たんのだんのブログ

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カテゴリ:提言・発明( 99 )

書店たちよ、ビニールカバーを突き破れ!

ときどき、無性にマンガを買って読みたくなります。



「マンガを読みたくなる」のではありません。
「マンガを買って読みたくなる」んです。



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マンガを何冊か買って、、、

神保町のさぼうるみたいなちょっと薄暗い喫茶店に入り、コーヒーをおかわりしながらモクモクと読みたいんです。

あるいは、夕方早くからやってる飲み屋に行って、入り口近くの腰掛けでオリーブとアンチョビとポテトサラダとビールと白ワインをやりながら、ワシャワシャと心ゆくまで読みたいんです。



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マンガを買いたいときは、書店に行きます。

マンガたちは、みんなビニールカバーに覆われています。
覆われているので、中の様子をうかがい知ることは出来ません。
出来ないので、マンガの選定は100%ジャケ買いになります。



僕、マンガは好きなんだけど、ストライクゾーンは極めて狭い。

スラムダンクみたいなスポーツものはあまりピンと来ません。
ジョジョの奇妙な冒険とか、ONE PIECEみたいな架空の冒険ものもあまり。

好きなのは、実際の生活・人生をネタにしたもの。

最近読んでおもしろかったのはこのあたり:

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ストライクゾーンが極めて狭い人が、ジャケ買いでマンガを選ぶとどうなるか。。。
ほぼ四球です。



マンガって、ストーリーも大事だけど、絵のフィーリングも大事じゃないですか。
絵がピンと来ないと、なかなか読み進める気がしません。



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夕方早くからやってる飲み屋に行って、入り口近くの腰掛けに陣取り、オリーブとビールが出された頃合いを見計らってビニールカバーを破り、ワクワクしながら取り出したマンガの表紙をめくったら目に飛び込んで来た絵のフィーリングがピンとこなかったときの落胆ぶりといったら。。。



Amazonであれば、ものによってはなか身!検索って機能を使って、中のページを少し見てから買うかどうかを決められたりするのかな。

「モノを手に取って、実際に確認してから購入を決定できる」
というのは、リアル店舗に残された数少ない専売特許のはずが、この逆転現象は興味深い。



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数冊買ったマンガが全てボール球であることを確認し、アンチョビと白ワインもそこそこに店を飛び出し、夕闇に包まれはじめた街をあてもなく一塁方向にトボトボ歩くオレの目にとまったのは、、、





















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そっか、ブックオフで買えばいいのか。。。



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ブックオフであれば、、、
ヘンなビニールカバーなんてかかってないから、中身を見た上でマンガを買えます。
しかも安い。100円。



いや、しかし、、、
マンガを買って読みたくなったとき、アタマではブックオフに行くのがベストだと分かっていても、カラダがどうしても足を向けない。

やっぱり、新品を買って読みたい。
でも、新品たちはみんなビニールに覆われている。
だから、例えほぼデッドボールだと分かっていても、書店で新品を買っています。

僕みたいに新品に対するこだわりが無い人は、ブックオフに流れているかもしれません。



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なんでビニールカバーをかけるのか。

立ち読み出来なくするためです。



昔はビニールカバーなんてかかっていなかった。
そして確かに、僕も子供の頃、書店でたくさん立ち読みをさせていただきました。

実家の近くの四谷三丁目の交差点にあった書店は、すばらしいことに、「床に座り込んで読んでもいい」というおおらかな雰囲気の店で、そこでドラえもん等をむさぼり読みました。

その頃マンガに触れたおかげでマンガが好きになり、当時はもちろん、今でもときどき無性にマンガを買って読みたくなっていることを考えると、立ち読みがマンガ人口を作っていた、とも言えると思います。

その立ち読みが不可能になった今、日本の漫画界は一体どうなってしまうのか。。。



















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そっか、ブックオフ行けばいいのか。。。



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なにかとブックオフにしてやられたりの書店たち。
そろそろビニールから飛び出してみてはいかがでしょうか。
by dantanno | 2013-11-25 01:51 | 提言・発明 | Comments(0)

「誤表示」のカッコ悪さ

各社、偽装ではなく、誤表示だったと主張しています。
つまり、故意(わざと)ではなく、過失(知らなかった、あるいはうっかり)だったということ。



中には本当に過失だった会社・ホテルもあるでしょう。
でも、以下で述べる通り、ほとんどのケースがウソだと思います。



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表示というものは本来、そのままにしておけば正しい表示になってしまうもの。
「**産の牛肉」であれば、あえてウソをついたり、間違いをおかさない限り、「**産の牛肉」のままです。

