たんのだんのブログ

irisjapan.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2014年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

悔恨

電車に5億回ぐらい乗る日に限って、家にSuica忘れる。

d0237270_1254451.jpg


やはり、ズボン??脱ぎっぱなしはよくない。
by dantanno | 2014-11-26 12:51 | 自戒ネタ | Comments(0)

同通回避!

昨晩は幼馴染みのケンちゃんと飲みに行きました。

実はつい最近も行ったばかりだったんだけど、その時は会ってすぐにカラオケに入り、長渕を「あ」から全曲唄う、という荒行が始まってしまい、

d0237270_9345115.jpg


全然話が出来なかったので、

d0237270_9345296.jpg


また行こう、ということになったのでした。



今回は、昔よくつるんでた新宿の小滝橋通りで集合し、まずは中本へ。

d0237270_9345335.jpg


僕が目を離したスキに、激辛麻婆豆腐をトッピングされ、

d0237270_9345391.jpg


おかげさまで今日は朝からお腹がゴロゴロ言っています(笑)。

そんなときはこれ。

d0237270_9345430.jpg


この前イギリスでゴロゴロしたときにBootsで手に入れたんですけど、

d0237270_934545.jpg


飲んだら30分ぐらいで確実に効きます。



おかげで、今日は同通(同時通訳ではなく、「通訳と同時にお通じ」の略)を避けられそうです。



ケンちゃん、昨日も結局全然話せなかったな。

また近々!
by dantanno | 2014-11-26 09:25 | Comments(0)

変な思い込み

思い込みが激しいです。

なぜそう思うかというと、日々の生活の中で「実は思い込みだった・・・」ということがときどきあるから。
そんなには無いけど、ときどきあります。



これはきっと氷山の一角。

思い込みが激しい僕でさえ、「実は思い込みだった」と気付き、認めざるを得ないことがときどきあるということは、「実は思い込みだった」のに、それに気付いていない、あるいはうすうす気付いているんだけど認めることが出来ていないことは、きっとそれ以上に頻繁にあるんだろう。

d0237270_19593422.jpeg


「思い込みだった」というのは、要するに自分の認識が現実とズレていた、ということ。
それに気付けた場合、自分の認識を現実に近づけ、修正出来る。

でも、「思い込みだった」ことに気付けていない、あるいは認めることが出来ていないとき、自分の認識と現実とのあいだの隔たりはそのまま残ってしまっている。



ーーー



世の中がどういうものかは、その人が世の中をどう見るか次第で変わってくる。
全く同じ状況におかれていても、それを心から楽しめる人もいれば、とってもイヤだと感じる人もいる。

これは「起きている現実をどう解釈するか」の話であって、思い込みとは異なる。
思い込みは、現実を現実としてとらえられていないということだから、現実をどう解釈するか以前の話。



順番としては

1.起きている現実を正しく把握・認識する
2.その現実を、自分はどう解釈するのか、を決める
3.その解釈に基づき、実際に行動を起こす


通訳で言えば、

1.話し手が「何と言ったのか」を正確に聞く
2.それがどういう意味なのか、を考える
3.その意味が聞き手に正確に伝わるよう、訳す


一言で言うと

1.認識
2.解釈
3.行動

ということか。


ーーー


この中で、2.解釈や3.行動は人それぞれ好きにやればいいわけで、正解は無いかもしれないが、1.認識については、「何が起きているのかを正しく認識する」のが正解で、それ以外は不正解だとも言える。

別の言い方をすると、個性を尊重するのは大事だし、世の中の「フツー」からズレて「変」であるのは個人的にとっても素敵なことだと思うけど、その個性が発揮できるのは2.解釈あるいは3.行動においてであって、何が起きているのか、今どういう状況なのか、という1.認識において変に個性を発揮しようとすると、それは「変」ではなく単なる「偏」「片」、あるいは「變」になってしまう可能性があるので、注意しようと思いました。

d0237270_20005042.jpg


by dantanno | 2014-11-23 20:03 | 自戒ネタ | Comments(0)

書記通訳

この前担当した、一風変わった通訳案件。

ある会社の海外IRで、社長・IR部長・証券会社の担当者(インベストメント・バンカー)と一緒に海外をまわりました。



会社側のメインスピーカーである社長は英語が堪能。
(じゃあ通訳いらないじゃん)って話なんですが、確かに社長は通訳不要でも、同行しているIR部長が英語出来ないため、IR部長のために通訳をしてほしい、ということでした。

ってことは、ミーティング自体は社長と海外投資家間で英語でやるんでしょうから、IR部長の隣に座ってウィスパリング通訳をするんだろうな、、、と思いきや、そうではありませんでした。



