たんのだんのブログ

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シンガポールに来ると思うこと: 仕組みを考える者たちへ

年1回ぐらい、シンガポールに来ます。
証券会社主催の会議で、通訳をするために。

海外での会議に限らずですが、通訳って、ミーティングの合間の待ち時間が結構あります。
そういうときは、ショッピング・モールの中のスタバ等のカフェで時間をつぶしています。

予習をしたり。
IRISのこと考えたり。
本読んだり。

今回、出張のお供にPick upしたのは3冊。
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「街場の読書論」は、この前の沖縄旅行に持ってったやつです(そうだ、書評書くんだった。)

「堕落論」は、
D (堕落論読んでるオレ♪)
と、自分に酔うため、というのが主目的。

"Occupy"は、僕が結構好きなChomsky様が、
僕が結構キライなOccupy活動について好意的に書いた本なので、
「どれどれ、どんなもんかな」的に買ってみました。



こういう本を、ステキなカフェで読みたいな
と思い、ショッピング・モールをウロウロ。

ありました、いい席が。
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そこに陣取って、本を読み始めてしばらくすると、
昼時になり、だんだん混んできました。



一人客なのに、4人席をそれこそOccupyしちゃってごめんなさいね。
でも、まだ周りの席も結構空いて、、、、、



空いてないし!
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フフフフフフフフフフフフフフフフフ

日本って、あれがダメだ、これがダメだと、最近なんだか散々じゃないですか。
それに対し、僕はシンガポールでこの光景を目にすると、
D (一矢報いた!)
と驚喜します。

何言ってんのか、意味が分かんないですよね、すいません。

要するに、
外国のカフェでこの光景を目にする度に、我らが日本のすばらしさを実感するんです。

「客が、自分で片付ける」という仕組みのすばらしさを。



カフェで飲み食いした後の片付け。
誰かがやらないといけません。
問題は、やるかやらないかではなく、誰がやるかです。

日本では、客がやります。(和式と命名)
シンガポールを始め、外国では店側(店員)がやります。(洋式と命名)

和式、洋式、どっちでもいいじゃん、って思います?
あるいは、店側がやってくれる洋式の方が、客としてはありがたいじゃん、って思います?

僕は、だんぜん和式派です (トイレは洋式派♪)。



結局誰かが片付けなきゃいけない、という点では、和式も洋式も対等です。
問題は、誰が片付けるかなんですが、ここで天と地の違いが生まれます。

洋式の場合、こういうことになります。
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この写真を撮った時点では、まだ奥の方の席が空いているからいいんですが、
昼時の、ほんとに混む時間帯になると、どうなるか。。。

客が、空いた席を探し求めて店内をウロウロし始めます。
そして、このように「空いている」席はいくつかあるんだけど、片付いていないため、客が座るのを躊躇しています。
で、ようやく店員さんがかけよってきて、片付けて、初めて客が座れます。

回転を上げたい店にとっても、早く座ってゆっくりしたい客にとっても、なんという損失!



読者 「確かにそれはあるかもしれないけど、でも、客からすると、自分で片付けなくてもいいのはラクチンじゃないか」
って、確かにそうなんですが、結局誰かが片付けているわけで、
じゃあ誰が片付けているかというと店員です。
そのために店員は、バリスタ+ゴミステという、一人二役を演じないといけず、
結局そのために人をもう一人雇ったりしていて、
その追加人員の人件費は、ちゃあんとあなたのフラペチーノにトッピングされているわけです。



こういう、「誰かがやらないといけないんだけど、じゃあ誰がやるか」的な問題は世の中にゴロゴロしています。
別に、どっちがやってもいいケースも多いんですが、
カフェの片付け問題のように、
明らかにどっちかがやった方が、世の中全員がトクするというケースもあります。

日本の場合、カフェでの片付けに関する仕組みはすばらしいと思うけど、
その一方、ゴミ処理費用を誰が負担するか(捨てる側、あるいは行政側)という問題については、
どちらかというと「捨てる側」が負担することになっていて、
(受益者負担という考え方は分かるんだけど、)そのために不法投棄とか、街中にゴミ箱が全然無いとか、おかしな問題がいろいろと発生していると思っています。この点については別途。

カフェ問題、ゴミ問題。
いずれも、仕組み次第で、世の中がより良くなったり、悪くなったりする好例だと思います。



前置きが長くなりましたが、何を言いたいかというと、

世の中には、
仕組みを創ったり、考えたりする人と、
(他の人が創り、考えた)仕組みに乗っかって、その仕組みの中で動く人と、
2通りいると思う、

ということ。

同じ人間であっても、時期によって、あるいは気分によって、
仕組みを創る側と、仕組みに従う側と、立場が入れ替わることもあります。

どっちが上とか、下とかではなく、男女のように、単に「違う」というだけの話です。



で、
「仕組みを創る・考える人間は、その重要性・世の中への影響度・付加価値をちゃんと理解し、全力で挑もうぜ」
と思います。



僕は今、一通訳者として活動すると共に、
通訳会社の代表として、今後の日本の通訳界をより良くすべく、その仕組みを創る・考える立場にいます。

大袈裟?確かにそうかもしれないけど、しがない通訳エージェント業も、
こう思って取り組むとなんだか楽しくなってくるので、あえてそうしています。

今、まさに仕組みを創ったり、考えたりする立場の人は、
その仕事が世に与える影響を考えて、心して取り組むべきだと思います。



実質的な空席はあるのに、そこにゴミが置いてあるから座れず、
席を求めてウロウロしているスタバ難民を見る度に、
自分は、日本の通訳者にこういうかわいそうなことはさせない、と胸に誓っています。
by dantanno | 2012-06-09 23:08 | 提言・発明 | Comments(1)
Commented at 2012-06-10 09:09 x
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