そして、料理表示における過失が成立するためには、そのレストランの
料理人サイド、給仕サイド、経営者サイド、
みんなが揃ってうっかりしている必要があります。



1. 料理人サイド
何をどこから仕入れているのかという、食材の仕入面については正しく把握していたが、販売面について把握していなかった(給仕サイドで誤表示されていることを知らなかった)

2. 給仕サイド
その料理がどういう表示で提供されているのかは正しく把握していたが、仕入サイドについて把握していなかった(食材が実はメニューに表示されているものと違うことを知らなかった)

3. 経営者サイド
何をどこから仕入れ、それをどういう表示で提供しているのか知らなかった



料理人、給仕、経営者のうち、たった一人でもNot うっかりの人がいれば、
「あれ、なんかおかしくない?」
と注意を喚起できるわけで、だからこそホテル各社がみんな「誤表示 = 過失 = うっかり」である確率は天文学的に低い。



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かっこよさ、という観点ではどうでしょうか。



思うんですが、本件、故意(偽装)の方が過失よりもよっぽどマシだと思います。



料理人として、自分が丹精込めて作った料理が、一体どういう表示でお客さんに供されているのか、興味を持って知ろうとしなかったなんて、超カッコ悪い。

給仕として、自分が日々お客様に供している料理が、一体どこの地域のどういう食材で出来ているのか、把握しようとしなかったなんて超カッコ悪い。

そして極めつけ。
自分が経営するホテルのレストランで、どういう食材が仕入れられて、それがどういう名のもとにお客様に供されているのか、知ろうとしていなかった経営者のカッコ悪さと言ったら。。。。。



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一消費者としての僕は、料理人、給仕、経営者みんながそろいもそろってうっかりしているホテルで食事するのは恐い。



今回のような誤表示ならまだかわいいものです。

そのホテルは、「どこから何を仕入れて、それをどのような表示で売っているのか」を把握できていないわけですから、客としての自分が一体何を食べているのか、まったく分かりません。

「ビーフカレー」と書いてあっても、実はタワシかもしれません。

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それだったら、以下の方がいい。



「今回の件は、誤表示ではなく偽装です。
より多くの収益を上げるため、低コストの食材を用い、高品質な料理とうたって提供していました。

料理人、給仕、そしてもちろん経営者も、全員把握した上でやっていました。

申し訳ありません。
今後は心を改め、いい食材を用い、それを正しく表示して提供し、お客様の信頼回復を目指します」




他社が軒並みウソをつく中、こう言ってくれたホテルの方が100倍かっこいいし、今後ぜひそのホテルを使いたいと思うでしょう。
by dantanno | 2013-11-06 16:13 | 提言・発明 | Comments(0)

陛下のお気持ち

山本太郎議員が、園遊会で陛下に手紙を渡した騒動。

今日、あらゆるTV局がこぞって報道したことを考えると、今日本で最も大事な問題の一つであり、このブログで取り上げるに十分値するテーマでしょう。



想いを手紙にしたため、陛下にお渡しするのは、悪いことなのか。
失礼に値するのかどうか。



「悪い!」という人もいるでしょうし、
「別に失礼ではない気がする」という人もいるでしょう。

どちらも貴重な意見ですが、残念ながら外野が勝手に主観を述べているに過ぎない点では一緒。



この場合、一番、、、いや、唯一大事なのは、陛下のお気持ちではないか。



陛下が、
(私に手紙を手渡し、意見を伝えようとするなんて、あの山本という議員、とんでもないヤツだ!!!)
と思ってらっしゃるのであれば、山本議員のしたことは悪いことになるでしょう。

一方、、、
話を分かりやすくするために、あえて極端な例を挙げると、もし陛下が
(日頃、日本の国民が何を考えているのか、非常に興味がある。でも、残念ながらそういった生の声はなかなか私の所に届かない。そういう意味で、あの議員がこうして手紙を書いてくれたことは実にうれしい・・・)
とお感じになっているようであれば、、、

山本議員がしたことは意外と「いいこと」であって、「とんでもない!」と騒いでいる人たちの方が「とんでもない」ということになるかもしれません。



全ては陛下のお気持ち次第です。
では、陛下はどう感じてらっしゃるのか。

陛下に意見を申し上げることが許されない現状では、当然陛下のお気持ちを伺うことが許されるはずもなく、真相は闇の中です。
by dantanno | 2013-11-01 22:46 | 提言・発明 | Comments(0)

エスカレーター改革私案: 前編

最近、僕のハートを鷲づかみにして離さないもの、それはエスカレーター。

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最大の魅力は、その二面性でしょうか。

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華やかな舞台で、たくさんの人を乗せて活躍する表側。
そのちょうど下では、全く同じ長さの裏側が、真っ暗闇の中、人知れず稼働しています。

上りのエスカレーターであれば、上まで到達した段は地中に吸い込まれ、夜を迎えます。
夜の間に一番下まで戻り、再び夜明けがやってきます。
陰と陽感、輪廻転生感がハンパありません。

