サイマルのインターネット講座で「ノートテイキング」を学ぶ

サイマル・アカデミーのインターネット講座で、谷山 有花さんの「通訳のためのノート・テイキング」を受講した。

自分のノート・テイキング(以下「メモ取り」)は、やり方が既にある程度確立されている。特にIR通訳に関しては。
「確立されている」というと聞こえはいいが、悪く言えば「固まってしまっている」ということでもある。それをぶち壊すことで、文字通りブレイクスルー出来るのではないか、というのが今回この講座を受講した動機である。
自分以外の通訳者(谷山さん)がメモ取りについてどのように考え、実際どのようにメモを取っているのか、を学びたかった。また、通訳を教えている者として、他の方の指導法を参考にし、そこから学びたい、という動機もあった。

ーーー

受講してよかった。以下、感想をいくつか。

<いいショートカット>
メモ取りについての、講師役の通訳者による単なる好みの押しつけではなく、このような理論に基づく体系だった指導は、全ての通訳者が初期段階で経るべきだと思う。自分の場合、通訳学校に途中から編入(?)したこともあり、そういうプロセスが抜けてしまっている。

自分が今の時点で受講してもためになったが、駆け出しの頃に受講していたらもっとよかったと思う。メモ取りについてはいろいろ試行錯誤しながら自己流で確立して来た。キャリアの初期の段階でこのような講座を受けていれば、もう少しショートカット出来ただろう。

ショートカットには「いいショートカット」と「悪いショートカット」があると思う。

いいショートカット: 「包丁は危ないから、もう少しお兄ちゃんになるまで触らないようにね。」
悪いショートカット: 「この問題の答えは○○だよ。あ、まだ解いてる途中だった?ゴメン、ゴメン(笑)。」

メモ取りについてのこうした指導は、いいショートカットだと思う。

<絵の多用がすばらしい>
講義では、例えば「話す」というメモを取るときに口の絵を描いたり、「〜と聞いた」をメモするときは耳の絵を描いたり、というように絵が多用されていた。この辺は、もしかしたら女性ならではのセンスなのだろうか。自分からはあまり出ない、いい発想だと感じた。
これは、自分のメモでも取り入れる余地が大きい。さっそく明日の逐次トレーニングの際、絵を使ってメモることを自分に強制してみて、どのような結果になるのか試してみたい。

<ロジックの取り方も参考に>
自分は、例えば「前年比3%増」という発言を「LY比+3%」とメモっている。
一方、講義での参考例は「+3%/前」みたいな感じだった。そっちの方がいいな、と思った。
コンパクトであることに加え、英語の順番になっているから。自分のメモだと、仮にそのままの順番で訳すと
"last year compared to up 3%"
と意味不明になってしまうので、訳す際に順番を入れ替える必要がある。でも、講義の参考例であれば、そのまま訳してしまっても
"up 3% from last year"
と、そのまま訳として使える。下ごしらえが自分よりも一歩進んでいる、いいメモだと思った。

<「メモは縦方向に取る」という原則・・・>
講義の中で谷山さんは、「ノート・テイキングの方法は、講師のやり方が唯一の正解というわけではない。最終的には、各通訳者が自分で考え、自分のやり方を確立していくべきだ」的なことをおっしゃっている。まさにそうだと思う。

その前提があった上で、講義の中で何度も「メモは縦方向に取る」というメッセージが登場する。これは、この講義に限ったことではなく、あらゆる場面で唱えられている「通訳の原則」であり、常識である。自分も、通訳学校で、そしてそれ以外の場面(本など)で何度も繰り返し「メモは縦に取る」と教わり、実際メモを縦に取って来た。

でも、最近は横に取ることも多い。2色で。
青で横にバーッと取り、次の発言は赤でその右側に取っていく。紙の端まで行ったら折り返し、次の行に行く、という感じ。

(色を変えることにあまり深い意味は無いが、これから訳す箇所と既に訳し終えた箇所との区別を付けやすくするためにやっている。1色だけでメモを取ると、訳し終えた箇所のメモをシャーっと消す必要が生じるが、その時間と労力を「戦略的な訳」に振り向けたい。)

