たんのだんのブログ

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視野

世界中から大注目を集める、中国アリババのIPO。

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そんなアリババのサービスを、僕は利用したことが無い。
少なくとも、利用したという認識は無い。



それ自体は別にいいんだけど、自分がいかに世界の中のごくごく小さな一部で生きているかを実感するとともに、視野を広げる必要性を痛感。



視野を広げるに際し、

(視野、広げたいなあ)

と思うのは出発点でしかなく、具体的に行動するのがいいと思う。

具体的な行動をあれこれ思案中。
by dantanno | 2014-09-21 12:51 | Comments(0)

好奇心

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by dantanno | 2014-09-20 08:54 | Comments(0)

ミス・コンシダレーション

盲目のおじさんが、駅の階段を降りていました。



慣れた感じでスタスタ行くのではなく、手探りで降りている感じでした。
(もしかしたら最近失明したのかもしれない・・・)と思いました。



一度通り過ぎましたが、やっぱり気になって後戻り。

他の人が何人か通り過ぎるのを待って、おじさんに近寄っていき、
「あの-、ホームまでお手伝いしましょうか?」

それに対しおじさんは、笑顔で
「いえ、大丈夫です、ありがとうございます。」

と言いました。

その瞬間に、自分の発言に強い違和感・嫌悪感を感じました。



なぜ、
「ホームまでお手伝いしましょうか?」
と言ってしまったのか。

なぜ
「ホームまでご一緒しましょうか?」

と言えなかったのか。



おじさんはもしかしたら、僕の「手伝ってあげる」的な態度に不快感を覚えたかもしれない。



---



配慮が足りないんです、僕。
悪気は無いんだけど。

いや、悪気が無いからこそこうなるのかもしれない。



階段を降りる、目が見えないおじさんに対し「お手伝いしましょうか?」と声を掛けるときの僕の心の中は、100%善意であって、悪意はありません。

でも、悪意が無いからこそ、自分がやっていることは正義である、という傲慢が生まれ、その結果、
「お手伝いしましょうか?」という言い方だともしかしたらおじさんは不快に感じるかもしれない
という配慮が欠落したのではないか。



---



僕が昔からよく言われてきた「アレ」を思い出しました。



例えば初対面の人と飲みに行って、いろいろ楽しく話しますよね。
すっかり意気投合し、僕のことを気に入ってくれた相手が

相手 「いやあ、ダンさん、あんた完全に日本人ですね!」

と言ってくれるときの相手は、善意100%です。

僕もすごくうれしいです。
なんだか認められた気がするし。



でも、それは僕が自分を日本人だと思っているから。



もし僕が自分をイギリス人だと思っていたら?
それなのに、人に「いやあ、あんた日本人だね!」と言われたら、例えそれが100%善意に基づいていても、多少不快に感じるかもしれない。

あるいは、仮に自分を日本人だと思っていたとしても、人に「いやあ、あんた日本人だね!」と言われたら、「僕が何人かは、僕が自分で決めてもいいですか?」と思うかもしれない。僕は思わないけど、そう思う人もきっといるでしょう。

発言の出所が善意だからこそ、通常であれば働くチェック機能が働かず、聞き手を不快にさせてしまうことがあるかもしれない、と感じます。



---



話を戻します。

僕の発言を通じ、おじさんの心に、僕の心にある善意は届いたと思う。
善意が善意として伝わり、解釈されたという意味では、ミス・コミュニケーションは起きていません。
通訳が目指す所の、「話し手の想いを聞き手に届ける」は達成されています。

でも、その結果おじさんは不快になったかもしれない。



不快にさせるつもりがゼロなのに、おじさんが不快になっていたとしたら、コミュニケーションはうまく行っていない、とも言える。

あるいは、情報の伝達という意味でのコミュニケーションは成功したものの、僕の配慮が足りない、つまり僕サイドでミス・コンシダレーション(misconsideration,,, そんな英語無いか)が起きているんだなあ、と考えながら、ホームまでの階段をとぼとぼと降りました。