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さて、そんなエスカレーターを今よりもさらに良くする方法はないものか、考えてみました。

着目したのは、朝のラッシュ時のエスカレーター。
その麓(?)にはよく、乗車待ちの列が出来ています。

いや、何も朝のラッシュ時だけに限りません。
昼間の、それほど混んでいない時間帯であっても、電車がホームに到着した直後は、エスカレーター待ちの行列が出来ることがしばしば。

みんな、エスカレーターが大好きなんですね。



出来ることなら、長々と並ばずにエスカレーターに乗りたい。
そして、エスカレーターが本来持つポテンシャルは、必ずや行列を解消出来るはずだと思うんです。

では、一体どうすればいいのか?

以下、私案を4つほど。



1. エスカレーターの速度を遅くする
2. エスカレーターの速度を速くする
3. 幅(奥行き)をいじる
4. 幅(横幅)をいじる




---



1. エスカレーターの速度を遅くする



え?
速くする、じゃなくて?

はい、遅くするといいと思います。



例えば、今のエスカレーターの速度を100としましょう。
どの程度遅くすればいいのか。

90?
80?

そんなんじゃ甘いですね。
多分、それぐらいの速度にすると、かえって行列が長くなっちゃうと思います。



じゃあ、90とか80じゃなくて、10ぐらいに速度を下げたらどう?

現行の10分の1です。
かろうじて動いてる、というレベルの遅さでしょうか。

あるいは、いっそのこと0(止めちゃう)とか。

そうなると、エスカレーターに乗るのが馬鹿らしくなります。
ましてや、行列してまで乗る人はあまりいないでしょう。
階段にシフトする人が続出し、エスカレーターの行列は間違いなく解消される。。。



---



そもそも、なんのためにエスカレーターの行列を解消したいのかというと、人々をハッピーにするためです。世の中をより良くするためです。

① エスカレーターの行列を解消する → 表面的な目標
② 人々をハッピーに。世の中をより良く → 本質的・実質的な目標

そう考えると、「① エスカレーターの行列を解消する」というのは実は目標などではなく、目標(ハッピーetc.)を達成するための手段であることが分かります。

プロジェクトの最初から、あるいはその途中から手段と目的の整理がおろそかになると、当初の意図と反対の結果に至ることがあるんだなあ、と思いました。



2. エスカレーターの速度を上げる



韓国とかに行くと、エスカレーターが超速いです。

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日本の1.5倍ぐらいでしょうか。

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韓国のエスカレーター、最初乗ったときは「おっ?」って思うけど、すぐ慣れます。
転ぶ人が続出している様子もありません。



日本も、もっと速くしたらいいと思います。



エスカレーターの速度を上げると、乗り降りに失敗してケガをする人が増えるでしょう。
また、高齢者やカラダの不自由な人にとって、乗りにくくなるでしょう。

それを防ぐためには、「何らかの安全性向上策(後述)とセット」という条件付きで速度を、そうですねえ、、、3割増ぐらいということにして、

現行 100
改善後 130

ぐらいでいかがでしょうか。



次回は
3. エスカレーターの幅(奥行き)をいじる
4. エスカレーターの幅(横幅)をいじる
について考察します。

<続く>
by dantanno | 2013-10-25 22:27 | 提言・発明 | Comments(0)

除菌etc.

最近、「除菌」や「無菌」や「殺菌」の世話になることが多い。
(以下「除菌etc.」。)

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薬局で買い物してると、あれもこれも、全て除菌etc.です。



マツモトキヨシの店内に、きっと菌は一匹もいないでしょう。
全部「除」、「無」、「殺」されてるから。

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除菌etc.、いいと思います。
僕だって、子供・奥さん・自分の周りは、よほどの善玉菌なら話は別だけど、基本的には

「菌」

より

「除菌etc.」

の方がいい。
(ちなみに善玉菌 Probiotic/friendly/good bacteriaは、頻出IR用語です。)

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除菌いいんだけど、ちょっとだけ心配なのは、これだけ菌が「除無殺」されちゃう現代において、子供はちゃんと悪玉菌(Pathogenic bacteria)に対抗する強さを身につけられるんだろうか、という点。

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まあ、きっと大丈夫なんでしょう。

レンジで一生懸命殺菌消毒しているほ乳瓶の注意書きに、
「赤ちゃんの口の中にはバイ菌が多いので、飲みかけのミルクは保存せず、捨ててください」
って書いてあるぐらいだから。

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なんのために殺菌しているのか、ときどき分からなくなります。

そんな夜は、アルコール摂取で菌を退治するに限りますね!

