場を成功に導く通訳

通訳に関する文章です。

でも、他の分野の仕事にも関連する内容だと思うし、通訳と無縁の方にも楽しんでいただきたいと思って書いてみたので、よかったら読んでみてください。



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最近のIRミーティングでありがちな以下のやり取り:

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この、企業の回答をどう訳すか。



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Aさんの訳はこうです:

Well, generally speaking, there does seem to be some last-minute purchases being made for some of the expensive items, such as condos and cars.
However, the items we sell are mainly daily necessities, and prices are relatively low, so we are not seeing that in our stores.
We are not concerned about the falloff in demand after the tax rate goes up next April, either.




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通訳をされている読者の中には、
「自分だったらそうは訳さない」
という方もいるでしょう。
通訳者によって、訳は様々ですから。

でも、このAさんの訳、それほどひどい訳でないことも確かです。
個人的には、企業の方が「需要」と言っているのに、それを"demand"ではなく"purchases"と訳すあたりがニクいなあ、と思います。



僕、学校で通訳を教えていますが、もし教え子が上記のような訳をしたら、
「もう教えることは何も無い」
と手放しで褒めるでしょう。
(みんな、がんばってね。)



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一方、Bさんはこう訳しました:



No.







・・・・・・・・。

"No."って。。。



確かに、投資家の
「インパクトはありそうか?」
という問いに対し、企業は
「あまり無さそう」
的な回答をしているので、"No."と訳すその気持ちは分かるんですが、その"No."の背景とか、細かい情報が全て抜け落ちてしまっています。

これでは、いい訳とは言えません。

僕含め、通訳学校の先生の多くは、
「落としすぎ」
とBさんを叱るでしょう(笑)。



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通訳の現場でありがちなクレームのひとつが、

「話し手があんなに長くしゃべってたのに、訳がとても短かった。話し手が言ったことをちゃんと訳していないんじゃないか。はしょりすぎなんじゃないか」

というもの。

今回、企業がいろいろ言っているのに、訳が一言"No."だけですから、モロにこれにあてはまります。



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Bさんは、なぜメッセージの大半を落としてしまったのか。



1.音を聞き取れなかったのかもしれません。

あるいは、
2.音は聞き取れたけど、それをRetain(記憶に保持)出来なかったのかもしれません。

あるいは、
3.音は聞き取れたし、それをRetain(記憶に保持)も出来たけど、その意味が分からなかったのかもしれません。

あるいは、
4.音は聞き取れたし、それをRetain(記憶に保持)も出来たし、その意味も分かったけど、それをどう表現するか、いい訳が思いつかなかったのかもしれません。

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こう考えると、通訳者は実にたくさんの作業を同時進行で成し遂げているんですね。
ステキです。



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そこにもう一人、別の通訳者がやって来ました。
Cさんです。



Cさんの訳は、Bさんと同じく
No.



でも、Cさんの場合、Bさんとはちょっと様子が異なるようです。

Cさん曰く、、、

自分は、
・音をちゃんと聞き取れて、
・Retain(記憶に保持)もしっかり出来、
・意味もバッチリ分かって、
・いい表現・訳も思いついた。

言い換えると、Aさんのような正確な訳をしようと思えば十分出来た。

でも、投資家の質問がYes/no questionであることを踏まえ、あえて

「オチ、すなわち"No."だけを伝えればいい。前半部分は訳さなくていい、いや、むしろ訳さない方がいいと思った。」

と言うのです。



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僕だったらCさんのような落とし方はしませんが、でも、Cさんの気持ちもちょっと分かります。



僕、IRミーティング中、よく投資家のメモを見ています。

投資家のメモを見る理由はいろいろあるんですが、メインの理由は、自分の訳をどのように、どの程度メモっているかを確認するためです。
それに合わせて訳を調整しています。



例えば、冒頭のQ&A

場を成功に導く通訳_d0237270_13454922.jpg


を受けて、Aさんの訳

Well, generally speaking, there does seem to be some last-minute purchases being made for some of the expensive items, such as condos and cars.
However, the items we sell are mainly daily necessities, and prices are relatively low, so we are not seeing that in our stores.
We are not concerned about the falloff in demand after the tax rate goes up next April, either.


