たんのだんのブログ

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買い物のヒット率

洋服とか、家電とか、本とか。

何かモノを買って、それが「買ってよかった♪」となるか、「買わなきゃよかった・・・」となるか、そのヒット率すなわち打率は何割ぐらいか。その打率は、世間一般では大体何割ぐらいで、自分に限って言うと何割ぐらいか。

あまり考えてみたことが無かったが、いざ考えてみると、打率はそんなに高くはないだろう、と思う。こと自分に限っては、それほど深く考えずにモノを買うことも多いし、ネットで、実際のモノを手に取らずに買うこともある。本などは、その性質上、中身をよく知らずに買うことになる。それらの背景を総合すると、買い物の全部が全部「買ってよかった♪」となるはずがない。打率は結構低いはずだ。


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自分の「買い物打率」を、仮に3割程度とする。一流の野球選手の打率だってそれぐらいなわけで、自分の買い物打率はそれを超えないだろう、というのは妥当な線のような気がする。

では、自分がそうやって買ったいろいろなモノを「捨てる」割合はどれくらいか?
洋服、家電、本を計10個買ったとして、その内どれくらいを比較的早いタイミングで捨てているか。損切りしているか。

ちなみにここで言う「捨てる」は、寿命が来たから捨てるとか、壊れたから捨てるとか、あるいは引っ越しとか年末の大掃除のタイミングで思い切って捨てる、といった捨て方は含めていない。そうではなくて、買い物をした後、比較的早いタイミングで「これは失敗だった」という認識のもと、損切りの気持ちで捨てるという、そういった「捨てる」を指している。

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買い物の「打率」が仮に3割だとすると、残りの7割は「失敗」ということになる。そして、その買い物が「失敗」だったことに、我々は実は結構早いタイミングで気付いているはずだ(気付こうとしていれば、の話だが)。と考えると、買ったモノの約7割を、買った後比較的早いタイミングで損切りをして捨てていてもおかしくない。でも、実際はそんなに捨てていない。自分の場合、7割どころか3割も、、、いや、1割も損切り的な捨て方をしていない気がする。しかし、冒頭で論じた自分の「買い物の打率の低さ」を考慮すると、買ったモノの内7割とか、かなり高い割合のモノを損切り的に捨てているべきというか、はずであって、それをしていないのはおかしい、ということになる。
なぜ損切り的に捨てていないのか。

<買い物が失敗だった、と認めたくない>
心のどこかで「この買い物は失敗だった」と分かっているのに、それを認めたくない。認めてしまうと、失敗だったという事実に向き合わないといけなくなり、自分を否定することになる(ような気がする)から。実際は買い物の失敗=自分の否定、みたいに結びつける必要なんて全然無いんですけどね。

<考えたことが無い>
自分の買い物の打率が結構低い、という事実に気付いていない。っていうか、今まで考えたことが無い。

<「反・断捨離」的思考>
「捨てるのがもったいない」とか「いつか使うかも」とか「誰かにあげたら喜ばれるかもしれないから一応取っておく」といった、通常の「反・断捨離」的なものの考え方

とりあえず思い付いたのは上記3つだが、いずれも自分にしっかりとあてはまっていると思う。

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買い物もそうだし、人生もそうだが、「やってみなきゃ分からない」という面がある。買い物の例で言えば、実際にそのモノを買ってみて、手に取ったり、家に置いて眺めてみたり、日常的に使ってみたりして初めて「自分にはこれは要らない」とか「これは自分に合っていない」、そして「自分がほしいのはこれではなく、○○だ!」と気付くこともたくさんある。だから、「やってみる」ことは悪いことではなく、むしろいいこと。そして、挑戦に失敗はつきもの。つきなみな言葉だが、失敗していないということは挑戦していないことの表れでもある。

だからこそ、まずは自分の打率の低さを自覚した上で、その買い物が果たして自分にとって成功だったのか失敗だったのかを冷静に吟味して、失敗だったと判断したなら潔く損切りをし、前に進む、そういうやり方をしていこうと思った。買い物においても、人生においても。

by dantanno | 2016-11-07 16:00 | プライベート | Comments(0)