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by dantanno | 2013-10-05 01:38 | 提言・発明 | Comments(0)

ETCレーンにゲートがある理由

「そうだ! 料金所のETCレーンにゲートをつけよう♪」
って思いついたすっとこど・・・、もとい、アイデアマンはどなたでしょうか。



ETCの精神
そんなものがあるのかどうか分かりませんが、
仮にあるとしたら、それは一体何か。
僕は「自由」だと思う。



料金所で一時停止しなくていい自由。
そのままサーッと通り抜けられる自由。
なんて気持ちいいんでしょう。



ところが、、、

さっきまで時速100kmで気持ちよく走っていたクルマを、
時速20km以下にまで減速させるあのゲート。

行く手を解放するのではなく、行く手を阻むあのゲートは、
そのETCの精神に反しているような気がする。

この状況を改善出来ないか。



---



トヨタでは、「なぜ?」を5回繰り返すことにより、カイゼンにつなげるんだって。

僕もやってみます。



---



1. なぜ、ETCレーンにゲートがついているのか?

クルマを減速させるため。

2. なぜ、クルマを減速させる必要があるのか?

(減速させないと)危ないから。

3. なぜ危ないのか?

料金所を過ぎたところで、合流があるから

4. なぜ合流があるのか?

高速道路の車線数よりも、料金所のレーン数の方が多いから

5. なぜ「車線数<料金所のレーン数」なのか?

ETC車用のレーンと、現金払い車用のレーンを両方用意する必要があるから

6. なぜ現金払い車用のレーンを用意する必要があるのか

① JH/首都高速道路(株)が未だに現金払いを許容している一方、
② 未だにETCをつけず、現金払いをしている利用者がいるから

7-① なぜ、未だに現金払いを許容しているのか?

分からない。

7-② なぜ、未だに現金払いをしているのか?

分からない。



ああ、7.で止まるんだ。。。



---



JH/首都高速道路(株)殿。
早く
「高速道路/首都高はETC!」
にしてください。

そうすれば、シンガポールのETCみたいに、全く減速せずに料金を支払うことが出来ます。

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ついでに言うと、、、

>政府殿 
日本の高速道路の最高速度を120kmに引き上げてください。
数十年前と比べ、クルマの安全性能が大幅に向上したのに、
最高速度が変わらないと、昔の最高速度がおかしかった、ということになってしまいます。

>警察殿
ETCを使った速度違反取り締まりをしてください。
「距離がXキロ離れているA地点とB地点をそれぞれ何時に通過したということは、速度違反」
って自動で分かるんだから、命がけの覆面パトカー取り締まりはもうやめてOKです。



---



そもそも、ETCの精神に反しているのは
「料金所での一時停止」
ではなく、
「料金所での減速」
でもなく、
「料金所」
そのもの。

頭上の(あるいは路面上の)センサー設置箇所を通過した時点で料金を徴収すればいいわけで、ゲートはおろか、料金所なんて不要。



この、夢のETC時代、ナビから
「この先、料金所です♪」
という音声が流れる度、
僕は早く日本に未来が訪れることを願います。
by dantanno | 2013-08-20 01:35 | 提言・発明 | Comments(0)

君は、君が代斉唱時に起立するか

ちょっと前。

大阪の橋下さんが、君が代斉唱時に起立しない教職員はけしからんとか、辞めてもらうとか言って騒ぎになってたけど、あれってどうなったんだろ。



---



橋下さん、好きです。

弁護士である氏が、記者会見で自分に反論してくる記者をメッタメタに論破してるのを見ると、
まるでプロボクサーが素人を殴っているのを見ているようで気分が悪いけど、
ちゃんと主張を持って、それを行動に移し、大阪、ひいては日本のために一生懸命がんばってる姿は心底ステキだと思う。



そんな橋下さんが言っていることだけに、
「君が代斉唱時に起立しないのはけしからん」
は一理も二理もあると思う。
ちなみに、もし僕が先生だったら、起立します。

その一方、、、
こんなことを言うと一部読者から総スカンを食らうかもしれないけど、
「起立したくない」
という教職員の気持ちもなんか分かる気がする。



だからこそ
難しいなあ・・・
と思うし、この問題についてはニュートラルな立場を取る僕だけど、
一連の騒動を見ていて、しっくり来ないことが一つあった。



---



「君が代斉唱時に起立」をルール化して、
「起立したくない」と思ってる教職員をしぶしぶ起立させるのは、
あくまでも対症療法(Symptomatic treatment)であって、
問題の本質を解決していない、と感じた。

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母親   「**ちゃん、ごめんなさいって言いなさい!」
**ちゃん 「ごめんなさーい」
というやり取りから感じるのと同じ違和感。

もちろん、上記母と子のやり取りの場合、
子供に「自分が悪いことをした」ことを分からせるために
まず形から入るのが大事なんだろうから、
無理矢理あやまらせることに意義はあると思う。