もしメモを「縦方向に取る」べきなのであれば、他の取り方(例えば横とか、斜め(?)とか、それ以外の方法)に対し、縦方向のメモが何らかの面で具体的・客観的に優れている必要がある。そうでなければ、「縦でなくてもいい」という指導になるはずだから。でも、少なくとも自分は今まで、「縦方向以外に、どのような取り方があるのか」、そして「それらの各方法と比べ、なぜ縦方向が優れているのか。他はどのような面で劣っているのか」について、教わった記憶は無い。

「メモは縦」の根拠でよく言われるのが「話の展開や、論理の流れを分かりやすく/見やすくするため」という点がある。でも、完全にランダムにあっちこっちにメモってしまうのであれば別だが、例えば「横向き」のメモであっても、話の流れを分かりやすく追うことは出来る。目をスクロールさせる向きが異なるだけのような気もする。

恥ずかしながら自分は、海外の大学院等で通訳を学んだり、外国人の通訳者と接する機会がそれほど多くないので分からないのだが、「メモは縦に」は世界共通なのか、あるいは日本人通訳者特有の話なのか?
日本では文字を縦に読むことに慣れているから、通訳時のメモも縦に取った方が「目で追いやすい」のだろうか。それに対し、例えば欧米の文化であれば、目は縦ではなく「左から右」に動くことに慣れている、という違いがあるのだろうか。今度、内外の通訳者に聞いてみよう。

話を自分に戻すと、メモを横に取ることもあれば、初期の頃のように縦に取ることもある。
でも、一番多いのは、「四角に取る」パターン。

縦でも横でもなく、「縦 X 横 = 四角」に取る。面で取る、という言い方も出来るだろう。
「いい通訳」は、言葉に囚われずに「メッセージ」を訳すことである、という観点からすると、メモを縦でも横でもなく四角に取り、一つのメッセージを一つの「絵」、あるいはパワポのスライドのようなものとして捉える、というのはおもしろい方法だと思っていて、目下多用している。

メモを縦(横でもいいけど)に取る問題点は、一番上の箇所を訳しているとき、「先が見えにくい」という点にあると思う。もちろん目を大きくスクロールして一番下まで行けば「見える」わけだが、本番中、余裕があまり無い状態の中、それを毎回やるのはなかなか難しい。だからこそ、メモを縦に長く取ると、結果的に編集作業があまり行われず、メモの一番上からそのまま順番に訳していくことになりやすい。それ以外の訳し方が難しいからだ。

定量的/客観的に分析したことはないが、通訳学校で「正統派」の通訳教育を何年にも渡って受けてきた通訳者ほど、メモの一番上から順に、悪く言えば機械的に、訳していく傾向があるかもしれない。
それに対し、メモを縦にではなく四角に取ると、全体を一つの絵として把握しやすくなる。そして、発言のロジックの各アイテムがひとまとまりに近寄っていれば、起承転結も把握しやすくなり、自分が好む「戦略的な訳」がしやすくなる。

最近、自分が特によくやるのが、メモを大まかに4つのブロックに分けること。左上、左下、右上、右下と、大きく4象限に分け、それぞれのブロックの間の関係を考えながら訳を構築すると、やりやすい。(例: 左上の部分はイントロダクション、左下の部分が問題提起。右上が裏付けとなるデータで、右下がオチ、みたいな感じ。)

縦、横、四角、その他の方法。。。この辺は好みの問題でもあるだろう。冒頭の「メモ取りに唯一の正解無し」の通りだ。

いずれにせよ、メモは(必ずしも)縦に取らなくてもいい、というのが今のところの自分の実感である。もちろん、どの先生も「縦に取れ」と押しつけてはいない。「メモは縦に」という点に限らずだが、谷山さんのように「自分の指導内容が唯一の正解ではない」とわざわざ前置きしてくれている先生も多いし、仮にその前置きをしていなくても、それは前置きを省略しているだけで、通訳を教える人はほぼ全員そういうつもりで教えている。
そういう大前提があるのはよく分かる。でもそれにしても、どこを向いても「メモは縦」の大合唱の中、駆け出しの通訳者は他のメモ取り方法を試すどころか、それが存在することに気付くのも難しいだろうな、ということで、ちょっと一石を投じさせてもらいました。

by dantanno | 2016-02-09 00:15 | プレミアム通訳者への道 | Comments(0)