明日はもっと大きな人間になろう、っと!



by dantanno | 2014-09-14 21:09 | 自戒ネタ | Comments(0)

錦織 VS チリッチ戦を観て感じたこと

先日の、錦織 VS チリッチ(クロアチア)の試合。

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普段、テニスには縁の無い僕ですが、すっかり乗ってしまいました。

前の晩に慌ててWOWOWに加入し、遠足を待つ子供のような気持ちで寝入りました。



朝、眠い目を擦りながら
(どれどれ、WOWOW、WOWOWっと・・・♪)
と思いながらTVに向かうと、、、



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WOWOW!!!



サービス名を、別の意味で叫んでしまいました。
(結局、その後程なくして開通し、無事観戦できましたが)

これを機に、しばらくWOWOWのお世話になろうかと思っています。



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錦織が第1、第2セットを落としたあとの第3セット。
その半ばに、大きな山場があったと感じました。

正確には、確か第7試合。

チリッチがゲーム数4-2でリード。
チリッチサーブのゲームで、錦織が逆に40-15とリードし、ブレイクするチャンスを得たとき。



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試合が始まったときからずっと、なんとなく場から「錦織応援」の気運が感じられました。

その「錦織応援」の気運が、このセットのこのゲーム中、一気に最高潮に高まった。
(このとき、どれくらい「錦織応援」だったかというと、錦織のいいプレーはもちろん、チリッチのファーストサーブ失敗にまで拍手が漏れるくらい。
試合前半では、そんなことはなかった。)



1.なぜ、試合開始から「錦織応援」の気運があったのか?

考えられる理由は、例えば:

・大会中、錦織に勢いがあったし、アジア勢初の決勝進出として、日本以外からも注目されていた
・「チリッチと比べてカラダが小さく、不利(?)な錦織を応援したい」という気持ち
・あの日の観客数が、日本人>クロアチア人だったから




2.なぜ、試合開始からあった「錦織応援」の気運が、第3セットの半ばであれほど一気に高まったのか?

・錦織が負けていたから。負けている方を応援したい、っていう気運ってありますよね
・大会中、それまでの錦織が場の「流れ」を作り、それを自分の味方にさせる試合があり、今回もそうなるのか?という期待感。
・もし錦織が試合の流れを逆転させるとしたら、第3セットのあのタイミングあたりがギリギリのタイミングだったから


例えば上記のような理由が考えられますが、それに加え、僕は「チリッチに対する反発」もあったのではないか、と感じました。



チリッチは、サーブがとても強かった。
上背を活かした高い打点から繰り出す時速200km以上のサーブにその日、錦織は手も足も出ないことがあり、サービスエースが連発されていました。

一方の錦織は、サーブの調子が悪かったのか、普段からそうなのか、サービスエースはほとんど(全く?)出ていなかった。



テニスにおいて、ものすごいサーブが打たれ、受け手側は手も足も出ず、サービスエースとなったときの、あのなんというか、空しいやれやれ感はなんでしょうね。
サービスエースを取られてうなだれる側はもちろん、決めた側も、点が入ったのは当然うれしいんでしょうが、どことなくバツが悪そうに見えてしまいます。

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白熱したラリーになればおもしろいのに、そうではなく、一瞬で終わってしまう虚しさ。
「サーブが強ければ、それでいいのか?」的な不条理感。



テニスの試合を観戦しているシロウト、そしてその中でも僕のようなタイプの人間は、
「サービスエースって、つまんないし、ずるい」
気がしてしまいます。


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あの日のあのゲーム。

「つまんない、ずるい」サービスエースを連発するチリッチに立ち向かう錦織を応援したい、そういった勧善懲悪的な雰囲気も多少あったのではないか、と考えるとおもしろい。



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サービスエースに対する疑問、というか不満?を、テニスの選手、あるいはテニスに詳しい人、いわゆる専門家にぶつけてみたら、一体何と言うでしょう。