でも、大阪の教職員の場合、相手は大の大人です。



---



橋下さんからすると、
問題の本質は、「起立しない」ことではなく、
「起立したいと思わない」ことにあるはず。

言い換えると、
橋下さんにとって、この"問題"の解決法は、
北風みたいに「起立させる」ことではなく、
太陽みたいに「起立したい」と思わせる
ことではないか。

強制的に起立させても、全くしょうがない。

むしろ、皆がルールに従って起立すると、
表面的には全員起立してしまうので、
問題が陰に隠れてしまう、という悪い結果を招くと思う。

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---



僕が橋下さんの立場だったら、一体どうするだろうなあ、と考えます。

まあ、僕の場合、
起立したい人はする、したくない人はしない
でいいんじゃないの?ってことで、結局、何もしないということになっちゃうんだろうけど、
仮に自分が橋下さんの立場にあり、この"問題"に対し何か対策を打たなければいけないとしたら、一体どうするだろうか。



---



まず、「起立したくない」という人たちの話を聞くだろう、と思います。
その人たちは、一体なぜそう思うのか。
どういう想いがあって、あえて「起立しない」という選択をしているのか。
その背景を探ろうとするだろう、と思います。

実際にそれが出来るかどうかは別として、そうすべきだろうと思います。



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「起立したくない」理由の一部に戦争というキーワードがあるのかな、と推察します。



戦争ねー。。。



ほとんどの戦争は、人の心がけ次第で避けられると思う。

・ 世の中に、自分と生い立ち、立場、考え方が異なる人々がいるかもしれないことに思いを巡らせる想像力と、
・ そういう人々のことを知ろうとする知的好奇心と、
・ そういう人々の存在を認める勇気と、
・ そういう人々と、自分のような人々がどうすれば共存出来るのかを一生懸命模索し、それを実行に移す行動力
さえあれば、ほとんどの戦争は避けられるはず。



そう考えると、橋下さんのように
反対意見の人を記者会見中に徹底的にねじ伏せたり、
何らかの考えがあって「起立したくない」と思っている人たちを
強制的に起立させたりするのは、
真のリーダーが取るべき行動ではない気がする。

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「君が代起立/不起立問題」は、
マジョリティー VS マイノリティーの問題といえると思う。

そして、多くのマジョリティー VS マイノリティー系の問題においてそうであるように、
ちゃんと考えているのはえてしてマイノリティー側な気がする。



例えば結婚。

マジョリティー側が
「結婚は異性間でするものだ」
と思っている理由は、えてして
「なんとなく」
だったり、
「それがフツーだから」
だったりするのに対し、

「同性婚も許されるべきだ」
と主張する人々は、この問題について考えに考え抜いていて、自分が少数派であると知りながら、あえてその主張をし、行動に移す勇気がある人たちだと思う。



それと同様に、領土問題とかでナショナリズムがなんだかきな臭い方向に向いているこのご時世に
「君が代斉唱時に起立しない」
というのは、よっぽど考えた結果だろうし、勇気を持った人でなければ取れない行動だと思う。

一方、「起立すべき」と主張する側の根拠が
「日本人だから」
「公務員だから」
「それが当たり前だから」
という、ある意味もっともなんだけど、意外と浅い理由であるのと対照的。



本気で日本のことを想っているのは一体どっちなのか、
案外分からなかったりするからおもしろい。



---



男なら、、、
いや、性別関係無いや。

人間なら、一生に一度ぐらいは、自らすすんでマイノリティー側に立ち、
マジョリティー側(権力)に徹底抗戦したいものだ。



---



マイノリティーの人たちは、「マイノリティーである」というだけで一定のリスペクトに値すると思います。
戦っている人たちだから。

そして、リーダーたる人間はもちろんのこと、多数派の一員であることが多い僕も、
そうしたマイノリティーの声を押しつぶし、力で黙らせるのではなく、
ちゃんとそうした声も受け入れ、どうそれと向き合い、取り込んでいくかを考えたい。

一見遠回りのようで、実はそれが一番の近道だと思う。
by dantanno | 2013-08-15 01:20 | 提言・発明 | Comments(0)

「アンケート」という魔物

アンケートが好きです。


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一回答者としても回答するのも好きだし、
アンケートの実施者として、人にアンケートをとるのも好きです。



以下、アンケートについて考察してみます。

1. なぜ、アンケートが好きなのか
2. アンケートの種類
3. 「お客様の声」型アンケートについて




1. なぜ、アンケートが好きなのか

<回答者として>

自尊心?

アンケートって、要は「あなたの意見を教えてください」ってことじゃないですか。
そうなると、
D 「うん?何?ボクの意見を聞きたいの?しょうがないなあ♪」
ってことで、自尊心がくすぐられるのかも。

正解が無い感?

