たんのだんのブログ

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氷水

一口飲ませてくださいな。

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つめたい。。。

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by dantanno | 2015-01-17 18:57 | プライベート | Comments(0)

食品への異物混入に思う

次から次へと出てきて、後を絶ちませんね。
思うことは3つ:



1. あってはならないことだし、企業サイドにはこういうことが無いよう最大限の努力をしてほしい。



2. 事業の規模を考慮に入れるべき

例えば
マックや吉牛等の大手チェーン店
VS
近所のフツーの飲食店
で比較した場合。

<店舗数>
近所のフツーの飲食店は、そのお店1軒しかありません。
マックは何店ですか?3000店ぐらい?3000倍です。

<営業時間>
近所のフツーの飲食店は、ランチタイム(2.5時間と仮定)とディナー(5時間と仮定)しかやってません。
マックは朝から晩までずっとやってます。24時間の店もたくさんありますね。まあ、仮に近所のフツーの飲食店の2倍の営業時間とします。

<回転数>
近所のフツーの飲食店は、一番高回転であるランチタイムでも、x回転。
その間マックは一体何回転してるんでしょうか。10x回転?



マックのように大成功しているチェーン店だからこそ、異物混入などのトラブルを防ぐよう策を打っているでしょうが、
マックのように大成功しているチェーン店だからこそ、異物混入などのトラブルが発生する件数は、近所のフツーの飲食店の 3000倍 X 2倍 X 10倍 = 60,000倍ある、と考えることも出来る。

すなわち、近所のフツーの飲食店において異物混入が1件発生するのに対し、マックでは6万件発生してもおかしくない、という考え方も出来る。

だからいいじゃないか、ということではありませんが、この規模感も考慮する必要があると思います。



3. 「単なる言いがかりもある」と考えた方が自然

なぜ、昨年末から急に、後から後から異物混入の訴えが相次ぐのか。

外食産業における衛生管理が、昨年末から急速に悪化したんでしょうか。
外食産業だけではありません。和光堂もローソンもですから、「消費者向けにサービスを行っている産業全体」において、昨年末から衛生管理の劇的な悪化があったのか。



あるいは、異物混入は今までも慢性的に発生していたものの、これまではお客さんの側がなぜかずっと泣き寝入りし続けていたのか。
それが、昨年末から急に勇気が出て、被害を訴え始めるようになったんでしょうか。



どちらも、あまりあてはまりそうにありません。
では、なぜ今になって後から後から異物混入の訴えが相次ぐのか。

最初の頃の訴えは本当だったかもしれませんが、その後の訴えについては、(千載一遇の好機!)とばかりに自作自演をしている人たちもいるのではないか。



たとえマックがどんなにまともな企業で、どんなにまともな運営をしていても、その敵は無数にいるでしょう。

今までマックの店舗で何らかの不快な思いをした、という人もいるでしょう。
(「近所のフツーの飲食店」と比べ、お客さんにそういう思いをさせてしまうリスクも、マックの場合何千倍、何万倍になります。)

あるいは、マックの成功を快く思っていない外食産業のプレーヤーだっているでしょう。
「ウチが閉店に追い込まれたのは、近くにマックがオープンしたからだ!」
と思っている(思い込んでいる)「近所のフツーの飲食店」の関係者もいるでしょう。



マンガやドラマでお馴染みの
「料理に○○が入っていた!どうしてくれるんだ!!」
と言いがかりを付ける手口は昔から存在します。



4. 「注目されたい」という気持ち

我々がFacebook, Twitter, ブログを熱心にやるのは、「つながっていたい」、「共感してほしい」、そして「注目されたい」といった、様々な気持ちが複雑に入り交じった結果だと思います。
自分についても感じますが、人間の「注目されたい」という気持ちはとても強い。

それがときには放火とか、らくがきとか、異物混入の自作自演とか、ゆがんだ形で現れることもあるでしょう。



5. 異物混入に関わる立証責任の問題

異物混入で悩ましいのが、Burden of proof(立証責任)の問題だと思います。

「異物が混入していた」と訴える客は、それを立証・証明する義務を負いません。
異物が混入していた、と訴えるだけで大問題を起こすことが出来ます。
今はとてもタイムリーな話題ですから、メディアもすぐに飛びつき、騒ぎを大きくしてくれます。

それに対し店側・企業側が反論するためには、
「異物は混入していなかった」
ことを証明する必要がありますが、それはもう不可能です。



6. 自作自演の発覚に期待

前記の通り、食品への異物混入については自作自演がとてもしやすく、また発覚しにくい。

でも、例えば監視カメラがその様子、つまり客が異物を自分で「混入」させている様子をとらえていたりすることもあるでしょう。

あるいは、その客に多少なりとも良心が残っているならば、客本人が後日その良心の呵責にさいなまれて名乗り出ることにも期待しています。



マック等の大手チェーンに何か恩義を感じているわけではありませんが、日頃とてもお世話になっているのも事実。
無ければ困るし。特にときどき(ビッグマック食べたい・・・)と思ったときなど。吉牛やコンビニと同様、社会の大事なインフラです。

