たんのだんのブログ

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書店たちよ、ビニールカバーを突き破れ!

ときどき、無性にマンガを買って読みたくなります。



「マンガを読みたくなる」のではありません。
「マンガを買って読みたくなる」んです。



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マンガを何冊か買って、、、

神保町のさぼうるみたいなちょっと薄暗い喫茶店に入り、コーヒーをおかわりしながらモクモクと読みたいんです。

あるいは、夕方早くからやってる飲み屋に行って、入り口近くの腰掛けでオリーブとアンチョビとポテトサラダとビールと白ワインをやりながら、ワシャワシャと心ゆくまで読みたいんです。



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マンガを買いたいときは、書店に行きます。

マンガたちは、みんなビニールカバーに覆われています。
覆われているので、中の様子をうかがい知ることは出来ません。
出来ないので、マンガの選定は100%ジャケ買いになります。



僕、マンガは好きなんだけど、ストライクゾーンは極めて狭い。

スラムダンクみたいなスポーツものはあまりピンと来ません。
ジョジョの奇妙な冒険とか、ONE PIECEみたいな架空の冒険ものもあまり。

好きなのは、実際の生活・人生をネタにしたもの。

最近読んでおもしろかったのはこのあたり:

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ストライクゾーンが極めて狭い人が、ジャケ買いでマンガを選ぶとどうなるか。。。
ほぼ四球です。



マンガって、ストーリーも大事だけど、絵のフィーリングも大事じゃないですか。
絵がピンと来ないと、なかなか読み進める気がしません。



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夕方早くからやってる飲み屋に行って、入り口近くの腰掛けに陣取り、オリーブとビールが出された頃合いを見計らってビニールカバーを破り、ワクワクしながら取り出したマンガの表紙をめくったら目に飛び込んで来た絵のフィーリングがピンとこなかったときの落胆ぶりといったら。。。



Amazonであれば、ものによってはなか身!検索って機能を使って、中のページを少し見てから買うかどうかを決められたりするのかな。

「モノを手に取って、実際に確認してから購入を決定できる」
というのは、リアル店舗に残された数少ない専売特許のはずが、この逆転現象は興味深い。



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数冊買ったマンガが全てボール球であることを確認し、アンチョビと白ワインもそこそこに店を飛び出し、夕闇に包まれはじめた街をあてもなく一塁方向にトボトボ歩くオレの目にとまったのは、、、





















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そっか、ブックオフで買えばいいのか。。。



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ブックオフであれば、、、
ヘンなビニールカバーなんてかかってないから、中身を見た上でマンガを買えます。
しかも安い。100円。



いや、しかし、、、
マンガを買って読みたくなったとき、アタマではブックオフに行くのがベストだと分かっていても、カラダがどうしても足を向けない。

やっぱり、新品を買って読みたい。
でも、新品たちはみんなビニールに覆われている。
だから、例えほぼデッドボールだと分かっていても、書店で新品を買っています。

僕みたいに新品に対するこだわりが無い人は、ブックオフに流れているかもしれません。



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なんでビニールカバーをかけるのか。

立ち読み出来なくするためです。



昔はビニールカバーなんてかかっていなかった。
そして確かに、僕も子供の頃、書店でたくさん立ち読みをさせていただきました。

実家の近くの四谷三丁目の交差点にあった書店は、すばらしいことに、「床に座り込んで読んでもいい」というおおらかな雰囲気の店で、そこでドラえもん等をむさぼり読みました。

その頃マンガに触れたおかげでマンガが好きになり、当時はもちろん、今でもときどき無性にマンガを買って読みたくなっていることを考えると、立ち読みがマンガ人口を作っていた、とも言えると思います。

その立ち読みが不可能になった今、日本の漫画界は一体どうなってしまうのか。。。



















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そっか、ブックオフ行けばいいのか。。。



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なにかとブックオフにしてやられたりの書店たち。
そろそろビニールから飛び出してみてはいかがでしょうか。
by dantanno | 2013-11-25 01:51 | 提言・発明 | Comments(0)

夜番担当

この2ヶ月間。
ほぼ毎晩、AM2-3時に1回、AM5-6時頃に1回、計2回起きています。

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僕は眠りが浅いので、ほんのちょっとした物音でも目が覚めるんです。

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最近の夜番は毎晩2回起床とかではなく、1回とか、日によってはゼロ回(朝までぐっすり寝ていてくれる)なので助かるんですが、ピーク時は大変でした。