テストじゃないんですよね、アンケートは。
「正解を当てろ!」というプレッシャーがなく、
思っていることをそのまま記述/選択すればいいわけですよね。
そののびのび感がいいのかも。



<実施者として>

ワクワク感が楽しい

回答者の本音に迫るワクワク感。
(え、そう思ってたの?!)的な発見がありそうなワクワク感。
あと、自分に関するアンケートであれば、(褒められるかも・・・)という期待もあるかもしれません。

アンケートの設計が楽しい

アンケートを実施したことがある人なら同意いただけるかもしれないけど、
「何を聞くか」って結構難しい。
また、同じことを聞くにしても、それを
「どう聞くか」とか、
「どういう順番で聞くか」とか、
「どういう選択肢を用意するか」とか、結構難しい。

その難しさが楽しい。

これは、「せっかく取ったアンケートの回答を、一体どう活かすのか」という点につながる、重要な問題です。
この点については、後で詳述します。



2. アンケートの種類

一口に「アンケート」と言っても、いろいろあります。

世論調査型

「今の日本の政治をどう思いますか?」
「誰が首相になるべきだと思いますか?」

的なもの。

新製品どうでしょう型

「従来の電気釜の、どういったところが問題だと思いますか?」
「電気釜に求める機能はなんですか?」
「こういう電気釜があったら、使いたいと思いますか?」

など。

ユーザーレビュー型

レストラン、ショッピング、映画、本。
あらゆる分野で活用されるユーザーレビューも、広義の「アンケート」に含まれるかもしれません。

質問が無い、、、いや、実は「**についてどう思いましたか?」という質問はあるんだけど、それが隠れていて見えない、という点で、あまり「アンケートに回答している」という気はしないけど。



そして、我々がおそらく一番よく目にするのが

サービス改善のための、「お客様の声」型

飲食店に行くと、カウンターに置いてあるハガキとか。
ホテルに泊まったとき、部屋のデスクに置いてあるやつとか。

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以下、こうした「お客様の声」型アンケートについて、
少しつっこんだ考察をしてみようと思います。



3. 「お客様の声」型アンケートについて

「お客様の声」型のアンケート。
そのすごさは、案外世間に見過ごされていると思います。

このタイプのアンケートが、一体なぜすごいのか。



ドM感がすごい

「お客様の声」を求めるアンケートを設計しようと思うと、
アンケート実施者は分岐点に立たされます。

自分は、アンケートを通し、
1. 褒められて気持ちよくなりたいだけなのか、あるいは
2. けなされることにより、自分を改善したいのか。



例えば、あるファミレス店を考えてみましょう。

このお店、
・ 料理は超おいしい
んだけど、
・ お店が汚い
という問題点があるとしましょう。

アンケートで、自分で自信のある「料理の味」周りを重点的に聞くことにより、

「とてもおいしい」
「料理がすばらしい」

的な回答を多く集め、気持ちよくなったり、店長が出世したり出来ます。
でも、改善にはつながりません。

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本当に改善につながるのは、否定的な回答。
そして、否定的な回答を得るためには、否定的な回答がちゃんと出るような、ある意味自分の弱みをさらけ出し、ふんづけてもらうようなアンケート設計が必要になります。

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自信がすごい

例えば、上記とは別のファミレス店を考えてみましょう。

このお店は、
・ 料理がまずい
・ お店が汚い
・ 店員が恐い

と、3拍子揃っているとしましょう。

そんなお店が、サービス改善のため、お客様の声を集めよう!ということで、アンケートを取ることにしました。

料理の味はいかがですか?          いい  5 4 3 2 1  悪い
店内の清掃は行き届いていますか?    いい  5 4 3 2 1  悪い
店員の接客はいかがですか?        いい  5 4 3 2 1  悪い


予想通り、1とか2の回答が多い。

それに対し、
店長 「やっぱりなあ・・・」
って、
お前、アンケート取るまでもないだろ
って話です。



客に言われなくても、
・ 料理がまずい
・ お店が汚い
・ 店員が恐い

のが分かっているのであれば、わざわざアンケートを取る必要なんて無いわけです。

アンケート取ってるヒマがあれば、
問題点の改善のために努力してほしいわけです。



って考えると、サービス改善のために「お客様の声」を求めるのは、実は・・・・・



「我々自身では、もはや自分たちをどう改善すればいいのか分からない。
我々はもう、そういう高いレベルまで来てしまっている。
なので、ぜひお客様の、文字通り「観的」な視点で、
我々が自分たちでは気付いていない欠点を教えてください」


ということになり、
(お前、ずいぶん成長したなあ・・・)
と、師匠に目を細められること必至です。

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アンケートの「お礼の無さ」がすごい

こうした「お客様の声」型のアンケートをする場合は、必ずお礼をしないといけないと思う。
でも、実際にはお礼が無い場合が多い。

アンケート実施者の、「お礼はしなくていいや」という心理の裏には何があるのか?