企業 「ウィスパリングではなく、PCに打ち込んでほしいんです」とのこと。
Dan 「え、訳をですか?」
企業 「そう。」



要するに、社長と海外投資家が英語でやり取りしているそばから、話されている内容を口頭で訳すのではなく、PCに文字として打ち込んでほしい、という依頼です。
IR部長は、僕のPCの画面を眺めて(なるほど、そう言っているのか・・・)と確認する、ということです。


d0237270_04184964.jpeg

おもしろそうです。
ぜひ担当させていただくことにしました。



ーーー



準備の段階で(どうしたもんかなあ・・・)と、あれこれ考えました。


多分、これは変換の勝負になるな、と。



「恩赦の強豪はどう言うkakaku設定をしているんですか。
剃れに大使、胴体高しますか?」



だと、仮にうまく「訳」せたとしても、上手にデリバーしたことにならない。

d0237270_04182856.png

いろいろ調べて、日本語入力システムであるATOKを有料でPCに入れてみました。

詳細は割愛しますが、これはいいですね。
特にMacユーザーにお勧めです。



ATOKを使いながらのスムーズな入力を練習し、その業界の専門用語(本番で出てきそうなもの)をいくつか単語登録し、準備を終えました。



ーーー



さて本番。
予想通り、楽しく「通訳」することが出来ました。

しかも、この方式には思わぬメリットも。



1. 静か(笑)

ウィスパリング通訳だと、ミーティング中、通訳者がずっとつぶやいていることになります。
小さな声ですが、気になると言えば気になります。当たり前ですが、通訳を必要としていない人ほど気になります。

剃れに大使、じゃなくて、、、それに対し、PCに打ち込む方式だと、通訳者が声を発しないで済みます。
もちろんPCにパチパチ打ち込む音はするし、一生懸命会話についていこうとするとややバチバチ気味に打ってしまいましたが、やはり肉声と比べると気にならないでしょう。



2. そのまま議事録になる

普段僕がする通訳は、言ってるそばから消えて無くなってしまいますが、今回は別です。
交わされた会話をほぼ全て、しかも訳された状態でPCに打ち込むので、終わった後、それがそっくりそのまま議事録になります。

これは証券会社から同行しているインベストメント・バンカー(議事録作成担当)にとても喜ばれました。
今後、議事録作成サービスもやろうかしら。

一日一緒に回って、その日の全てのミーティングの議事録を(ちょっと手直しした上で)メール添付して送り、その日の仕事が無事終了。
ビールもなかなかオツな味がしました。



3. 食事しながら通訳できる

いろいろな形態の通訳がありますが、ある意味楽しく、ある意味とてもつらいのが「食事しながらのミーティングの通訳」。
ミーティング中に通訳者も一緒になって食べてしまうと、通訳が出来ません。
だから、基本食べられません。

しかも、こういうミーティングに限って、えてして高級レストランとか、おいしそうな割烹とかで行われて、お腹がギュルギュル言っているのが周りに聞こえるか不安な思いをしながら訳すことになります。

こういう場合、最初から通訳者の分の食事は用意されないか、ミーティングの前にパパッと食べられるサンドイッチ的なものを用意していただけることも多いですが、通訳者の分もしっかり食事が用意されていることもあります。ありがたいんですけどね。

そんなとき、ほとんど手を付けられなかった料理が下げられるのを目で追うときのうらめしそうな僕の顔(笑)。


d0237270_04065460.jpg


ときどき、会議参加者が気を利かせてくれて
「ダンさん、どうぞ食べてください」
みたいに言ってくれることがあって、
Dan 「あ、ありがとうございま・・・」
とフォークをのばしかけると、その人が
「で、今後の戦略ですが、」



会話を止めてくれないと、僕食べられません。。。



その点、「書記通訳」ならサイコーです。
モグモグバクバク食べながらでも、PCにパチパチ訳を打ち込めますから。



ーーー



話変わって、ウチの近くの銭湯によく行くんですが、そこでは湯船に入りながらもNHKを見られるよう、壁に埋め込まれた大画面TVがあって、話されている内容はTVに字幕としてほぼ同時に表示される仕組みになっています。
みなさんも、家のTVでNHK観ながら「字幕」って押してみると、もしかしたら日本語の字幕が出るかもしれません。それです。



(お風呂入ってまでTV(しかもNHK)見なくても・・・)
という気もしますが、番組内容がおもしろいと
(ああ、これは便利なサービスだな)
と感じる気まぐれ屋です、僕は。