今異物混入の問題で苦しんでいる企業の方々には、もちろんその根絶に向けて努力していただきつつ、ぜひがんばってこの危機を乗り切ってほしいです。


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by dantanno | 2015-01-11 04:39 | 提言・発明 | Comments(0)

Shield your joyous ones: ハッピーな人を大事にする

ウチの奥さんはポジティブな人です。
明るくハッピーな人です。

彼女を知る人は、みんな同意すると思う。
僕もそう思う。
彼女自身も、多分そう思っている。

ということは、きっと本当にそうなんでしょう。



奥さんがハッピーな人であるおかげで、僕を含め、周りもハッピーになります。

そんな奥さんの口癖は
「ハッピーな人が増えれば、世の中はより良くなる」

そして、彼女は実際にそれを地で行こうとしていて、世の中をより良くする仕事への取り組みを開始しています。



ーーー



そんな奥さんと比べ、僕にはちょっとネガティブな面があります。

二人の関係を表すために作った架空のエピソード↓

例えば、ちょっとよさげなお店を雑誌で見つけ、実際に出掛けて行ったらあいにくその日が臨時休業日だったとします。



D 「あーあ、閉まってたね。家出る前に電話して確認すればよかったね」



・・・。
どうしてこういうことを言ってしまうのか。
それを言うことによって、なんら建設的な結果につながらないことは分かっているのに、こうしたグチをはいてしまうことがあります。



それに対し奥さんは

「でも、さっき駅からここまで来る途中にステキなお店があったよ。あそこに行ってみない?
それに、新しい街に来るのってなんだか新鮮だし。
あ、見て、夕日がキレイ♪」



話を分かりやすくするために多少盛りましたが、でも実際、一事が万事この調子。
ネガティブな気持ちになりかけていた僕も、これではどうしてもハッピーに傾かざるをえません。



ーーー



ウチの奥さんは一体なぜハッピーな人なのか、考えました。

先天的な面と、後天的な面があるでしょう。

先天的: 遺伝
後天的: 育ち方、及び彼女自身の考え方・生き方

いずれにせよ、親の影響が大きいと思います。



彼女がハッピーなのは、生まれつき。親の影響。
彼女はそういう人。That's just who she is.

そう思って来ました。



ーーー



一瞬話がズレますが、我々が生きている目的は何か。

なぜ学ぶのか。
なぜ働くのか。
なぜお金がほしいのか。
なぜ家族を持ったり持たなかったりするのか。
なぜどこかに住んだり、引っ越したりするのか。
なぜ生きるのか。

結局、人生の目的は「ハッピーになること」のような気がします。
そして、我々が人生において取る全ての行動は、ハッピーになるために取っているんだと思います。



人生の目的が「ハッピーになること」だとすると、ウチの奥さんのように根っからハッピーな人は、人生における強者というか、成功者であるとも考えられます。



実際、目の前にハッピーな人とアンハッピーな人がいたとして、どっちを助けるか?

ハッピーな人は、ハッピーなだけあって、なんだかほっといても大丈夫そうです。自分でなんとか出来ちゃいそうです。
一方、アンハッピーな人はアンハッピーなんだし、かわいそう。なんとかして構ってあげないと、、、助けてあげないと、、、という気がします。

ウチの奥さんに対してもそうで、「ほっといてもOK」とはもちろん思いませんが、そのハッピーぶりを見ていると、「大変だ、助けてあげないと・・・」という気が起きないのも事実です。



ーーー



でも、本当にその考え方でいいのか?
と最近思い始めました。



ーーー



元旦、寒かったですね。

とても寒いとアンハッピーです。
寒いとき、人はどう行動するか。

ハッピーになるためには、
1.今の「寒い・・・」という状況をなんとかしたい!と思い、
2.周囲の気温や自分の来ている服など、状況を分析し、
3.働いて、お金を稼ぎ、そのお金を持ってユニクロに行ってヒートテックを買い、着る
ことが必要になります。

「寒い、寒い」と文句を言っているのが、実は一番ラクです。
その結果ハッピーにはならないけど。

人がハッピーになったり、ハッピーであり続けるのは大変なことです。



ブログを書いていても、同じようなことを感じます。

誰か/何かを皮肉ったり、批判したり、文句を言ったりするブログ記事が、実は一番書きやすい。
「そういう記事を書きたい」という欲望は強く、実際に書くと、なんだかスッとする。