をした場合、投資家はそれをどうメモるか。

訳を全部メモろうとする投資家もいますが、
単に"No impact"とだけメモる投資家もたくさんいるんです、実際。



別の例を挙げましょう。
例えば以下のようなやり取り:

場を成功に導く通訳_d0237270_1348020.jpg


この、企業の回答を、例えば以下のように訳したとします:

訳例: It's hard to say, because it's difficult to obtain official statistics in China.
So, we don't disclose our official estimate, but to give you my personal view, I would say,,, maybe around 30%?




ふう、がんばって大体正確に訳し終えた。やれやれ、、、と思いながら投資家の手元を見ると、メモは



30%



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・・・・・・・・・・・。

企業の方が、あんなに補足説明とディスクレーマーを入れたのに。。。
オレ、あんなにがんばって全部正確に訳したのに。。。

結局、通訳者が

訳例①: It's hard to say, because it's difficult to obtain official statistics in China.
So, we don't disclose our official estimate, but to give you my personal view, I would say,,, maybe around 30%?


と訳そうが、

訳例②: 30%

と訳そうが、結果は同じなわけです。
少なくとも、投資家のメモ帳の上では。

いや、むしろ余計な情報が無い分、訳例②の方がいいと投資家は言うかもしれない。



こういうことが続くと、通訳者としてもヤケになり(?)、
「もう、企業の前置き部分はあまり訳さないことにする!
オチだけを訳す!」
となりかねない、その気持ちも分かるんです。



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話を戻します。

同じ"No."という訳でも、

Bさんは「落とさざるを得なくて」落とした
Cさんは「あえて、確信犯的に」落とした

そこに至るプロセスは両者間で大きく異なります。

でも、残念ながら、Cさんの訳にも×がつくでしょう。

「通訳者の主観を入れてはダメ」

って。

「どこが大事で、どこは落としてもいいか、その判断を通訳者がしてはいけない。
通訳者は「何も足さない、何も引かない」で訳さないといけない」


って。



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「通訳者は「何も足さない、何も引かない」で訳さないといけない」

確かにその通りだと思います。

一般論として、通訳の現場で「話し手が言っていないこと」を通訳者が勝手に付け加えたり、「話し手がせっかく言ったこと」を通訳者が勝手に落としたりしてはダメです。
聞き手は、話し手の話を聞きたいのであって、通訳者の話を聞きたいのではありません。

通訳者が勝手に、つまり、言い換えると通訳者の主観に基づいてあれこれ判断し、話を歪曲してしまってはいけないわけです。



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またまた余談ですが、
ときどき、通訳者に対して

「要点だけ訳してくれればいいから」

とおっしゃるクライアント/会議参加者がいらっしゃいます。

それに対し、反発を覚える通訳者もいます。

なぜ反発を覚えるのか。



①実はラクじゃないから

クライアントが
「要点だけ訳してくれればいいから」
とおっしゃるとき、一抹の
(だってホラ、その方が通訳さんにとってもラクでしょ)
感が漂います。

でも、「要点だけ訳す」のは通訳者にとって必ずしもラクとは限りません。

どこが要点なのか、を考えないといけないし、
その要点に絞った訳になるよう、訳を編集しないといけません。

ある意味、話し手が言っていることを全部そっくりそのまま機械的に訳す方がラクだったりするんです。



日頃、話し手の発言の「どこが要点なのか」について、いちいち考えながら訳している通訳者と、あまり考えていない通訳者と、2タイプに分かれるようです。
これは多分いい/悪いの話ではなく、単に通訳スタイルの違いのような気がします。
(どうでもいいですが、僕は前者です。)

前者、つまり常日頃「今の発言の、一体どこが要点なのか」をいちいち考えながら訳している通訳者にとっては、どうせいつもやっている作業なので、「要点だけ訳して」と言われても、あまり負担は増えないかもしれない。

でも、日頃後者のスタイルをとっている通訳者にとっては、「発言の要点が何かを考える」という追加作業が発生し、それはその通訳者にとってJob descriptionから外れる行為になるので、反発を感じるのかもしれません。



「要点だけ訳してくれればいいから」と言われた通訳者が反発を覚えるもう一つの理由、それは

②通訳者の主観を交えたくないから

要点だけ訳すとなると、上述の通り、「どこが要点なのか」を判断する必要があります。
その判断は、話の流れや背景知識などに基づき、通訳者が自身の主観に基づいて行うことになります。