存外、「確かにそうだよね~」的な答えが返ってくるかもしれません。

あるいは逆に、

・なぜサーブが大事なのか
・いいサーブを打つのがいかに難しく、リスキーなことなのか
・「サービスエースって、つまんないし、ずるい」と思うのがいかに間違っているか


などについて、ロジカルにかつ滔々と語ってくれるかもしれません。



そうじゃないんだよなあ。。。



その説明はきっと正しいんだろうけど、「テニスの専門家が理解しているそういった難しいこと」よりも遥かに大事なのは、「シロウトがどう思うか」ではないでしょうか。



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話は代わりますが、人と電話・メールでコミュニケーションしていて、誤解が生じることがあります。

自分はこういうつもりで言ったのに、相手には別のニュアンスで伝わってしまう。

その場合において、「相手がそれをどう受け止めたか」の前では、「自分がどういうつもりで言ったのか」の青筋立ててのまくし立ても結局空しく映るわけです。



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それと似ていて、「実際にはどうか」という専門家視点よりも、テニス人気を決定的に左右する「シロウトがどう思い、感じるか」の方が遥かに大事な気がします。


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サービスエースについてこのように感じているのが僕だけならいざしらず、もし仮に観戦者の大多数であるシロウトの一定割合が「サービスエースはつまんない、ずるい」と、意識・無意識含め感じているならば、それを変えることが、今ひとつ盛り上がらないテニス人気を高める原動力になったりはしないか。



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具体的にどうやるのか、と言われると、確かに難しいですけどね。



・サーブに速度制限を設ける

・「サービスエースは一試合で何回まで」と制限する(その場合、規定上限に達した後はどうすればいいのかな)

・サービスエースについては、フル得点ではなく、半分だけ得点を与える

・ボールの飛び具合・弾み具合を抑制する(人から聞いた話ですが、実際にサービスエースは問題視されていて、それを抑制するため、ボールを飛びにくく/弾みにくくする改正が行われた、とのこと)



難しいのは分かりますが、そこは「テニスの専門家」たちにぜひ知恵を絞って、なんとかがんばってほしいです。



別件ですが、「錦織が今回、このように活躍できるほどの力をつけたのは、日本を飛び出してアメリカに行ったからこそであって、日本に残っていたら彼は仕組みにつぶされていただろう」とか、「錦織は、テニス選手としては実質日本人ではなく、実質アメリカ人だ」といった見方もあるようで、いずれもおもしろいな、と思います。

もし本当にそうなのであれば、日本のテニス関係者は「どうやってそれを改善させるのか」を考えるといいし、仮にそれらが間違った見方だとしても、「なぜそう見られてしまうのか」考えるといいと思います。



自分が行っている事業、そして自分の事業が属する業界をどう改善させられるのかを考えながら、テニス業界のことにしばし思いを馳せてみました。
by dantanno | 2014-09-14 06:36 | Comments(0)

日々研鑽: 日経IRフェアに行ってみた

これです。
先週末、通訳者3人と一緒に遠足気分で行ってきました。

我々が日頃携わっているのは「対機関投資家(Institutional investors)」のIR活動ですが、このフェアはモロに「対個人投資家(Retail investors)」向けです。



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売る相手が違うと、当然売り方も変わってきます。

電鉄系の会社のIRの方が汽車ぽっぽのかぶって資料を配ったり。
普段難しい内容のプレゼンも、この日は色使いが豊富で、フォントも大きかったり。
老眼の株主も多いんでしょう。



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そういった心遣いを目の当たりにしながら、
(自分は、対個人投資家であれば、訳し方をどう変えるべきか)
を考えていました。
企業がIRの仕方を変えているんだから、それを伝える通訳者が伝え方を変えるのも当然のことです。