人間、ろくに寝ないと一体何が起きるのか。
みなさん、なかなか試してみる機会もないと思うので、代わりに試した結果をレポさせていただくと、、、




全て。全てが超面倒になります。




家事とか掃除とか。
マンガ読むのも。
メールとかも。

返信しなければいけない、、、いや、別に「いけない」とかじゃなくて、むしろすすんで返信したいし、1分で終わるのも分かるんだけど、それがなぜだかあまりにも億劫で出来ない。。

全然言い訳になっていませんが、最近返信が滞っている方々、申し訳ありません(汗)。
ペコリ

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超驚くのが、人と世間話をしていて、何気なく
「夜番担当してるんですよ~」
みたいに言うと、
「えー、エライ!」
みたいに言われること。

いや、エライというか、、、

奥さんは、日中いつ見ても授乳してるんじゃないか、ってぐらいがんばってくれてるし、
男サイドに出来るせめてものこととして、お風呂に入れたり、夜番を担当したり、があると思います。
逆に、男がこれぐらいやらないと、女性は一体どうなっちゃうんだろう、、、

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世の中が寝静まった夜中。
娘と二人で「あー」とか「うー」とか言いながら親交を深める。。
なかなかオツなものです。

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by dantanno | 2013-11-19 20:39 | 子育て | Comments(0)

好きなだけ食べるキミが好き

アメリカ人の投資家と一緒にご飯を食べていたときの会話。



投資家 "I decide whether or not to eat based on whether I want to eat, instead of whether I can eat."
訳例: 「食べる/食べないを決めるときは、「食べられるか」ではなく、「食べたいか」を元に判断するようにしてる。」


D "What do you mean?"
訳例: ハ?


"For example, I would stop eating if I don't want to eat any more, even though I may still be able to eat."
訳例: 「つまり、「まだ食べられる」って思っても、「もう食べたくない」と思ったら、食べるのをやめるんだ。」


(ふうん・・・。)

"Dan, you should do it too♪"
訳例: ダンもやってみたら?


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この人の言ってること、最初よく分からなくて、その後一理あるなあと思ったんだけど、結局以下の2点が気になりました:



1. 摂生感。ガマンしてる感。
2. 「残す」ことについて




1. 摂生感。ガマンしてる感。

健康志向のベジタリアンがマクロビ料理でダイエット、みたいな「摂生してる感」を感じました。
いいことなんだろうけど。
食べたいのに、それをガマンしてる感が気になります。

でも、考えてみればこれは的外れかな、と思いました。

だって、食べたければ食べるわけだから。
食べないのはもう食べたくないと思ったときだけ。



2. 「残す」ことについて

「まだ食べられても、食べたくなければもう食べない」ということは、要は「残す」ということです。
「残す」のって・・・、と思いました。



日本人であればほぼ全員、子供の頃から「残してはいけない」と教育されて育っているでしょう。
僕もそうです。

「好き嫌いは良くない」というのはほぼグローバルに共通するのではないかと思うんですが、「残してはいけない」というのもグローバルな現象なんでしょうか、それとも日本ではそれが特に強いんでしょうか。

いずれにせよ、日本で「料理を残す」と問題になります。

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逆に、残さずに全部平らげれば、ジージ、バーバに褒められます。

「いっぱい食べるキミが好き♪」というCMがあったし、
「マルマルモリモリ みんな食べるよ♪」みたいな歌もありました。



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どんなものでもそうですが、「食べ物を残す」ことにもメリット・デメリットがあると思います。

まず、デメリットから考えてみました。

ちなみに、以下で「残す」という場合、好き嫌いをして野菜だけを残す局所的な残しではなく、また、皿にいっぱいよそっておいてそれを残す肩すかし的な残しでもなく、単に「お腹いっぱいだからもう食べたくない」という残しを指します。



デメリット1: 農家のおじさん、料理を作ってくれた人に悪い

これはすごく説得力あります。
子供に対し、「なぜ残してはいけないのか」を説明する際、一番用いられている理由ではないでしょうか。

もっとも、農家の人、料理人さんからすると、自分が作った作物や料理を

・ 残されるのと、
・ 食べたくないのに無理矢理、イヤイヤ食べられるのと、

一体どっちがベターなのかについて、本気で考え始めるとちょっと信念が揺らぎますが。



デメリット2: 世間の目

家で残せば母ちゃんに怒られるし、外で残せば育ちを疑われます。

「残す」ことに対する世間の風当たりがこんなに強いのはなぜか。
おそらく、世間の人たちがみな、子供の頃から「残してはいけない」と言われ続けたのも一因でしょう。



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一方、「残す」ことのメリットは何かあるでしょうか。
考えられるとすれば、