以前、フロに浸かりながらその字幕を眺めていて、
(よくこんなに早く打ち込めるなあ)
と感心したものですが、がんばってやってみると、意外と出来るものです。しかも訳しながら。



一番のカギは、やはり幹事の返還でした。

by dantanno | 2014-11-21 04:14 | プレミアム通訳者への道 | Comments(0)

人生が拡がるFT Weekend

毎週土曜日の朝の楽しみが、家の近くの新聞屋さんに行って、Financial Times誌の週末版である、FT Weekendを買って読むこと。



d0237270_16373326.jpeg


平日のFT紙面は 本編 と ビジネス面(Companies & Markets) で構成されていますが、FT Weekendはそれに加え


d0237270_20594974.jpg
"Life & Arts"セクション  文字通り、人生やアートについてのいろいろな記事が載っています。FTの記者が著名人と食事をしながらじっくりインタビューし、そのやり取りが一面まるまる使って記載されている記事(Lunch with the FT)が好きです。


とか


d0237270_20590786.jpg
"House & Home"セクション  世界のいろいろな場所で暮らしている人たちを紹介。半分広告です。各地の豪邸の広告写真を眺めて、どの家にしようかなあ、これだとちょっと掃除が大変かなあ、、、みたいに妄想するのが楽しい。また、毎回誰かをピックアップし、その人の家、および家というものに対する考え方を取材したインタビューがあるんですが、これがおもしろい。



とか、さらには


d0237270_21025587.jpg


とか、挙げ句の果てには


d0237270_21032498.jpg



といったセクションまであります。



そして、毎回結構楽しみなのが How to spend it というショッピング欄。

ネーミングも秀逸なこの欄は、本紙とは別の小冊子になっていて、内容はショッピングはもちろん、こちらも実に幅広い。
写真はクリスマスの特別バージョン。


d0237270_21063174.jpg

How to spend it  いろいろなショッピング情報が盛り込まれています。My Perfect Weekendという、いろいろな人の「最高の週末の過ごし方」を紹介した記事がおもしろい。もちろん記事では多少盛っているんでしょうが、それにしても自分の週末の過ごし方とのギャップに落ち込むこともありますが。



ーーー



なぜFT Weekendがそんなに好きなのか、考えてみた。
視野が広がるからだと思う。

世の中はもちろんビジネスだけじゃないし、
日本、あるいは日本語だけでも全然無いし、
お金は貯めるだけでなく上手に使うのも大事。

そんな「当たり前」にこれでもかというぐらい気付かせてくれる、貴重な手がかりです。



FT Weekendを読むのは、えてして海外にいるときです。
空港のラウンジとか、ホテルの朝食会場でちょっぱったやつを後でじっくり読むのが楽しいんです。

海外にいて、そもそも視野が広がる土台が出来ているところにFT Weekendがドーンと来るから、さらに視野が広がる感じがするのでしょう。

by dantanno | 2014-11-16 21:12 | グローバルに生きる | Comments(0)

「公立女子大行きたい」男性、出願不受理は違憲と提訴へ

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6138643

とてもおもしろい出来事で、単に(笑)で済ませるのはもったいない。

d0237270_23331431.jpg


主に男子校で育ち、今は女子大学院で教える者として、
「なぜ男女を分けた方がいいのか」
ということと、
「仮に分けた方がいいのであれば、どの年齢のときに分けた方がよくて、どの年齢のときは逆に分けない方がいいのか」
ということをよく考える。

ニュースに登場する学校は
「女性のリーダーを育成する」
と言うが、だったら男と一緒にした方がいいような気が(素人考えでは)する。

AKB48の中だけとか、宝塚の中だけとか、そういう特殊な世界を想定しているならともかく、ビジネス、政治、アート、芸能界、医療、国連、などなど、どの世界でも参加者の少なくとも半分は男なんだから。
それに、AKB48だってファンの多くは男なんだし、宝塚だって男役(?)があるわけだから、男のことを分かっているとかなり助かると思う。

言い方を変えると、共学ではないことに伴うデメリットは間違いなくある一方で、メリットは何なのか、ということか。
確かに存在するデメリットを上回るだけのメリットがあるのかどうか。

引き続き考えたいテーマ。

by dantanno | 2014-11-15 23:20 | 提言・発明 | Comments(0)

