は、この問題について一歩踏み込んで考えてみたい。
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訳者である僕が発した"domestic"を受け止める、そのオーディエンスは誰か。
例えばIRのミーティングやイベントで発せられた「国内」であれば、その訳である"domestic"を耳にするのは外国の機関投資家たちです。
ビジネスの交渉の場で発せられたものであれば、それを聴くのはビジネスパートナー、つまり取引先や出資先候補等の人たちです。
そして、その会社の社内メッセージ(イントラネットとか、社内報とか)であれば、その読み手は外国人社員や、その日本企業が出資・投資している先の外国企業の社員たちです。
その人たちは、僕が訳した"domestic"を読み、あるいは聴き、(ああ、この会社は「日本の会社」なんだな)と思うでしょう。だって自国である日本のことを「国内」って言っているわけですから。
「日本の会社」でいいんです。実際、日本の会社だし。それはそれで、もちろん大いに誇りを持っていいし、強く発信すればいい。
ちなみに僕の会社の名刺も「日本」を強く打ち出しています。
「日本のIRを支えるんだ!」という気概を出したつもりです。
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さて、その一方で、"domestic"と聴いたその会社の外国人社員とかはどう思うでしょうか。海外で頑張っている出資先企業の人たちはどう思うか。
(ウチの会社/親会社はあくまでも「日本の会社」なんだな・・・)と思わないか。(自分は「国内」の反対、つまり「外」にいるんだな・・・)と思わないか。
それが、ちょっとロンリネスwというか、疎外感というか、一体感の無さというか、そういうネガティブな想いにつながらないか。そこが気になるんですよね、日本のIRを担う訳者としては。
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日本国内で「国内」とするのは何も問題ありません。が、要は海外向けにいつまで”domestic”を使うか、ということです。
その会社がグローバルに展開する過程で、徐々に「日本」も「世界の数多くの国の一つ」に位置付けていく、という戦略もアリだと思うんです。
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<結論>
じゃあ、「国内」をどう使い、どう英訳するか、ですが、いくつかパターンが考えられます:
① 日本向けには「国内」と言い、英訳は”domestic”と訳す
つまりフツーのパターンですね。
② 日本国内向けには「国内」と言い、それを英訳する際は”domestic”ではなく“Japan”と訳すパターン
訳者が「国内」を"domestic"と訳してきたら、理由を説明した上で「Japan、でお願いします」と訳の修正を依頼する。
そして一番ドラスチックなのが
③ 日本国内でも「国内」ではなく「日本」と言い、英訳時はそれをそのまま“Japan”と訳す、というパターン
この場合、日本のオーディエンスに対しても「当社は真にグローバルな会社であり、日本は(もちろん会社の礎を成しているし最も大事な国ではあるものの)one of themなんです」というメッセージングになる。
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①〜③、どれがいいか。正解はありません。
でも、これはその会社の気概とかアイデンティティーに関わる話なので、しっかりと経営委員会や取締役会で議論した上で表現を決めて行くべき問題だと思っています。
以上、通訳者視点のコメントでした。