メリット: ヘルシー

「食べたくなければ、もう食べなくていい」という国があるとしましょう。
そんな国があるのか知りませんが、仮に。

そういう国では、お腹がいっぱいになった時点で食べるのをストップしていいので、その分無理して食べることが無く、人々はヘルシーになるかもしれません。



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冒頭の投資家の話に戻ります。
「まだ食べられる」と「もっと食べたい」について。



自分に当てはめて、僕がものを食べるときの「まだ食べられる」と「もっと食べたい」の関係を分析してみました。

例えばラーメン。

僕がラーメン屋に入るのは、ラーメン食べたいと思ったからであって、入店時は間違いなく食べたいと思っています。



さて、ラーメンが出されました。
食べたいです。
食べ始めます。



大体、、、そうですね、、、
3分の2ぐらい食べ進めたところで、自問自答してみました。



まだ食べられるか? → 間違いなくYes
もっと食べたいか? → 食べたい気もするけど、やや微妙



空腹には、肉体的なそれと、精神的なそれと、両方あるのではないかと思います。

とりあえず、入店時に感じていた肉体的な空腹は満たされています。
でも、精神的な空腹がはたして満たされているのかどうか、よく分かりません。
もっと食べたい気もするし、もう食べなくてもいい気もします。

食べたいのか食べたくないのか分からないぐらいだったら、わざわざ食べなくてもいいんだけど、でも、
1. まだ食べられる
のと、
2. 残したら、オヤジさんに悪い
ということでがんばって食べ進め、ふう、食った食ったと大きなお腹をさすりながら店を後にしました。



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定量的な根拠ゼロの主観ですが、飲食店で供される食事って、結構量が多いような気がします。
ラーメンはちょっと極端な例でしたが、それ以外の飲食店でも。

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日本では、アメリカのように肥満の人はあまり見かけないので大丈夫なのかもしれませんが、カロリー的には、人間が一食で必要としている以上のものを日々食べているような気がします。

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でも、飲食店からすると、小さい頃から
「無理してでもいっぱい、全部、残さず食べる」
と訓練されてきた人たちが客として来店するわけですから、当然お店側もそういうお客さんを満足させるべく、量の多い食事を出すことになるんでしょう。
で、日々それを食べる客はさらに「量の多い食事」に慣れていきます。

フォアグラの製造工程にちょっと似ています。



こう書いていると、なんだか「いっぱい食べること」に批判的なように受け取られるかもしれませんが、全くそんなことはありません。

とんかつ和幸に行けば必ずご飯・味噌汁・キャベツをおかわりするし、
「大盛り無料ですが、どうしますか?」と聞かれれば大盛りだし、
マックに行けば必ずビッグマックで、ポテト・コーラはLLセットです。

家で食べるときも、ちょっと遅い時間に食べ始めると、必ず胃がもたれるほど食べてしまいます。

でも、僕はもうどうでもいいとして、自分の子供はそれでいいのか。



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自分の子供には、無理してモノを食べる人にならないでほしい。
無理してモノを食べ続けた結果、量をいっぱい食べるのが習い性の人間にならないでほしい。

でも、その一方で、料理を残す子にもなってほしくないし、
料理を残すのを世間に白い目で見られるのもかわいそう。

では、どうすればいいか。



やっぱ弁当でしょうか。

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弁当であれば、自分が「食べたい」と思うだけ持って行くことが出来るので、実に健康的です。

会社とかで、よく弁当を持ってきているのは、やっぱり女性ですね。
女性は賢いんでしょうか。

そういえば、冒頭のアメリカ人投資家も、スタイルのいい美女でした。。。
by dantanno | 2013-11-11 20:13 | 子育て | Comments(0)

「誤表示」のカッコ悪さ

各社、偽装ではなく、誤表示だったと主張しています。
つまり、故意(わざと)ではなく、過失(知らなかった、あるいはうっかり)だったということ。



中には本当に過失だった会社・ホテルもあるでしょう。
でも、以下で述べる通り、ほとんどのケースがウソだと思います。



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表示というものは本来、そのままにしておけば正しい表示になってしまうもの。
「**産の牛肉」であれば、あえてウソをついたり、間違いをおかさない限り、「**産の牛肉」のままです。

そして、料理表示における過失が成立するためには、そのレストランの
料理人サイド、給仕サイド、経営者サイド、
みんなが揃ってうっかりしている必要があります。



1. 料理人サイド
何をどこから仕入れているのかという、食材の仕入面については正しく把握していたが、販売面について把握していなかった(給仕サイドで誤表示されていることを知らなかった)

2. 給仕サイド
その料理がどういう表示で提供されているのかは正しく把握していたが、仕入サイドについて把握していなかった(食材が実はメニューに表示されているものと違うことを知らなかった)