推測ですが、
「このアンケートに回答することにより、メリットを享受するのは確かに我々店舗側であり、お客様側ではありません。
でも、我々がよくなることにより、結局そのメリットはお客様側に跳ね返ってくるわけだから、それ考えたら、お礼なんかしなくてOKっしょ?
だから、タダで協力してよ。」


ってことなのかもしれない。
ある意味一理あるけど、やっぱりお礼はした方がいいと思います、僕は。



「改善に活かす難しさ」がすごい

上記流れで考えると、真に意味のある「お客様の声」型のアンケートは、

・ 褒めてもらって気持ちよくなるためのアンケートではなく、
・ 自分で気付いている欠点を指摘されるアンケートでもなく、

・ 自分でも気付いていない欠点をあぶり出すためのアンケート

ということになります。

自分でも気付いていない欠点に気付けるようアンケートを設計するのは、
その欠点に自分でも気付いていないだけに、とても難しい。



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また、貴重なアンケート結果を実際の行動につなげられるような、
実務的な回答が得られるよう、アンケートを設計するのもとても難しい。



例えば、ファミレス店が

「お客様のご職業」

を客に尋ねたとして、

それ聞いてどうすんの?

が肝心です。

自営業が多かったらどうするのか。
主婦が2-3割だったらどうするのか。

「いや、結局どうもしません」
だったら、そんな質問項目要らないわけで、
アンケートを設計する際に
「こういう回答だったら行動A、逆にこういう回答だったら行動B」
と、アンケート結果を実際の行動に落とし込むところまで考えてアンケート設計をする必要があるので、とても難しい。

でも、これこそがアンケートの醍醐味であり、アンケートの意義そのものなので、
ぜひアンケート実施者の方々には、ここまで考えた上でアンケートに協力を求めてほしいと思います。

こちらサイド、かなりアンケート好きなので、喜んで協力しますよ!
by dantanno | 2013-06-28 11:47 | 提言・発明 | Comments(0)

艦長、どうか前をお向きください!

この前、安倍総理が発表した成長戦略

マーケットは「インパクトが無い」と失望し、
日経平均が下がった、って。



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一体、何を期待してたんだ?って思います。

戦略なんて、本来つまらないものです。

企業であれば、最終的には
どうやって売上を増やすか、あるいはコストを減らすか
しか無いわけで、それを実現するための戦略は、

やるべきことを粛々とやる
Gotta do what you gotta do

になるわけで、「おもしろい♪」とか「斬新!」を戦略に求める方が間違ってると思います。
(まあ、おもしろい戦略もあると思うけどね。)

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それはさておき。

戦略の「伝え方」には、大きく改善の余地があると思いました。



安倍さんっていっつもそうだけど、
手元の原稿見ながら話すでしょ?

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原稿を見ながら話すこと自体は悪いことではないと思う。



その原稿は、一体誰が書いたのか。
自分かもしれないし、補佐官や官僚かもしれない。

自分で書いた原稿なら全く問題無いと思うし、
「他人が書いた原稿を読むなんてけしからん!」
とも思いません。

例え別の人が用意した原稿でも、
本番前に自分で目を通し、追記・修正・削除をしていれば、
実質的に自分の言葉だと思うから。

スピーチが上手とされるオバマさんだって、原稿棒読みです。



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僕が問題だと思うのは、
「戦略がインパクトに欠ける」
ことでもなく、
「原稿を読み上げている」
ことでもない。

問題は、メッセージを伝えるときに、聞き手の目を見ていないことだと思う。

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「一緒に、力を合わせ、がんばろうではありませんか!」
と、うつむき加減で言われても、説得力ゼロです。


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せっかく優秀な補佐官たちが取り巻いているのに、
なんで誰もこれを問題視しないのか、不思議でならない。



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解決策は、
ここに書くのもアホらしいほど当たり前すぎるけど、
例えば



1.プロンプターを使う

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これがあれば、聞き手の目を見ながら、、、
いや、実は見てないけど(笑)、
目を見てる風に話せます。

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2.原稿にメリハリを付ける

上記、安部さんが成長戦略を発表する際のTV画面の字幕から類推するに、
恐らく安部さんの手元の原稿にはこのように書いてあるのでしょう。

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こうやってベチャーってやっちゃうから、読みにくいんでしょ。

司会者がやるように、こうしたら?