イギリス・ヨークの鉄道博物館に行く

d0237270_10332728.jpg


d0237270_1375297.jpg


d0237270_1395412.jpg


本物の駅舎のような博物館。

d0237270_1363518.jpg


一番のお気に入りはこれ。

d0237270_10151886.jpg


日本の新幹線コーナーもありました。

d0237270_12532812.jpg


懐かしい風景。

d0237270_12534631.jpg


Open / closeではないところに味がある。

d0237270_12571791.jpg


こういう巨大な物体とiPhone、どちらも「一台の機械」なんだなあ、、、と、

d0237270_1312945.jpg


オチの無いことを考える。

d0237270_13102093.jpg


子供。

d0237270_1331751.jpg


d0237270_1354197.jpg


Trainspottingについて詳しく解説していて、とてもおもしろかった。

d0237270_13192470.jpg


日本の鉄道ファン(鉄ちゃん?)は電車の写真を撮るけど、こっちでは車両番号をノートに控えるのが流行ったらしい。

d0237270_1381710.jpg


こういう一見意味の無い行為にパッションを感じられる国民性は、意外と共通しているのかもしれない。
自分にも多分にそういう所があるし。

d0237270_13125087.jpg


鉄道ファンならずとも、ぜひおすすめのスポットです。

d0237270_13123647.jpg

by dantanno | 2014-11-12 13:19 | 日々研鑽 | Comments(2)

ブログと個人を切り離す

ブログを実名で書いている。

ブログを実名で書くと、ブログに書いた内容が、自分に対する評価に影響する。

「ブログに書いた内容が、自分に対する評価に影響する」ことが分かっているから、ブログを書く際、「人からどう思われるか」をすごく意識する。
具体的には、「僕のブログを読んでくれた人が、一体どう思うか」を意識する。



人生において「人・世間からどう見られるか」を意識することが諸刃の剣であるように、
「ブログを読んでくれた人が、一体どう思うか」を意識するのには、いい面もあるし、悪い面もある。


● いい面

- おもしろいテーマを見つけようと努力するようになる
- 伝わりやすい文章を書くよう努力する
- 読み手を不快にさせる内容を書かないよう、意識する




● 悪い面

- ツッコミを先回りして潰した結果、文章がつまらなくなる

ブログを書いている際、
(読者がこの一文を読むと、こういうツッコミが頭の中に浮かぶだろうな)
って思うことがあるんだけど、
(だったら、こういうふうに表現を変えることによって、そのツッコミが生まれないように出来るな)
といった具合に、文章がどんどん変質していく。
最初はとんがっていた法案が、国会審議で骨抜きにされ、結局毒にも薬にもならぬものになることが実際にあるのかどうか知らないけど、もしあるならそれと似てる。

- 人を不快にさせたくないがために、本当に思っていること、本当に書きたいことを書かなくなる

上記ツッコミの話にも関連するけど、誰も不快にさせず、誰からもツッコミが入らない文章って、果たして書く意味があるのか、という気もする。
だったらそんなこと気にしないで、好きなように書いてみるのもいいと思う。

- 自分への評価向上につながるようなことを書きたくなる

日頃生活している中で、(あ、これ、ブログに書こうかな、どうしようかな)と思うことがままあるんだけど、その際必ず頭の片隅にあるのは、(これ書いたら、どう思われるかな)という点。

そして、実際に文章を書いている際も、(こういう書き方をすると、読み手はオレのことをどう思うかな)といったことをどこかで考えています。



この点、本当におもしろいなあ
と思うのは、自分への評価向上につながるよう内容や書き方を選べば選ぶほど、逆に評価は下がる面も大いにあるから。



---



もし、ブログを匿名で書いたらどうなるんだろう。



人目を意識することに伴ういい面、すなわち
- おもしろいテーマを見つけようと努力するようになる
- 伝わりやすい文章を書くようになる
- 読み手を不快にさせる内容を書かなくなる

は、まあ引き続き残る気がする、実名で書かなくても。

一方、悪い面の最後の点 「自分への評価向上につながるようなことを書きたくなる」というのが無くなるかもしれない。
匿名で書けば、誰が書いているのか分からないんだから、よく思われようとあがいてもしょうがなくなる。



ブログを匿名で書くということは、そのブログから僕個人を切り離す行為だと思う。

d0237270_14595164.jpg

つまり、「いいブログにしたい」とか「読み手におもしろいと思ってほしい」という気持ちは引き続き残るけど、僕個人が関係無くなるから、僕の虚栄心がマイナスに作用しなくなる。



本当にまっさらな気持ちだと、自分は一体どういうことをどのように書くのか、とても興味がある。

このブログはこのまま続けつつ、匿名ブログ、もしかしたらやってみるかも。
結局ただの日記になるのかしらん。



読者のみなさん、
(あれ? この文体、どこかで・・・)
と思ったら、それはひょっとして僕かもしれません(笑)。
by dantanno | 2014-11-05 14:57 | 自戒ネタ | Comments(0)