奥さんの上司夫婦とのDinner on Saturday <後編>
2011年 08月 30日
ご飯を食べながら、いろんな話をしたんですが、地震関連で印象に残った話題が2つ。
1. 異国の地で天変地異に遭遇すると、帰国したくなるもののようだ (当たり前か)
ちょっと思い返していただきたいんですが、東日本大震災の直後、日本を「脱出」する外国人が結構いましたよね。「家族だけでも」の人もいたし、「家族+自分も」の人もいました。
「そりゃまあ、脱出するでしょうね」
と思いつつも、心のどこかで、かすかに、ほーんのかすかにですよ、
「逃げおったな(ニヤリ)」
と感じたのを覚えています。
このアメリカ人上司夫妻もご多分に漏れず、地震直後は一時帰国(to the U.S.)していました。その話をしていたとき、上司が9/11に触れ、
と言いました。
僕も、もし9/11当時にニューヨークに住んでいたら、、、。
現地に踏みとどまるNew Yorkersを横目に、自分の家族だけでも、あるいは自分も、急いで脱出していた可能性大。
地震があったとき、日本の国民でさえもパニック気味なのに、
外国人
+ 言葉が分からない
+ 情報源はNHKではなくCNN
と、3拍子揃えば、そりゃ逃げ出したくもなるなあ、と。
元々、「脱出」した外国人達にNegativeな感情を持っていたわけではなかったけど、さらに理解が深まった気がしました。
やはり、相手の立場に立つ(put yourself in other people's shoes)って大事ですね。
2. 地震を「忘れない」ようにしないと
なに当たり前のこと言ってんの、って話ですよね、すいません。
でも、ちょっと思ったんですけど、3月11日の、地震の当日とか、その後数日間とかは、
一日中、地震 OR 地震関連のことしか考えられない
時期がありました。
それが今では、
一日の内、一度も、あるいはほとんど、地震のことを考えない
日もあるなあ、と。(愕然)
地震で大切な人を亡くしたり、家を失ったりした人は、今でも
一日中、地震 OR 地震関連のことしか考えられない
状態が続いているだろうに、それに対して自分はどうか、と、なんだかちょっと情けなくなりました。
楽しかった上司夫妻との食事を終え、家に戻ると、奥さん宛に、旧友からメールが。
東日本大震災で被災した日本の子供達の心のケアに関連し、国際NGO組織が文章を翻訳してほしがっているんだけど、誰か手伝ってくれないか、とのこと。
ちょうど、地震関係で「モヤモヤ→何かしたい!」と思っていた矢先だったので、超ナイスタイミング。カネもらわずに引き受けて、夜とかにやれば、副業にもならないし。(本業(通訳)の訓練にもなる。)
さっそく「復興翻訳プロジェクト(仮称)」を立ち上げ、IRISのメンバーに呼びかけたところ、、、
いました、何人か。
「手伝いたい」と言ってくれる人が。
こういう仲間がいる、というのは本当にうれしいことです。
IRISの社会貢献活動第1号案件が動き出しました!