認めるのが恥ずかしいし、実に本末転倒ですが、読み手の気が滅入る(Bring people down)であろう内容を書いてしまいたい、という歪んだ気持ちがどこかにある気がします。
そして、そういうネガティブな記事のネタは見つけやすいし、書きやすい。



一方、今まで僕が書いた記事の中で、比較的多くの人が賛同し、喜んでくれた記事は、その逆です。
読んでいて元気になったり、楽しい気持ちになる記事です。
それほど多くはありませんが、いくつかあります。

そういう記事を書くのは大変です。

いい着眼が必要だし、謙虚な気持ちでいることが求められるし、書くのに多くのエネルギーを要します。
何よりも、僕自身がハッピーな気持ちでないと書けないので、自分自身をハッピーにする必要があり、それがとても大変です。



こうしたことをつらつら考えていると、人がハッピーになり、ハッピーであり続けるためには、本人がそれを自覚しているかどうかは別として、いろいろな要素が必要となることに気付きます。

・ そもそも「ハッピーになりたい」という強い意思
・ 自分を客観的に見つめる謙虚さと、周りへの思いやり
・ 実際にハッピーになるための、具体的かつ継続的な努力

ある人がハッピーであるのは、偶然や当たり前ではない。

そして、アンハッピーな人も、その人次第でハッピーになれる余地が大きい。



<ハッピーな歩き方をすると、少しハッピーになれる、という研究結果を報じる新聞記事>

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<最近読んだ本からの抜粋>
The belief that unhappiness is selfless and happiness is selfish is misguided.
It's more selfless to act happy.
It takes energy, generosity, and discipline to be unfailingly lighthearted.
Yet everyone takes the happy person for granted.
No one is careful of his feelings or tries to keep his spirits high.
He seems self-sufficient; he becomes a cushion for others.
And because happiness seems unforced, that person usually gets no credit.



ーーー



前述の通り、ウチの奥さんがハッピーであることに占める親の役割は大きい。
でも、親が大工さんやサッカー選手だからといって、子が大工さんやサッカー選手にならないことが多いのと同様、親がハッピーな人でも、子がハッピーな人になるとは限らない。

そして、ウチの奥さんにも、僕と会う前、そして会った後、いずれもいろいろ大変なこともありました。
それでも奥さんがハッピーなのは、「そういう人だから」ではなく、ハッピーであるために努力しているから。Is making the effortだから。
当たり前では無いんだな、と。

そして、彼女のそうした努力は、彼女のすぐ身の回りの人たちはもちろん、世の中全体のためになっています。



バレリーナであれ、経営者であれ、名医であれ、その分野で活躍し、成功している人たちがいます。
その人たちのおかげで、世の中はより良くなっています。

そういう人に対し、「親のおかげだ」とか、「あの人は元々ああいう人だから」とか、「それで当たり前」とは、僕は思いません。
リスペクトと感謝、そして「応援したい」という気持ちを感じます。

だったら、ウチの奥さんも全く同じではないか。



ーーー



前掲の本にも登場する、Saint Augustine(アウグスティヌス)という、なんだかエライ人のことば。

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“Watch, O Lord,
with those who wake,
or watch or weep tonight,
and give your angels charge
over those who sleep.

Tend your sick ones,
O Lord Jesus Christ;
rest your weary ones;
bless your dying ones;
soothe your suffering ones;
pity your afflicted ones;
shield your joyous ones;
and all for your love's sake.

Amen.”



「神よ、民をお守りください」的な内容だと思いますが、この
Shield your joyous ones
がおもしろいと思いました。

joyous: 辞書で引くと「喜ばしい、喜びを与える、喜びにあふれた、楽しい」とあります。
そういう人ならほっといていいのではなく、そういう人こそshield(保護・防御)してください、というお祈りです。

なるほどなあ。

僕は宗教は信じていませんが、何教であれ、こうしたいい教えはどんどん学び、取り入れていきたいものです。



ーーー



今年の目標は、奥さん(そして、その他自分の周りのハッピーな人たち)に対して:

1.I mustn't take her happiness for granted
彼女がハッピーな人であることを当たり前と思わず、多大な努力・苦労の結果であることを自覚する

2.Don't bring her down. Help her in her quest of "making others happy".
僕の相対的ネガティブさで奥さんを引きずるのではなく、その逆。
彼女がハッピーでい続けられ、世をハッピーにするというミッションを達成できるよう、サポートする



ハッピーだからサポート不要なのではなく、ハッピーな人だからこそ サポートしてあげる必要があることにようやく気付いた。
そして、それが結局は自分のため、ひいては世のためになることを考えると、これは今年一年の目標にとどまらず、生涯に渡る目標にしようと思いました。



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by dantanno | 2015-01-02 05:05 | 日々研鑽 | Comments(2)