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あるいは、通訳者風にするとか(笑)。

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余談だけど、
これを訳せと言われたら、例えば
Japan will increase it's GNI per capita by 1.5 million yen in 10 years' time.
とかにします、僕だったら。

まず主語(Japan)を選び、
次に一番左下の「+」を訳し、
一番上の「何を?」を訳し、
で一番下に戻って金額を言って、
最後に真ん中の期間を訳す。

めまぐるしいでしょ(笑)。



3.本気で信じていることを語るのに、果たして原稿は必要なのか

「原稿使うの、アリなんじゃない?」って書いたけど、
やっぱりね、欲を言えば原稿無しでやってほしいです。



一国の首相は、考えることがいっぱいあって、
いろんな細かいことまで全部そらで語れ、っていうのは無理な話。

戦艦ヤマトの艦長が、
「今、第18ボイラー室の室温は?」
って聞かれても、
「知るかよ」
って話です。



でも、今の安倍さんにとって「成長戦略」って、もうほぼ全てでしょ?
なんで、それを原稿見ながらじゃないと語れないのか。

松崎しげるが、歌詞カード見なきゃ「愛のメモリー」を歌えないようなもんです。

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今後、わが艦がどちらに進むのかを聞かれたときぐらいは、
手元の原稿に頼らず、しっかりと前を見て語ってほしいです。
by dantanno | 2013-06-13 00:42 | 提言・発明 | Comments(0)

「シートベルトをしっかりとお締めください」について

飛行機に乗り込み、席についてまずやることといえば、、、
シートベルトを締める、でしょうか。

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その後、出発から離陸までの機内アナウンス:

1. 出発前 「シートベルトをしっかりとお締めください。」
2. 離陸直前 「当機は間もなく離陸いたします。シートベルトをしっかりとお締めください。」
3. 高いとこまで上がったら 「シートベルト着用のサインが消えましたが、お座席にお戻りの際はシートベルトをお締めください。」
4. 気流が乱れたら 「シートベルト着用のサインが点灯いたしました。シートベルトをしっかりとお締めください。」
5. その後、気流が落ち着いたら 「シートベルト着用のサインが消えましたが、お座席にお戻りの際はシートベルトをお締めください。」
6. 着陸1時間ぐらい前 「着陸時はシートベルトをしっかり締め、<中略>
7. 着陸態勢に入ったら 「当期は間もなく着陸します。シートベルトをしっかりとお締めください。」
8. 着陸したら 「羽田国際空港に着陸いたしました。飛行機が完全に停止し、シートベルト着用のサインが消えるまで、<中略>
9. 飛行機が間もなく停止するとき 「飛行機が停止しましても、シートベルト着用のサインが消えるまで、シートベルトをしっかりとお締めください。」




日本語で9回、英語で9回、計18回シートベルトを締めるように言われます。



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僕の過去の記事を読んでくださっている方は、
僕が今時珍しい「無駄なアナウンス嫌い」であることをご存じでしょう。

当然、上記シートベルト着用のアナウンスについても一家言あるわけですが、


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今日は、僕のそんな気持ちはほっといて、単純にCAの人たちの立場に立って考えてみます。





大変じゃない?



なんかのアレで読んだんだけど、
CAの仕事って結構大変みたいです。
やることいっぱいあって。



ただでさえも忙しいのに、その上さらに18回もシートベルト、シートベルトって言わされるのってどうなのかな、って思ったので、解決策を考えてみました。

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1. 言わない

飛行機に乗ったら、シートベルトを締めるって、もはや常識のような気もする。

「飛行機は、空を飛ぶ乗り物です」と18回言う必要が無いのと同様に、
「シートベルトをお締めください」は、もう言わなくてもいいんじゃないか。
言うとしても、1回だけとか?聞き逃した人用に、2回とか?

「シートベルトを締めないと、困るのは当人だけ」というのであれば、解決策1.もいいかもしれませんね。
実際には、万一の際、シートベルトを締めてなかった不届き者が宙を飛んできて、他の乗客がケガしたりするかもしれませんが。



2. シートベルトを締めてないと警告が出るようにする

DisneylandのStar Toursとか、最近行ってないけど、ああいうみんなで乗るアトラクションって、
みんながベルトを締めてないと、スタッフの人が分かっちゃう仕組みになってたりするじゃないですか。
そうやって安全性を確保してるわけだけど、飛行機でもそれって出来ないかなあ。

あるいは、クルマみたいにキンコン鳴らすとか。
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18回も言うほど大事なら(実際、大事だと思いますが)、する/しないを乗客に任せてしまうのではなく、締めてない人がいればなんか光ったり、音が鳴ったりするようにすればいい。

当然コストがかかりますが、フライト毎に18回もCAにアナウンスさせる手間を定量化したら、多分そっちの方が大きいと思う。
by dantanno | 2013-05-18 18:24 | 提言・発明 | Comments(0)