「通訳者は、自らの主観を訳に交えてはいけない」と考えている通訳者にとっては、「どこが要点なのか」という主観的な判断を下すことは、自らのポリシーに反するでしょう。

真面目な通訳者ほど、主観を交えることに反発を感じるかもしれません。



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一方で、、、

通訳は、常にその通訳者の主観にまみれていて、決してそこから逃れられない

とも言えます。



通訳のプロセスを大きく
1.理解
2.表現
に分けます。

通訳者数名が、全く同じ発言をみんなで交互に訳すゲームを想定しましょう。

1.理解 (今の発言はどういう意味か)
についても、また
2.表現 (その「意味」を、一体どう表現するか(訳すか))
についても、通訳者一人一人バラバラでしょう。

私はこういう意味だと思う。
いや、私はこういう意味だと思う。
私もそういう意味だと思うけど、でもここのところはこういうニュアンスじゃないかしら


発言の意味について、みな微妙に解釈がずれるでしょう。

そして、それを訳す段になっても

自分だったらこう訳す
いや、私だったらこう訳す
私も大体その訳でいいと思うけど、ここの部分はこう訳す


みな微妙に異なるでしょう、きっと。



なぜ、
1.理解についても、
2.表現についても、
通訳者それぞれバラバラになるのか。

それは、唯一絶対の「客観的」な理解方法、および表現方法が存在せず、各通訳者がそれぞれの「主観に基づいて」理解したり、表現(すなわち訳)したりしているから、とも言えるのではないでしょうか。



通訳者によっては、
「通訳者の主観を訳に交えてもいい」
どころか、
「通訳者自身の解釈(Interpretation)を訳に反映させることこそが通訳者の付加価値」
とまで考えている方もいるでしょう。



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先程触れた
「通訳者は、何も足さない、何も引かない」
も、無数に存在する訳し方の中から上記訳し方を意図的に選んでいる時点で、意外と主観的であるとも言える。

(「外貨預金を始めたよ」とか、「全財産を株に突っ込んじゃった」という人は、とてもActiveに投資をしている感じがしますが、我々その他大勢の一般的な日本人も、銀行口座に円の預金を持っている時点で、実は気付かずに(Passiveに)「円に投資している」のに似ています。)



「何も足さない、何も引かない」
は、確かウィスキーの広告のコピーだった気がします。

通訳というのは、日本語を英語に変えたり、英語を韓国語に変えたり、韓国語をスワヒリ語に変えたりする作業です。

人間で言えば、性転換手術
クルマで言えば、フェラーリ・エンジンのカローラへの載せ替え、
飲み物で言えば、ウィスキーからウーロン茶への転換

ぐらいの大大大転換をしている傍らで、「何も足さない、何も引かない」とはちゃんちゃらおかしい、という気持ちも分からないでもない。



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実にいろいろな考え方の通訳者が存在しますが、大きく分けると

Aさん 「何も足さない、何も引かない」派
Cさん 「通訳者の主観を交えるべき」派

に分けられるでしょうか。



そのどちらでもなく、「ケースバイケースで判断すべき」という通訳者も多いでしょうが、そういう通訳者も、マクロ(全体の方針)ではなくミクロ(個別のケース毎)に上記判断をしている、という意味では、スケールが違うだけで本質は似ている気がします。



AさんもCさんも、「通訳はどうあるべきか」についての自説を真剣に論じているのは大いに結構ですが、我々通訳者が
「誰かにサービスを提供して報酬を稼ぐプロフェッショナル」
である限り、自分(通訳者)よりも大事にすべきものがある、と考える人がいてもいい。



Dさん 「場がどういう訳を求めているか」を重視すべき



Dさん曰く、「何も足さない、何も引かない」も、「通訳者の主観を交えるべき」も、結局その通訳者の好き好きに基づいて主張しているだけではないか。

通訳者が「どう訳すべき」だと思うか、あるいは「どう訳したい」かなどではなく、
「場がどういう訳を求めているか」
を重視すべき。

具体的にはどういうことか。



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冒頭のQ&Aに戻ります。

ここで、投資家は「長々とDiscussionをしたいのではなく、単にYes/noどっち、というのを知りたいだけ」と信じる根拠があると仮定しましょう。(例えば投資家が実際にそう言っていた、とか。)

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Aさんのように、全部しっかりと訳すとどうなるか。

Well, generally speaking, there does seem to be some last-minute purchases being made for some of the expensive items, such as condos and cars.
However, the items we sell are mainly daily necessities, and prices are relatively low, so we are not seeing that in our stores.
We are not concerned about the falloff in demand after the tax rate goes up next April, either.