日本企業 → 海外の個人投資家

というIR活動は、あまり現実的ではありませんが(なんでだろう。。)、仮にそういうIRがあったとして、いつもやっているようなプロ向けの訳ではきっと物足りないでしょう。

企業のIR担当者と一緒になって汽車ぽっぽの帽子をかぶる、ぐらいの気持ちがほしいと思ったし、そういう訳に調整するとしたら、いつも使っているどの表現をどう変えるか、思いを巡らせながら会場を巡りました。

by dantanno | 2014-09-06 16:00 | 日々研鑽 | Comments(0)

ぜいたくを活かし切る

新卒から30歳まで商社に勤めていました。
当時、一番仲がよかった同期がいました。

部門が一緒、寮も一緒。
生い立ちや考え方も共通する所があり、いつも語り合っていました。



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そんな彼が、今発売中の雑誌の記事で取り上げられているのを、本屋で立ち読みしていて偶然見つけました。



記事での彼曰く、
「大きなプロジェクトを担当し、すごい手応えを感じるし、とっても楽しい」
みたいな感じ。

それを読んで、Good for youといううれしさと合わせて、いろいろなことを考えました。



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今、彼とひさびさに飲みに行って、
「雑誌出てたね。なんか充実してるっぽいね、よかったね。」
と言ったら、あの頃と変わらぬ調子で
「あんなの全部ウソに決まってんだろ(笑)」
と言い放つかもしれない。

でもきっと、全部か一部かに関わらず、記事に真実はあるでしょう。



その会社に、昔は僕も勤めていて、あれこれ悩みながら日々出社していたのが、遥かかなたのことのように感じられます。
そして、あんなに親しかった彼ともその後すっかり疎遠になってしまったこともあり、(なんだかずいぶん遠くに来ちゃったなあ・・・)と、ちょっと心細い感じ。



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その会社を辞めるに至った気持ちは、今でもハッキリとカラダが覚えています。

(このままここにいたら、僕は自分を表現することが出来ず、100%確実に腐る)
と確信したからです。



その会社に問題があるからではありません。

最近ブラック企業が話題になっていますが、それで行くと、その会社は超がつくほどのホワイト企業。
むしろ、何一つ問題が無いからこそ、退職を決断するまでにダラダラと7年も要してしまいました。

「問題が無い」 = 「(自分にとって)ベスト」とは限らない、ということだと思います。



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せっかく採ってくれた会社を、まだ何も恩返し出来ていないうちに辞める。
サラリーマンを辞めて、どうしても追及・挑戦してみたい夢があるならまだしも、別にそういうわけでもない。

(我ながらバカだな・・・)と思うと同時に、
贅沢な話だな・・・)
と思いました。


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そのすばらしい「贅沢」を、今の自分は果たして活かし切れているかどうか。

会社に残り、活躍し、見事に自分を表現している同期の記事を読みながら、考えました。



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やっていることが「大きい」か「小さい」かは関係無い。
その会社に入社して配属されたのがエネルギー部門だったこともあり、これ以上無いぐらい大きい国家的プロジェクトを担当しながら、(仕事は「大きさ」じゃないな・・・)と感じたし。



ものすごいスピードで動いているか、ゆっくり・ゆったりしているかも関係無い。
こちとらインターネット業界じゃないし、物事には順序・タイミングというものがあるし。



でも、小さくてもいいし、ゆっくりしていてもいいから、あの会社を辞めたという贅沢を本当に活かし切って、しっかりと自分を表現していこうと思いました。


by dantanno | 2014-09-04 21:12 | Comments(0)

日々研鑽: 池上本門寺で仏教の本をひもとく

「自分は絶対にこういう本は買わない」
と思うような本を買って読む、という活動を最近しています。

この前買ったのは仏教についての本。

せっかくだから、家の近くの池上本門寺で読んでみることに。

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さちを連れて、お寺の中のカフェに来ました。

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全然読めない。

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by dantanno | 2014-09-02 11:53 | Comments(0)