3. 経営者サイド
何をどこから仕入れ、それをどういう表示で提供しているのか知らなかった



料理人、給仕、経営者のうち、たった一人でもNot うっかりの人がいれば、
「あれ、なんかおかしくない?」
と注意を喚起できるわけで、だからこそホテル各社がみんな「誤表示 = 過失 = うっかり」である確率は天文学的に低い。



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かっこよさ、という観点ではどうでしょうか。



思うんですが、本件、故意(偽装)の方が過失よりもよっぽどマシだと思います。



料理人として、自分が丹精込めて作った料理が、一体どういう表示でお客さんに供されているのか、興味を持って知ろうとしなかったなんて、超カッコ悪い。

給仕として、自分が日々お客様に供している料理が、一体どこの地域のどういう食材で出来ているのか、把握しようとしなかったなんて超カッコ悪い。

そして極めつけ。
自分が経営するホテルのレストランで、どういう食材が仕入れられて、それがどういう名のもとにお客様に供されているのか、知ろうとしていなかった経営者のカッコ悪さと言ったら。。。。。



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一消費者としての僕は、料理人、給仕、経営者みんながそろいもそろってうっかりしているホテルで食事するのは恐い。



今回のような誤表示ならまだかわいいものです。

そのホテルは、「どこから何を仕入れて、それをどのような表示で売っているのか」を把握できていないわけですから、客としての自分が一体何を食べているのか、まったく分かりません。

「ビーフカレー」と書いてあっても、実はタワシかもしれません。

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それだったら、以下の方がいい。



「今回の件は、誤表示ではなく偽装です。
より多くの収益を上げるため、低コストの食材を用い、高品質な料理とうたって提供していました。

料理人、給仕、そしてもちろん経営者も、全員把握した上でやっていました。

申し訳ありません。
今後は心を改め、いい食材を用い、それを正しく表示して提供し、お客様の信頼回復を目指します」




他社が軒並みウソをつく中、こう言ってくれたホテルの方が100倍かっこいいし、今後ぜひそのホテルを使いたいと思うでしょう。
by dantanno | 2013-11-06 16:13 | 提言・発明 | Comments(0)

経営者は、未来を語るなかれ

未来は、あれこれ予測する対象でもあるけど、自分の力で形作るものでもあると思う。

自分が属する業界の未来を自ら能動的・主体的に形作っていく意志と自信を持っている経営者は、そんな大事な企業秘密を軽々しく人に語らないはず。

業界がどうなっていくのか全くno ideaなのも困りものだけど、「こうなると思います」とペラペラ語っている時点で、自分の経営を信じていない、ということでもあるから、それもそれで問題だと思う。

僕も早く、通訳業界の未来について、しっかりと自説を持った上で、企業秘密だから語りたくても語れない、というレベルまで自分と会社を成長させたい。
by dantanno | 2013-11-02 13:34 | 経営 | Comments(0)

陛下のお気持ち

山本太郎議員が、園遊会で陛下に手紙を渡した騒動。

今日、あらゆるTV局がこぞって報道したことを考えると、今日本で最も大事な問題の一つであり、このブログで取り上げるに十分値するテーマでしょう。



想いを手紙にしたため、陛下にお渡しするのは、悪いことなのか。
失礼に値するのかどうか。



「悪い!」という人もいるでしょうし、
「別に失礼ではない気がする」という人もいるでしょう。

どちらも貴重な意見ですが、残念ながら外野が勝手に主観を述べているに過ぎない点では一緒。



この場合、一番、、、いや、唯一大事なのは、陛下のお気持ちではないか。



陛下が、
(私に手紙を手渡し、意見を伝えようとするなんて、あの山本という議員、とんでもないヤツだ!!!)
と思ってらっしゃるのであれば、山本議員のしたことは悪いことになるでしょう。

一方、、、
話を分かりやすくするために、あえて極端な例を挙げると、もし陛下が
(日頃、日本の国民が何を考えているのか、非常に興味がある。でも、残念ながらそういった生の声はなかなか私の所に届かない。そういう意味で、あの議員がこうして手紙を書いてくれたことは実にうれしい・・・)
とお感じになっているようであれば、、、

山本議員がしたことは意外と「いいこと」であって、「とんでもない!」と騒いでいる人たちの方が「とんでもない」ということになるかもしれません。



全ては陛下のお気持ち次第です。
では、陛下はどう感じてらっしゃるのか。

陛下に意見を申し上げることが許されない現状では、当然陛下のお気持ちを伺うことが許されるはずもなく、真相は闇の中です。
by dantanno | 2013-11-01 22:46 | 提言・発明 | Comments(0)