企業は、「私の話を正確に訳してくれている♪」と喜ぶでしょう。
一方、投資家は長々とした訳を聞きながら、「Yes/no、一体どっちなんだ!」とイライラするかもしれません。

投資家の手元のメモを見れば、きっと訳の最後までYes/noが分からず、ずっとペン先が泳いでいることでしょう。

訳は間違っていません。正しいです。
だから、文句のつけようがないので、クレームはあまり入らない。
でも、「正確な訳」以上の付加価値は無いので、その分指名も入りにくいかもしれません。

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それに対し、Cさんの"No."という訳はどうか。

今回の投資家であれば、喜ぶでしょう。
(普通の投資家であれば、はしょりすぎと感じるでしょう。)

一方、企業の方は「自分の話をちゃんと訳してくれていない!」と不満に思う可能性が高いし、会場にいるその他のAudienceも「あの通訳者、はしょりすぎ」と感じるでしょう。

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今回の"No."は極端だとしても、こうした投資家寄りの訳をする機会はIRでよくあります。
実際、こうした処理をうまく出来ることもあって、投資家から好かれている通訳者を複数知っています。

ちなみに僕はここまで投資家寄りの訳はしません。
これを続けていれば、投資家から好かれて指名が入るかもしれませんが、企業、およびその他のAudienceの方々からクレームが入る可能性も高いから。

投資家は大事だけど、その投資家に喜んでもらうためには自分が通訳を続けることが大前提となり、通訳者生命が絶たれないよう、自衛する必要があります(笑)。



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つまり、企業と投資家の利害はモロに対立するわけで、「場が求める通訳」をするためには、こうした利益相反をうまく処理する必要があります。

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つまるところ、僕が日々現場でやっているのは、こうして真っ向から対立することの多い投資家と企業の間での利害の調整、それに尽きるとも言えます。
それを、大好きな「通訳」というツールを通して行うのがとても楽しいんです。



<利益相反の処理>

新卒で入った商社では天然ガスを担当しました。
今振り返ると、日々、売り手(石油メジャー)と買い手(日本の電力・ガス会社)の間の利益相反の調整をしていたようなものだな、と思います。

今、通訳エージェントを運営していますが、これまた日々、通訳者とクライアントの相反する利害をどう調整するか、が課題です。

そして通訳者としても日々現場に立っていますが、会場にいる様々な立場の人がそれぞれどういう訳を求めているのか、毎回意識しながら訳そうとしています。
そこに付加価値があると感じているので。



<最後に>

長い記事にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。

最後に、自分であれば今回のQ&Aをどう処理するか、考えてみました。

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この回答を訳す際は、まず投資家を満足させることを第一に考え、その上で、投資家を怒らせない範囲で企業、およびAudienceに対する無礼を減らすことが出来ればベストだと思います。

投資家を満足させるためにまず結論である No. を訳の冒頭に持ってきて、メモを取らせます。
その上で、なぜNoなのかの部分(企業が入れた前置き)を訳すことにより企業の心を穏やかにします。

前置き部分の訳は、投資家は聞きたければ聞けばいいし、聞きたくなければ心の中で次の質問の準備をしていただければいい。

結局前置き部分を訳すという意味ではAさんの訳と同じですが、Aさんのように前置き部分を訳の最初に持ってきてしまうと、投資家はそれにずっとPay attentionせざるをえず、ストレスを感じるかもしれない。

前置きを後に訳す方法であれば、今回のように「とにかくYes/noだけを知りたい」という投資家もHappyにしやすいし、「企業の方とDiscussionしたい」という投資家にとっても、まず結論を聞いた上でそれをサポートする論点をじっくり聞ける、という意味で喜ばれます。

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最近はこのように、「通訳はこうあるべきだ!」とか、「オレはこう訳したい!」はちょっと脇に置いておいて、「場がどういう訳を求めているか」を意識するようにしています。

我々通訳者のJob descriptionは、「上手に通訳をすること」ではなく、「場を成功に導くお手伝いをすること」だと思うので。
by dantanno | 2013-12-14 14:23 | プレミアム通訳者への道 | Comments(0)